第七章 四、パパからの頼み
第七章 四、パパからの頼み
おとう様に連れられて、何度か社交界に顔を出した時だった。
嫌味だけど、一線を越える様な絡み方はして来ない、一番面倒なタイプの男に話しかけられた。
「初めてのご挨拶以来でしたな」
低い声をわざと明るい声色にして――そう切り出した彼は茶色の瞳を細くしながら、お決まりの言葉を並べて卒のない会話を少し重ねた。
背は百九十センチくらいで高く、がっしりとした武闘派の体型をしている。
薄茶色の短髪で精悍な顔つきなのに、皮肉さが染みついているのが惜しい。
それだけで近寄りたくない人種だと思うから。
と言っても、私がその人を釣りたかったのだから、最高の戦果を期待できる状況なのだ。
「ところでルネお嬢様。妹君のエラ様のように、帯剣されないので?」
笑んでいる――というよりはニヤついた頬の歪ませ方で、こちらに目線を合わせるためか、少し屈んで見せた。
「……ええ、私には必要ありませんから」
少し、強がっているかのように振舞うのも、オートドールの機能ならば板についた仕草だった。
これはおとう様の案で、武力が無いように見せれば、かならず喰い付いてくるからと言われていた。
その通りだった。
「ほほう? それは……大した自信ですな。ですがルネお嬢様、よもやファルミノ流剣術を修めていらっしゃらないのでは? なにせ、養子になったばかりですからなぁ」
「それは……どのように考えるかは自由ですから。ご自身の目でご判断くださいませ」
体格の良いその男は――侯爵でありながら、人身売買に手を染めているという。
反王族派、ゲルドバ・ヴィラジャ侯爵。
貧しい郊外の女性や子供をさらっては、要望された貴族に売る。
もしくは、憂さ晴らしのために自らの館内で……散々に弄んだ後に、殺害して森に捨てているというのだ。
手懐けられた門番が王都からの出入りを記録せず、なかなか尻尾を掴ませない。
その張本人が、私を値踏みするようにじろじろと見ている。
開いた胸元や、腰の引き締まり具合などを念入りに。
「随分と弱気なお言葉ですなぁ。アドレー家と言えば、武力でねじ伏せてやるぞという気概を、いつも見せておられるではないか」
どうやら、私のか細い腕や首を見て、武術などひとつも出来ないだろうと踏んだらしい。
「さぁ。私はそういう、荒事を誘うような真似をしないだけです」
それを言い訳と取るだろうと、あえて誤魔化すような言葉を選ぶ。
彼はよほど楽しいのだろう。獲物を見つけたつもりになっている。
ゲルドバ・ヴィラジャ――名前さえ濁った印象の彼は、しつこく私にまとわりつく。
「ほうほう。しないだけで、出来る。と?」
そのしたり顔で言う姿は、こちらからすれば滑稽に見える。
武力はあっても、人の力量を見抜く力は無いらしい。
「言葉など無意味でしょう。ゲルドバ卿の目にどう映ろうとも関係ありません」
少し焦った様子と、苛立ちを僅かに含ませる。
強がっているだけ――それを見透かされないように、頑張っているのだと。
「なんとも健気な態度を……。だが、ならば少し……手合わせを願いたい。強者に目がなくてね。アドレー将軍にも、昔はよく稽古をつけてもらったものです」
狩りを我慢できないらしい。
自らの欲のままに動く、時と場所さえ選べない愚者の思考だ。
でも、私は今ここで力を見せたいわけではないから、逃げ口上で応える。
「こんな所でですか? いずれ機会があれば、お相手も致しましょう」
ここで護衛を連れていれば、間に立ってくれただろう。
でも、万が一にも護衛に斬りかかられては面倒だから、一人で居る事にしたのだ。
それに、離れてはいても、おとう様が同じ空間に居るから、言葉だけでどうにか出来るだろう。
「ふむ……」
案の定、ゲルドバ卿はおとう様の姿をチラと確認した。
「ならば……それとは別に、お茶のお誘いはいかがでしょう? 香りのよいお茶が手に入ってね。ルネお嬢様にぜひ、ご賞味頂きたい」
普通に考えて、こんな誘いに乗る令嬢が居るとは思えない。
誘う気が無いのか、それとも何かを試すくらいの知恵はあるのか。
「断れば、私に力がないから逃げた。とでも世間に吹聴するおつもりですか」
そう言った後で、この言葉を待っていたのかと納得した。
「いえいえ。まさかお茶会さえも来れないほど、アドレーのご息女は弱腰だ。などとは、思っておりませんよ」
なかなか上手い口上だ。
アドレーの名を持つ者がこれを聞いて、行かないという選択肢は出せないだろう。
けれど、そのようにアドレーを下に見られては、私も黙ってはいられない。
「無礼な。――下がりなさい。私はエラのように優しくはないし、おとう様のように寛容でもないわ」
