第七章 五、ゲルドバ・ヴィラジャの茶会
第七章 五、ゲルドバ・ヴィラジャの茶会
先日の約束通り、午後に迎えを寄越してゲルドバ卿の館まで運んでくれた。
馬車を降りる前から彼は出迎えてくれていて、「庭で茶を飲もう」と自ら案内してくれた。
体裁を保つ程度の庭の手入れがしてあり、美しいと感嘆する程ではないけれど、草花は整えられている。
それらしく見せるお茶会の用意もあった。
彼はナッツ類が好きなのか、それらを含んだお菓子が多く並んだテーブル。
お茶は、独特の香りがした。
「さあ、まずは少し落ち着かれるといい」
着席とお茶を勧められ、ゲルドバ卿のエスコートも自然なものだ。
「お招きありがとうございます。頂きます」
ただ……クセの強い香りというのは、毒を警戒するのが当然だ。
あえてなのか、本気で気に入ったお茶を用意したのか、どちらとも判断つけがたい。
とはいえ、この体に毒の類は効かないけれど。
「……珍しい香りですね」
「お気に召さないか? 味は保証するが」
私が飲んでも飲まなくても、興味はさほど示していない。
仕込んでいるなら、相当な演者だ。
そう思いながらひと口だけ少し、入れた。
「あら。薬味のような後に、フルーツみたいな味が本当に美味しいですね」
「フッ。そうだ、よく分かったな。薬効のある茶葉なんだが癖が強いんだ。だから湯に工夫をしてある。気に入ったなら後で持たせよう」
なるほど……まるで一家言あるような口ぶり。
普通なら騙されたかもしれない。
――けど、この体がアラートを出している。
『毒物検出。興奮、血流増加、催淫効果。遅効性麻痺毒、遅効性筋弛緩薬』
(……混ぜすぎでしょう?)
どれも効果自体は弱いものだけど、人になら動きを鈍くするくらいは出来るだろう。
「ゲルドバ卿はお飲みにならないので?」
毒の種類は、殺すつもりのないものばかり。
自分で飲んでも問題ないと、飲むかもしれない。
「ああ、いやいや、客人をもてなそうと忘れていた」
そう言って彼は侍女に注がせて、ゆっくりと口に含んだ。
……侍女の、ティーポットの持ち方が私の時と少し違う。
おそらくは中で仕切りと……外には小さな穴が空いていて、押さえる場所によって注ぐ液体が変わるものだろう。
だから、彼が飲んだのは私のものとは全く別の何かだ。
「……手の込んだお茶を、ありがとうございます」
『気付いてますよ』という皮肉は、表情を見る限り伝わっていないらしい。
それにしても、こうした緻密な悪事に慣れ過ぎている。
今日で尻尾を掴まなければ、犠牲者が増え続けてしまう。
「気に入って頂けたら何よりだ。菓子も召し上がれ。俺は甘いものは食わんが、ナッツが好きでね。これなら一緒に食える」
手近にあったものをつまみ、ひょいとひと口で頬張る姿は無邪気な人に見える。
このようにして、他の女性や子供を油断させてきたのだろう。
――腹立たしい屑野郎だ。
「美味しそうですね。私はお菓子に目が無くて」
この際、お菓子も毒入りなのか確かめておこう。
「そうか、安心した。ルネ嬢の好みを知らないものだから、苦手なものだとどうしようかと思っていた」
その言葉、仕草、どれも相手をもてなす態度だ。
これが本心で、裏の顔などなければ良い貴族であっただろうに。
『薬物検知。利尿成分』
こちらは強めの効果があるらしい。
これで館に入ろうと言われたら、トイレに行きたくて進んで受け入れることだろう。
本当に最低な男だ。
「……フフ。意外でした。ゲルドバ卿はもてなすのが上手ですね。さぞおモテになるでしょう」
「ハハハ。それが不思議と、誰も嫁に来てくれないのだ」
……どうせ、全員お前が殺したのだろう。
「……さて。今日お招き頂いたのは、たしかお手合わせをするのでしたね」
これ以上、茶番に付き合っているのも馬鹿らしくなってきた。
「おや……招いた以上はもてなすのが道義。お気に召さなかったかな?」
ゲルドバ卿はニヤリと、本性の垣間見える歪んだ笑みを浮かべた。
「もう十分にしていただきました。本題に入りましょう」
気分が悪い。
その気持ちが言葉尻と顔にも出たのか、彼も不快さを正直に見せた。
これほど裏表の使い分けが出来る男なら、初見で見破るのは至難の業だろう。
この方法で……どれほどの女子供を虐殺してきたのかと思うと、心底から吐き気がする。
「……生意気な娘よ。立場というものには、二種類あるのだと知らぬようだな」
歪んだうすら笑いを浮かべて、余裕を見せているのは、勝ちを確信しているのだろう。
