第七章 三、謁見の後
第七章 三、謁見の後
国王は、意外なほどこちらの要望を飲んでくれた。
国王と王妃、お義父様と私の、四人だけの会談。
密談に近い。
だからと言って、正装してきちんとドレスアップしているけれど。
アドレー家の黒を基調にした、シースルーを重ねたフレアドレス。
最初は初顔合わせ兼、養子認定。
国王と王妃は、またどこで拾って来たのだという顔で、訝しげだった。
けれど本題の、私の処遇について話している時――。
「生産を担う遺跡を、見つけられるかもしれない」
――この説明で、国王の顔色は一気に変わった。
駆け引きなど一切ない。まるで、父親が娘の言いなりになるような……と言えば朗らかだけど、どちらかと言うと娘を人質に取られた父親のような顔つきだった。
国を、国民を飢えから救えるのであれば、多少の便宜は図る。
その『多少の便宜』は、私のような力を持つ者を監視すべき所を、報告の義務だけで済ませた。
それ以外にも、遺跡発見の功績はアドレー公爵一家と、リリアナのものとする事まで。
その後の利権問題さえ、反旗を翻すような真似をしなければ、こちらの好きにしても良いと言える譲歩までしてくれた。
そこまで緊迫していた……というだけではないと思うけれど。
おそらく、エラと私の性格を見抜いた上で、悪いようにはならないと判断した事。
それから、『リリアナの功績に』と言った事が、国王の思惑に一致したのではないかと思う。
リリアナが王の器だというのは、お義父様と国王の共通認識だから。
他の王子殿下達では、持ちえない器。
けれど、女であるがゆえに――王になる事を諦めたリリアナと、王にする事を諦めた国王。
その悲願が、もしかしたら叶うかもしれない。
そう考えたのだと思う。
私の存在は、リリアナを押し上げる。
ならば細やかな事には触れず、結果に期待するといった所だろう。
お陰で、謁見は予想よりも短時間で終わった。
街で買い物がしたいと言うと、お義父様は快く付き合ってくれると言う。
「ありがとうございます。お義父様」
「何が欲しいんだ?」
短い言葉でも、その優しい抑揚に込められた愛情を感じる。
「……私の刀に合う、帯剣ベルトが欲しいです」
本当は何か欲しいわけではなかったけれど、割と無骨な姿の刀を、少しでも可愛く見せたいと思った。
なにせ、重さが七キロを超える肉厚の刃物だから、意匠に凝らないと不格好……この容姿には、アンバランスなのだ。
「なるほど。なら、店はもうすぐだな。少しだが歩くか?」
「あ……はい! ぜひ!」
きっと、以前私が「街を散策出来ない」と残念がっていた事を、覚えてくれているのだ。
エスコートされて馬車を降りると、お義父様は軽く脇を開けてくれた。
(腕を組んでくれるんだ……)
「……嬉しいです」
その言葉に、お義父様はウインクをしてニッと笑んだ。
「あの……私も、二人の時は、パパとお呼びしても良いでしょうか」
この呼び方は、エラだから似合うのだ。
それは分かっているけれど、私一人、どこかに取り残された感じがして……以前からの繋がりが分断されたようで、少し辛い。
「そうだな……ルネは少し、人を寄せ付けん雰囲気があるからなぁ」
(やっぱり、似合わないからダメなんだ)
「ギャップがある方がいいだろう。人前でも構わん。ずっとパパと呼びなさい」
「…………えっ?」
私は何か、聞き違いをしたのかと思って、まじまじとお義父様を見上げた。
にんまりとした、少しいたずらな笑みを浮かべたお義父様の顔を。
「よもや、お前が恥ずかしいなどと言わんだろうな?」
言われてみれば、自分の性格からして人前でもパパ呼びするのは、少し……いや、かなり恥ずかしい。
でも――。
甘えてもいいのだと、いっぱいの愛情で受け止めてくれるというのだ。
「い、いいえ。嬉しくて……驚き過ぎて、真っ白になってしまっただけです……」
それだけで、私は顔が赤くなって俯いてしまった。
「おや? 早速呼んでくれる流れではなかったのか?」
もうすぐ目的のお店で、人通りもそれなりにある。
大貴族のアドレー公爵と、その横に連れ添う私が珍しくて、視線が集まっているのをずっと感じていて――。
「……パパ」
――私は恥ずかしくて、小さく、お義父様にだけ聞こえるように言った。
「ううん? 雑踏で聞き取れなかったな。もう少し大きく言ってくれんと」
きっと聞こえたはずなのに……。
「い、いじわるですね、パパは」
私は観念して、近くの人なら聞こえる声ではっきりと言った。
「ハッハッハ。そうか、そうか」
なぜか満足気なお義父様。
その腕を、早くお店に入りたくてグイと引いた。
「娘をからかうなんて、よくないと思います」
「いいや? 娘をからかって、少しだけ拗ねさせるのが父親の醍醐味じゃないか」
「なんですか、それは……」
そんな私達を見て、微笑む人々。
それが何だか、面映ゆい。
「ほれ。早く入ろう」
意に介さないお義父様はさっと扉を開け、組んだ腕をクイッと引いた。
この手慣れた感じは……と思いつつも、それが心地良くて素直に惹かれてしまう。
素直に尊敬しても良いのかしらと、時々思うけれど。
私にとってはやっぱり、最も頼れる最高の、最愛のおとう様なのだと感じる。
帯剣ベルトは、私よりもセンスの良いおとう様に選んでもらった。
幅広のベルトに細いベルトが数本重なったデザインで、黒地に白と銀のラインが、実際の重さと物々しさを消して、遥かに軽く繊細そうに見える。
「パパは本当に良い品を選ぶのが上手ですね。ありがとうございます」
「職人の腕が良いのだ。ルネにもそのうち、分かるようになる」
おとう様から贈られた品々を見ているから、少しは違いが分かるつもりだけど。
実際にお店に来ると、良品が沢山ある中で、さらに一段抜き出ているものを選ぶのは難しい。
それを、さっと見つけるのだから。
「フフ。ずっとパパに選んでもらいたいから、目を養うのはやめにしようかな」
「なんと! 大した娘に育ったものだな。ハッハッハ」
今日のおとう様は、機嫌がいいらしい。
……それもそうか。
懸念していた国王との会談は、上手く行き過ぎたくらいの内容だったのだし。
「もう少しだけ、街を歩いても良いですか?」
日はまだ傾きかけた頃で、夕食までは時間がある。
一緒に過ごす時間を、少しでも引き伸ばしたいと無性に思った。
「ああ、それはよいな。では次は、ワシの買い物にも付き合ってもらおうか」
にこやかに私の腕を引いて、私の歩幅に合わせて次のお店へと向かう。
エラだった時よりも、少しだけ目線が高くなったからか、おとう様のお顔がよく見える。
いつも向けてくれていた慈しみ深い微笑みを、間違いなく私にも向けてくれている。
「パパ……」
これは、わざと聞こえないように言った。
(……愛おしい)
無条件に愛されるという事が、本当に尊くて、かけがえのないものだと……心に染みる。
不意にそんな一日になったのが、また、たまらなく胸が躍った。
本当はこの場で踊り出したいくらいには、舞い上がっていると思う。
ともすれば、ニヤニヤと気持ち悪い笑みをしてしまいそうになる。
でも、それを必死で抑えて、さも落ち着いているかのように振舞って、止水のごとく静かに歩く。
――時折おとう様を見上げては、嬉しさを噛みしめながら。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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