「……厳冬将軍を、寛容だと?」
「そうよ? その言葉の意味を、よく考えるのね」
作戦はもしかすると、今日この場では失敗したかもしれない。
けれど……アドレーの名を貶されて、威厳を見せないまま引き下がるわけにはいかない。
今ここで攻撃する事もいとわない。
そういう目で、彼を冷たく見上げた。
「……なかなか、迫力のある目も出来るのですな。だが……言ったからには来て頂くぞ。お茶会に……ね」
「フ。お供を連れない方が安心出来ますか? アドレー家の騎士さえ恐ろしい事でしょう」
――許せない。
許せないのだ。
私のおとう様を、その名を侮辱する者が。
私だけを侮ったのだとしても、それは即ち、私を選んだおとう様への侮辱だ。
「ルネお嬢様も言うものですな。ならば、恐れ多い事ですから、ぜひお一人でお越しくださいませ。――そのご自身の言葉、もはや戻せませんぞ?」
ゲルドバ卿……己の、侯爵家としての矜持よりも、欲望を選ぶとは。
「当然です。アドレーがアドレーである所以。ゆっくりと教えて差し上げます」
「……明日のご予定は?」
「いいでしょう」
「ならば、明日の午後に迎えを出します。それまでお待ちくださいませ……ルネお嬢様」
そう言うと、ゲルドバ卿は一度頭を下げ、そして去って行った。
社交界は、そういう一幕を誰かしらが聞き耳を立てているもので、早速ご婦人達が取り囲んで来た。
「気を付けるのよ? あの人は……よくないウワサを聞きますから」
「侍女に手をつけては、気に入らなくなったら……その、殺してしまうのだとか」
社交界のウワサとは凄いもので、おとう様が調べた情報の半分くらいは皆、知っていた。
「えぇ……ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ? 私もアドレーの名を持つのですから」
――と、言ったものの。
ご婦人達がそれで解放してくれるわけもなく……。
時間にして二十分くらいは、心配を謳いつつも話のネタを増やすために、囲まれたままだった。
どちらかと言うと、これが一番、疲労のたまる感覚がした。
**
おとう様には、帰りの馬車の中で事の顛末を伝えた。
「さすがにそれはならんぞ。五十は護衛を連れて行け」
真顔で告げるその目は、本気だった。
「パパ……戦争するわけじゃないんですから。ね?」
「いや、これは宣戦布告だ。問題ない。あやつの首を刎ねて、それで仕舞いだ」
おとう様は鼻息を荒くして、腕を組んで話を聞かないつもりの態度を取った。
「ちょっとパパ! 人身売買の証拠とルートを掴むためだったでしょう? すぐに殺してはいけません」
その腕にしがみつくようにして、本来の目的を伝え直す。
「ルネが何と言おうと、ワシの大切な娘に悪巧みをしようなど許せん。今すぐ準備をして、夜襲をかけてやろう。腑抜けを落とすなど半刻もかからんだろう」
「もう……。こういう事件はルートごと潰さないと、すぐに別の頭をすげかえるからって。慎重にするためにって私に頼んでくれたじゃないですか」
おとう様の腕をさすり、落ち着くように促す。
本気で怒っているのが分かるから、さっきの言葉も本気に違いない。
「囮捜査のような真似は終わりだ。お前に何かあってからでは遅いのだぞ」
目を合わせてくれない。
怒りに満ちた目で、私を見たくないからと言う。
「えぇっと……そうだ。私の能力をお忘れですか? 放電、お見せしたでしょう? 私に触れようとする者は、皆丸焦げです。感電して中から火傷をして死んじゃいますから」
言葉にすると恐ろしいけれど……丸太を使って実験してみせた時は、電撃を通したその中心から裂け爆ぜるように割れた。
煙と、黒く焦げた匂いが立ち込めるほどに強烈な雷だった。
だから本気で放電した時には、生きていられる人間は居ない。
「う~ん……。まぁ、あれは凄かったが……。でもなぁ」
――よかった。
おとう様が少し軟化した態度になった時は、もう落ち着いてくれているのだ。
「彼の館を壊滅させても良いのでしょう? なるべく死人は出さないつもりですが、人身売買するような人たちは――私も許せませんから」
最後は、自分でも驚くほど冷たい言い方になった。
「お……お前はその体になってから、随分と大胆になったな」
「フフ。自分でもそう思います」
――私にとっての、理想の体。
オロレアに来て初めて……ご褒美をもらった子供みたいに、はしゃいでいると思う。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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