第六章 幕間
幕間です
第六章 幕間
今となっては、自分の事を『私』と呼ぶのも慣れてしまった。
もはや、むしろ自然で……違和感が無い。
『ルネ』という名前も、頂いた瞬間に好きになった。
お義父様からの、贈り物。
そう言えば、チキュウに居た時の自分の記憶はもう、ほとんど無い。
知識は残っているのに、まるで本や映像で得たもののようで、個人としてのものが無くなってしまった。
この体に入った直後くらいまでは、まだ少し残っていたのに。
……エラの中に居た時も、剣の中に居た時も、繋がりの主軸はエラだったからだろうか。
今あるのは、オロレアで生活した日々の思い出たちばかり。
かといって、喪失感は無い。
新しく生まれ変わったような新鮮さと、この星での楽しい日々を、愛おしく思う気持ちが満たしてくれている。
私は……エラと共に、幸せを感じて生きてこれた。
それに、この容姿も気に入っている。
ありがたい事に、エルトアの趣味はとても良かったらしい。
エラに負けず劣らずの、可憐な姿。
そして、年齢は少し上なのだろう。エラよりも大人びた雰囲気もある。
自分の精神年齢に近いのか、心身共に、本当にしっくりと合っている。
造り物のドールとは思えないほどの、緻密な造形。
肌の触感も、スベスベとして柔らかく、心地の良いものだ。
重量だけは千三百キロと凄まじいけれど、念動に呼応するオロレア鉱のお陰で、普通の女子と同じ程度にまで浮かせる事が出来ている。
(それだけじゃない)
武術の技に耐え得る膂力に、頑強さ。
瞬発力も動きのキレも、人の領域を遥かに超えている。
近接戦闘で相手になるのは……いや、ガラディオでも無理だろう。
もしも剣技で引けを取ったとしても、当てられた所で傷ひとつ付かないだろうから。
彼に対して、華麗な勝ち方は出来なくても、ごり押せば勝ててしまう。
そんな体だ。
その安心感は、私にとって本当に……本当に嬉しい。
エラの中に居た時は、いつその身が汚されるだろうと、怖くて仕方が無かった。
でも、今なら自分の身はおろか、側に居ればエラの事も、リリアナもシロエも……皆を護ってあげられそうだ。
これはたぶん、過信ではない。
それに、この体には身体能力とは別に、武装と兵装も詰まっている。
――と言っても、割と常識的な範囲だけれど。
仕込み武器が、肘と膝、踵に短剣。
手と足の第二指から五指までの間から、鈎爪が三本ずつ。
皮膚は、戦闘時にはオロレア鉱本来の硬度を発揮する。
関節まで防御に徹すると、その硬直で動けなくなるので注意は必要だけど。
ただ、こんな武装を使うまでもなく、この体本来の重量を、そのままぶつけるだけで生物は耐えられない。
対人戦闘では、ずるいくらいのオーバースペック。
それから……光線兵器は、指の爪から細く撃てる。
足も含めて、合計二十門。
威力と射程は調節可能で、最大一キロ。
これも、光線を出しながら手を横に払うだけで、数千数万の兵を焼き切り裂いてしまう。
先程の短剣や鈎爪からも撃てる。
髪の毛による放電も、雷に匹敵する凄まじい威力だ。
「一体、何を相手にすればこんな力が必要なのかしら……」
戦車や戦闘機相手、ミサイルの迎撃くらいしか思いつかない。
そして、バリア機能がありがたい。
これは髪の毛で発する電力を利用して、展開するらしい。
「髪が切られるような事があると、使えないのね」
と言っても……オロレア鉱を加工して作られた糸状の繊維だから、人の力では切れない。
ただ、一番理解出来ない事があって、それがこの体の動力と、自動修復機能。
機密扱いで何も分からない。
いや、なんとなく性能を理解しているだけで、本当は全てが分からないものばかりだけど。
それでも、何が事が出来るのか、把握しておく必要がある。
お義父様に、どういう風に使って頂くか。
いざという時に、何が出来るのかを伝えるために。
「……ふぅ。頭を使うと疲れを感じるのは、この体でも同じなのね」
まるで、本当に人間みたい。
(エラや皆を護るためには、都合が悪いわね)
それに、眠る必要がないのに、疲れると眠ってしまうのはどういう仕様なのだろう。
ほんの数十分、短ければ数分で目が覚めるけれど。
仕草として、可愛らしく眠っているような姿勢になるのは、理解は出来るけど……。
(夜伽の機能は、本当に要らなかった……)
あえて隙を作るという所まで考えられた上での睡眠、という事なら、本気で趣味が悪い。
「でも……エルトアがダラスをライバル視するのも、分かるわね」
