第六章 二十七、幸せな日
第六章 二十七、幸せな日
その夜、私達はずっと、話をしていた。
お義父様のお部屋に七人も居るのは、珍しいことだなと思いながら。
大きなソファにはお義父様が座って、その正面に私を挟んでリリアナとシロエが。
ルネお姉様は一人掛けのソファを与えられて、私達とお姉様の間に、フィナとアメリアが立っている。
ちなみに、私とお姉様の衣を纏っただけの姿を見て、侍女達が慌ててドレスに着替えさせてくれた。
私には赤いフレアタイプを、お姉様には青いロングワンピースを。
話が終われば眠りたいのに。
お部屋着ではなくてドレスを選ぶあたり、彼女達は隙さえあれば、どうしても私達を着飾りたいらしい。
ノイシュ領の海で何があったのか、その巨大な回遊都市での出来事は、皆が目を見開いた。
そして、口を揃えて「あなたって子は!」と怒っては、隣に座るリリアナとシロエに抱きつかれた。
畑に落ちた時は、お姉様が一瞬だけ私と入れ替わって、受け身を取ってくれたらしい。
だから、あの程度の怪我で済んだのかと、心底から納得した。
その後は、剣の状態でエルトアにずっと調べられ、その時にゴーストが入っていると気付かれたそうだ。
けれど、そのお陰で体が手に入ったと、お姉様が喜んでいるのは本心らしい。
「今の体は、人の力では傷ひとつ付けられないでしょう。護衛に最適な体ですよ?」
その容姿と、洗練された優雅な振舞いの一つ一つ――流れる動きの全てが、無意識に惹き付けられて目で追ってしまう。
まるで理想の少女……女性……どちらとも見える潔癖さと妖艶さが、絶妙な魅力を醸し出している。
魅了の力まで備えているのだろうかと、本気で疑ってしまうほどに。
「……それにしても、ルネはまことに美しいな。人の理想を具現化したような……」
お義父様が、身内とは言え鼻の下を伸ばしているのを見ると、少しだけ胸がモヤっとした。
「見過ぎなのでは? パパ。お姉様が困っています」
そう言った直後に、トゲがあり過ぎただろうかと思っていると、シロエがすかさず入ってきた。
「あらあら……エラ様がヤキモチを焼いているじゃないですか。ウィンお爺様も珍しいですね、そんな風に女性を意識するなんて」
口に手を当てて、目を細めて楽しんでいる。
「シロエは黙ってなさい。ややこしくなるんだから」
リリアナが止めたけれど、もう遅いような気がする。
私は、嫉妬したのが恥ずかしくて、顔がすでに真っ赤なのだから。
そこでお姉様が、少し照れた様子で説明を加えた。
「それはエルトアの……というか、回遊都市の男達の、要望に応え続けたせいでしょう。
元は、侍女のような働きをさせるドールとして流行った。というのが、大きいようですから」
「侍女のような……?」
「なるほど、侍女のような。ですか」
リリアナとシロエは、あからさまに声に出した。
そしてフィナも、言葉にはしていないけれど、ピンと来ていた様子だった。
余計なことを言ったと思ったのか、お姉様は俯いてしまっている。
「まぁ、そういう話は良いじゃないか。ルネは美しい。それだけだ」
お義父様がそう言うと、アメリアも続いた。
「私もルネ様のこと、美しいと思います! 隙の無いお姿が、とっても!」
それを聞いて、皆はハッとしたような顔をした。
大人たちは皆、どうしても異性関係とすぐに結び付けてしまうけれど、アメリアは違った。
純粋に、感じたままの素直な言葉だ。
「ありがとう、アメリア。あなたはいい子ね」
お姉様はそっと手を伸ばすと、アメリアの頭を優しく撫でた。
「……ルネ様」
昔、私だった頃のお姉様に撫でられていたことを、思い出したのだろう。
アメリアはうっすら、涙を浮かべていた。
「ふむ。そう言えば、お付きをどうするかだが」
その言葉に、アメリアは敏感に反応してお義父様をじっと見た。
「教育係込みで考え、フィナはエラのままだ。見習い上がりのアメリアは、ルネの元でより一層、精進するがいいだろう」
「ありがとうございます!」
それを聞いたアメリアは、反射的に答えていた。
そしてすぐに、お姉様の後ろにぴったりと立って満面の笑みを浮かべている。
侍女になった経緯は知っているから、彼女はお姉様付きが良いだろうなと思っていた。
「フフ。良かったわね、アメリア」
リリアナも、同じことを思っていたのだろう。
シロエも満足気に頷いている。