「あら、どういうことでしょうか」
「階級だけが全てではないという事だよ、ルネ嬢。今ここには、君は一人だというのを忘れてはいないか?」
その余裕の笑みを、今すぐすり潰してやりたい気分なのをぐっと堪えた。
「それが何か? アドレーがアドレーであることに、何も変わりません」
階級の話ではなく、その力が、『アドレー』なのだから。
「……呆れたものだ。お前、一体どこの箱入り娘だ? 立ち振る舞いは貴族そのもの……とびきり上流だ。
だが、俺はお前を知らない。普通には考えられん事だ。まさか……本当にアドレーの隠し子か? あの愛妻家に、そんな甲斐性があるとは思えんが」
「あなたの下賤な考えで、おとう様を量ろうとしないで」
もしかすると、本来ならそろそろ、お茶の毒が効き始める頃なのかもしれない。
彼は私の言葉よりも、挙動に注視しているように見える。
「ハッ。たとえ貴族間の誘いであろうと、アドレーの名を持つ者が剣も持たずに来るのだ。その大切なパパが教え忘れているようじゃないか。『男と会う時は気をつけろ』ってな」
本性を隠す気がなくなってきたらしい。
「フフフ。身を案じてくださっているのですか? お優しいのね。でも、おとう様が何の手も打たずに娘を寄越すとでも?」
ここで強がりでも言っておけば、さらに増長することだろう。
「……ハッハッハ。強がるな。屋敷の周りには誰も居ないぞ。お前は捨てられたのではないか? 可哀想に」
「考えの足りないのはあなたです。おとう様を愚弄した事、後悔するでしょう」
「状況が理解できないのか? ……それとも、寝言を言っているのか」
いい加減、こちらも反撃しないと手が出てしまいそうだ。
「何も分かっていませんね……アドレーが、なぜ恐れられているのかを」
その言葉を聞いて、ゲルドバ卿は心底から馬鹿にした表情になった。
「恐ろしいのはパパだけだろう。お前の妹殿もなかなかに暴れるらしいが、所詮はガキだ。
小娘の力で軍人に敵う訳が無い。あの程度で粋がっていると痛い目に会うぞ。まぁ……お前が今から知る事になるんだがな」
「あら。何を教えてくださるのかしら。新しい遊びですか? それとも鬼ごっこかしら。部下の方達が囲んでいるようですが」
そう言うと、彼の目元がピクリと跳ねた。
「ほぉ。それは分かるのか。目がいいのか耳がいいのか。……出て来い! 小娘相手に、何という体たらくだ!」
その言葉を聞くなり、ぞろぞろと十数人の屈強な男達がそこかしらから出て来た。
――私兵達だ。中でも側近部隊なのだろう。
「フフ。でも、指導者の落ち度なのでは?」
苛立たせて、本性をもっと出してもらおう。
「貴様……。その態度、本当に自惚れているのか、ただの阿呆なのか、どちらだろうな」
「どちらでもありません。言ったでしょう? 私はアドレーの娘だと。理解できないなのなら、その程度なのでしょうが」
「口だけは認めてやろう。だが、こいつら相手に泣いても止めてやらんぞ? 俺も混ざってやろうかと思ったが、どうにも、お前のような気の強いのは好きじゃなくてな」
「あなたの趣味なんて聞いていませんが」
「気が合うな。お前の戯言に付き合うのにも、飽きてきた所だ」
ゲルドバ卿はそう言うなり、右手を小さく挙げた。
襲い掛かれという合図だろう――。
でも、ここでは場所が悪い。
屋敷の中で、暴れながらでも証拠の部屋を探したかったのだ。
「――待って!」
私が出した悲痛な声に、ゲルドバ卿は嬉しそうに頬を歪ませた。
「なんだ? 俺は優しいから、聞くだけは聞いてやろう」
「……こんな所でなんて、誰に見られるか分かりません。せめて室内で……」
私は視線を下にずらして、悔しさと恐怖で震えているような態度を見せた。
「やっと理解したようだな。言葉遊びをするために呼んだ訳ではないと」
「……逃がす気もないと?」
「当然だろう。まぁ、場所を変えた方が辛い目に会うかもしれんがな。ついて来い」
ゲルドバ卿は立ち上がり、こちらに手を差し伸べた。
そのニヤついた顔にお茶をかけてやりたくなったけれど、必死の思いで我慢し、怒りで震える手を乗せた。
満足そうに手を引く彼に、殺気を微塵も立てないよう細心の注意を払いながら、エスコートされてみせた。
その後ろを、彼の私兵達がニヤニヤとしながらついてくる。
**
屋敷の中は、エントランスを抜けるとあちこちに傷や、壊れた扉などが目立った。
その時の気分で当たり散らすのだろう。