エラの翼の性能は、総合的にこの体を凌駕している。
自動修復に飛行機能、羽剣の威力もさることながら、光線兵器も備えている。
それも、五十ずつ。
バリアも展開出来て、全てが人工知能による自動制御。
回遊都市の防衛機能と戦った時の、その演算能力と装備者に対する生存戦略。
あの働きが、この体で出来るだろうか。
ある意味、翼さえ身に付けていれば、エラが傷付けられる事はほぼ無いと言える。
それほどの性能。
「対抗しようと思ったら、たしかに悔しいわね。だって、別に私が居なくても大丈夫なんだもの」
あの翼が敵になったら、私は負けるだろう。
そう思うと、エラには常にあれを付けていて欲しい。
最強のボディガードだ。
(それに、エラには魅了の力もあるのよね。その気になれば、人間なんて全て意のまま……)
……私は、翼を付けていない時の護衛くらいしか、する事が無さそう。
そう考えると、最初にクマと戦った時……翼に任せておけば、あの太い腕で弾き飛ばされる事も無かったのだ。
だけど……もしかすると、あの翼は生物への攻撃には、反応しないのかもしれない。
そう考えると辻褄が合う事ばかりだ。
一定の速度で飛んで来るものには、防御反応はしていたけれど。
「……はぁ。こういうのに詳しければ、もっと色々と分かったのだろうけど」
そしてそれらよりも、一番分からないのがこの「リンク機能」だ。
今は、リンク無し。
ただし、「該当するリンク先?」というのが表示される。
回遊都市の方角ではなくて、他のいろんな方角に。
(これは…………リリアナが最初の頃に言っていた、遺跡か何かを指しているのかしら)
古代の失われた技術くらいしか、リンク出来るものは無いはずだから。
「あっ!」
その一つが、王都の……王城近くに示されている。
エラの剣を打った、古代の施設。
「やっぱり、そうなんだ」
朽ち果てずに、残っているんだ。
……食料の不足が起こる前に、そうした生産関連の施設を見つけられたら。
私だって、呑気に貴族生活を送っていたわけではない。
国王様が、切迫した態度で私の肩をゆすっていた事を、ずっと覚えている。
深く聞かなかったけれど、人口増加の割合に対して、食料需給を超える日がそう遠くないのだろう。
直感的に、そう思った。
なぜなら、平和な国で焦る事と言えば、食料不足か流行り病か、そうしたものだろうから。
「私が、オロレアに飛ばされた理由……」
まさか、こんな状況になって、初めて繋がりが見えるなんて。
(私が回遊都市に行く事まで、あの科学者は読み切っていたというの?)
でも……あれはただの偶然。
たまたま、回遊都市が何かの調査でノイシュ領の航路に居た。
たまたま、ミリアのためにと、エラが翼で調査したいと思った。
いや……剣を打った施設の再稼働が、私のせいだったとしたら?
今まで止まっていた施設の稼働を、調査するために回遊都市が近付いた?
……でも、私がミリアと友達にならなかったら、調査なんて行かなかった。
偶然の範囲を超えない。
……超えないはず。
(賭けた。という事?)
とんだギャンブラーだ。
「ダラス・ロアクローヴ。……私に望むものは何?」
(王国の繁栄……?)
でも、王国が出来たのは、ダラス達が宇宙に飛び立った後だ。
(オロレアに、もう一度科学を復活させる事?)
……五十年前まで戦争があった世界に、科学技術?
この体みたいな兵器が、無数に造られたらそれこそ、また戦争ばかりになるだろう。
「私の勝手な判断だけど、科学は普及させないわよ」
生産施設くらいなら、いいかもしれないけれど。
だけど、その匙加減なんて分からない。
あれもこれもと、思うところはある。
医療技術や薬も、発達していれば救える人が増える。
……増えれば、また問題も起きる。
悲しみを減らしたいための技術も、人が増える事で、起こらなくても済んだはずの戦争が、起きてしまうかもしれないから。
チキュウの歴史は、ずっとどこかで戦争が起きていた。
「私が……決めてしまっていいのかしら」
でも、私が居なければ、オロレアは今のままだった。
「……ダラス・ロアクローヴ」
いつの間にか、彼からの連絡は来なくなったままだ。
(私に頼みたい事って、何だったの……?)
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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