第七章 七、世界でいちばんわるい子
第七章 七、世界でいちばんわるい子
ゲルドバ卿の使用人を探して、私兵達全員の捕縛と馬車を用意させた。
「卿は預かっていくわね? あなた達が被害者なのか加害者なのか分からないけど……今以上に悪い目に遭わないためには、逃げないこと。後で家の者が事情聴取に来ますから、正直に話してください」
痛がるゲルドバ卿を馬車に入れ込み、おとう様の待つ家へと向かわせた。
感染対策は……自分でしてもらおう。
股間を侍女達に洗わせるなんて可哀想過ぎるから。
卿も獣化病には掛かりたくないだろうし、水を与えれば痛くても頑張るだろう。
そんな事を思っているうちに家に着いた。
ゲルドバ卿を引き渡した後――。
おとう様への報告は夜遅くまで掛かったけれど、その大半は私への心配事のせいだった。
お陰で、エラに会う時間を取れないまま眠ることになった。
……それは、今この屋敷の中で最も厄介なのを、おとう様はまだ知らない。
**
「おねえ様? おはようございます」
自室で、侍女のアメリアが朝食に呼びに来るのを待っている時だった。
「エラ。今日は早いのね」
エラの呼び方で、ご機嫌がナナメなのか良いのかがすぐに分かる。
この疑問形の、語尾が高くなる時は非常に悪い。
「昨日はどこにお出かけだったのですか? 帰ってもすぐパパと執務室に籠って……私はのけものだったじゃないですか」
つかつかとやって来ると、ベッドの縁に座る私の横が自分の場所なのだと、当然のようにちょこんと座る。
けれど、真っ直ぐに目を見るわけではなく、控え目にチラチラと見上げる程度の視線。
なのに、ぱっちりとした大きな目がパチパチと動くそのまばたきさえ魅力的で、その場から動けなくなってしまう。
きっと、エラはその力を無意識に、そして上手く使いこなしているのだろう。
長くやわらかな銀髪に、真っ赤な瞳。
人魔、その魔力……それは人心を操る魅了の力。
その瞳を見るまでもなく、存在を目にするだけ――しいては声を聞くだけでも、心を奪われてしまう。
可愛く例えるなら、猫好きの人間が小さな仔猫を見てしまった時に似ている。
もしくはその仔猫の、庇護欲をそそる「ミャァミャア」という鳴き声を聞いた時のように。
「だ、大事なお話があったの。今日はエラと一緒に居られるわよ?」
「どうせ、危ないことをしてきたんでしょう。その体なら大丈夫だから、とか言ってましたものね」
しかも、どうやら知恵が回る。
もともと聡い子だったのか、それとも、私が中に居た時の知識などが混じったせいかは分からないけれど。
「えーっと……うん、そんなに危ないことじゃなくて、ちょっとした簡単なお仕事だったのよ?」
「詳しく教えてください」
軽く誤魔化そうとすると、間髪入れずにジッと強くこちらを見る。
その口調も、その時だけは『お姉さん』のような雰囲気で断りづらい。
とはいえ、私もエラの魔力には幾分抵抗力がある。
その中に居たことに加えて、今はオートドールという機械の体だから。
「それはダメ。お仕事のことは、家族にも言えないの」
「パパには言ったじゃないですか!」
「パパは、昨日は上司という立場だったから、家族じゃなかったの」
「ずるい!」
どうやら、無意識に魔力を使うのは最初だけのようで、だんだんただの少女になっていく。
エラは辛い過去のせいで達観し過ぎた部分と、今のようなダダっ子みたいな側面が同居している。
実年齢よりも大人びていて、そして幼い。
けれど人魔の力のせいか、それも魅力的だと感じてしまう。
ついつい、甘やかしてあげたくなるのだから。
「ずるくないってば。エラ、お庭で一緒に、エイシアと遊びましょ? ね?」
「エイシアはお昼寝したら、すぐどこか行っちゃうんだもの。きっと外で、獣を狩っているんだわ」
「そんなこと分かるの?」
「エイシアも、すぐ嘘をつくんだもの。狩り中に念話をしても無視するから、分かってしまうのに」
念話のことを失念していた……。
昨日もきっと、さんざん呼びかけていたに違いない。
「エラはとっても鋭いのねぇ」
「そうですよ? おねえ様も嘘をついたら、すぐ分かるんですからね」
これは暗に、昨日は私が無視をしていたと非難しているのだ。
「アハハ……気をつけます」
「それじゃ昨日のことを、話せることだけでいいので、教えてください」
「うっ……」
「おねえ様? 私はおねえ様のお知恵も持っているんですよ?」
これは、敵う気がしない。
おとう様はエラを猫可愛がりしているけれど……随分と恐ろしい教育方針だと思った。
そして私は……。
観念して、簡単にざっくりと、事のあらましを伝えることにした。
エラも、私を通して色々な経験をしているから、多少のことでショックを受けたりはしない。
ただ、あまり殺伐としたものを見せたり聞かせたりしたくないし、戦っている時の私を見せたくないなと思っている。
そうした自分の気持ちがせめぎ合う中で、話しても良いかなという部分を選んでいく。
「そんな悪い人達なら、アレをちょん切ってしまえばいいんです。おねえ様なら出来ますよね?」
私に襲い掛かってきた辺りを話した時に、エラはそんなことを言った。
「アハハ。私と同じことを思うのね」
考え方が似ているのは、本当の姉妹みたいで嬉しかった反面……こんな子にしたのは私なのだと責任も感じてしまう。
「当然ですよ。だって、おねえ様と私は一心同体なんですから」
「もう……可愛いなぁ」
いつの間に機嫌が直ったのか、エラは小さな頭をスリスリとしながら身を寄せて来た。
ぎゅっとこの胸に抱くと、エラも私の腰に手を回す。
「おねえ様は腰が細いですねぇ。ずっと抱きしめてたくなります」
「……シロエみたいにならないでよ?」
あの人はもっと、欲を前面にだしていたから違うのは分かっているけれど。
「ならないですよーだ。それよりおねえ様。悪い人の尋問に私が必要なら、遠慮せず言ってくださいね? お役に立ちたいので」
――やられた。
最初から、これが狙いだったのだ。
「エラ……。あなたは世界でいちばんわるい子ね」
「フフ~。全部お見通しなんですから。隠し事をしたバツですよ?」
「まいったわね……降参よ。パパにはもう言ったの?」
「パパはどうせ、過保護だからダメって言うもの。先におねえ様を味方にしないとですから」
「まったく……。どこでそんなことを覚えたの?」
エラは満足したのか聞く気がなくなったのか、私の胸に顔を埋めて「ん~~!」と、ご機嫌にうめきながらスリスリしている。
「それ、他の人にしちゃダメだからね」
頭だけでウンウンと返事をして、後はアメリアが呼びに来るまでずっと、エラよりも小ぶりな私の胸を堪能していた。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
【完結】『聖女と勇者の二人旅』も是非、よろしくお願いします。
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