入り口からは見えなかった廊下を奥へ進むと、どんどん薄暗くなっていく。
そして地下に二階分ほどを降りると、生暖かいような、べっとりとした気配が体にまとわりついたような気がした。
松明が差してある広めの通路はしっかり舗装されているのに、少しずつ曲がっていて先が見えない。
そこをしばらく歩くと、分厚い鉄の扉が半開きになっていた。
中から、さらに血生臭い空気が漏れ出ている。
「どうだ? ここは俺の趣味の部屋だ。地下でなくては、なかなか声のでかいやつも居るもんでな」
そう言うなり、奥へと強く引っ張られた。
本当は引き倒したかったのかもしれないけれど。
パッと見た限りでは……部屋は広くて暗い。
ここにも松明があるのを見ると、どこかに通気口があるのだろう。
でも、それを探すよりも先に、嫌な物が視界全体に映っていた。
貼り付け台に拘束ベッド、鉄杭や釘、ナイフに金槌……他にも痛みを与えるための小道具が揃っている。
何よりも……床に残る、おびただしい血の跡。
黒く乾いてなお、血の腐臭を放っている。
「あなた……残虐を通り越して、悪魔をも超えたのではなくて?」
悪魔が本当に居たとして、それでもここまで凄惨な事をするだろうか。
「えらく褒めてくれるじゃないか。単に犯すだけでは飽きてしまってな。殴ってもすぐに死んでしまうから、色々と趣向を凝らしたんだ」
この男……悪行を隠そうとしないどころか、自分から言った。
「不快です。この部屋に居たくありません」
ここに居るだけで、これまで犠牲になった人達の悲痛な叫び声が聞こえてきそうだ。
オートドールの体でも、もどしそうになるほどに気持ち悪い。
「お前から可愛らしい言葉を聞くのは、初めてだな。素直な女は好きだ。ここで遊んでやりたい」
……目の色が変わった。
まるで、この部屋に来たことでスイッチが入ったみたいに。
彼の私兵達もケダモノのように、今にも襲い掛かりそうな雰囲気に変わってしまった。
「なりふり構わなくなったのですか? 私を同じようにしては、あなたも無事では済まなくなりますよ?」
「ああ……それなんだがな。お前を招待すると言った夜から、俺の部下が数人消えた。
どいつも門番を任される奴らだ。そんな事をするのは一人しかいない……。なら、お前を口止めに使うしかないという事だ」
おとう様が動いた……。
ということは、ここで私が何かされると分かっているから、保険を掛けたという意味だ。
つまり、私が暴れて彼らに犠牲を出しても、もみ消してやるというメッセージだろう。
本当なら、彼の部下達が消えたと分かるまで数日は掛かるところを、あえてバレるようにしたのだから。
「フフ……」
「あぁ? 恐怖でおかしくなったか?」
「……いいえ。おとう様らしいなと思って」
「はぁ? 意味の分からん事を。まあいい。何も分からぬ箱入りとの会話には飽きてしまった。
自分で服を脱いで、そこに横になれ。そうすれば優しくするよう命令してやる。抵抗しても構わんがな」
そう言うと彼は、後ろに並ぶ私兵達に指をクイと曲げて合図をした。
「やっと出番ですかぁ。後ろから襲いたいのを、これでもかと我慢してたんですよ……」
欲望を剥き出しにした、ギラついた目。
十数人がゆっくりと歩み寄ってくる。まるで壁のように。
「今日は思う存分楽しめ。ただし、目立つ傷はつけるなよ? 汚すくらいは構わんがな。どうせ、将軍との抗争は避けられんのだ」
「やったぜー! 聞いたか皆! こんな特上をやれるなんてな!」
その言葉が終わる前に、彼らは全員で――。
その、無数の手を伸ばしてきた。
私は……。
皆殺しにしたいくらい腸が煮えくり返っている。
けれど、証言は多い方がいいからやっぱり、その手足を砕く程度で――。
全員、捕らえようか。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
と思って頂けたらぜひ、この作品を推してくださると嬉しいです。
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そして下にある『☆☆☆☆☆』が入ると、幸せになります。
(面白い!→星5つ。つまんないかも!→星1つ。正直な気持ちで気楽に星を入れてくださいね)
(もちろん、星4~2つでも)
どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n4982ie/