フィナは……淡々と私の後ろに立ったかと思ったら、振り向いた私にウィンクをしてくれた。
「フィナ……」
「はい。改めてよろしくお願いいたします。エラ様」
いつもと変わらない雰囲気だけれど、より親しみを込めた声のような気がした。
「ところで、ルネは月の女神からですか? おじい様」
名付けに興味を持ったのか、リリアナが聞いた。
「そうだ。華麗な容姿に涼やかな瞳。それでありながら、少女とは思えぬ明鏡止水の佇まい。神の名を冠しても引けを取らんだろう」
お義父様は割と熱の籠った説明をしてくれた。
でも、私もそれには完全に同意だったから、自分のことのように嬉しかった。
「素敵……! お姉様、素敵な名前です! ありがとうございます、パパ。お姉様はやっぱり、カミサマなんですよね。嬉しい……」
想いが溢れてきて、自分でも興奮しているのが分かる。
「フフフ。良かったですね、エラ様」
シロエがそっと、横から抱きしめてくれた。
「私は? エラにはどんな意味があるんですか?」
名前の由来が、自分にもあるのだろうかと急に気になった。
今まで何も思わなかったのが、不思議なくらいに。
「エラ様は、美しき妖精という意味ですよ。エラ様に本当にぴったりです」
美しき妖精……。
(そんな風に、想ってくれていたんだ)
「リリアナが付けてくれましたよね」
「ええ、そうよ。気に入ってくれた?」
「はい、――とても。とっても嬉しいです。リリアナ、ありがとうございます……」
そう言うと、シロエに続いてリリアナも抱きしめてくれた。
「良かった。気に入ってくれて。名前を付けた時はドキドキしたんだから」
「その時のお嬢様ったら、私の方を見て「大丈夫よね?」みたいに不安そうなお顔なさってたんですよ? フフフ」
その頃の記憶は、カミサマの――お姉様の時だから、そんなに緊張してくれたとは思わなかった。
今は……。
(ううん。今も前も関係ない)
ずっと変わらずに、私を甘やかしてくれて、こんな風に愛情を注いでくれて……。
「私は……幸せ者です」
左右から私を抱く二人の腕を抱きしめ返して、交互に頬ずりをした。
そしたら、二人はぎゅっと、さらに頬を寄せてくれた。
このまま、頬にキスでもされそうな雰囲気で。
「これ。そういうのは部屋に戻って仲良くしなさい。目のやり場に困るだろう」
「あら、私達はおじい様なら見せても良いと思ったからで、やましい気持ちなど無いんですよ?」
とはいえ、これ以上は恥ずかしいと思っていたから、私は助かった。
「困った孫娘だ。よし。それでは、皆も疲れたろう。部屋に戻って休みなさい。
ルネには新しく準備させているから、すぐに案内させよう。急な事だったから、足りないものがあれば遠慮なく言いなさい」
「ありがとうございます」
お姉様はそう言うと、もう一言だけ続けた。
「――それから……私の、今後の事について、後日ご相談させてください」
真っ直ぐにお義父様を見る青い目には、何かの決意が見えた。
「そうか。……そうだな。よく考えよう。だが――あまり難しく考えてくれるなよ?」
お義父様はいつもの、片方の頬でニッと笑うと、パチリとウインクをして見せた。
お姉様はそれを見て、とても綺麗な微笑みで返す。
皆が見惚れる仕草はこれで、その微笑みの行方と余韻を、ずっと追いたくなる。
(まるで、そういう機能が備わっているみたい……)
――(備わっているのよ? エラ)
急に念話で話されて、ビクッとしてしまった。
――(お姉様、急に念話だとびっくりするじゃないですか)
――(魅了とは別よ。人の本能に響く仕草を、エルトアはかなり研究したみたいね)
私にそう言い残すと、お姉様は立ち上がると一礼して、部屋を出て行った。
「おやすみなさい」の声も、その抑揚も、お姉様が部屋を出るまで、皆の耳に残って誰も動けなかった。
「あの子……ものすごくなって帰ってきたわね」
リリアナが、ようやく声を出した。
「……ああ。あれを社交界に出したら、また騒ぎになるな」
「エラと二人並んだら、人だかりが出来て動けなくなると思う」
お義父様とリリアナは、思ったことを言っただけで会話ではないのだろう。
私でさえ、ふらふらとお姉様に付いて行きたくなったのだから。
「コホン。さあ、皆様お部屋にお戻りください。公爵様もお休みになられますので」
フィナだけは、なんとか気を取り直していたらしい。
その言葉に従って、この会合は解散となった。
そこでアメリアはようやく、慌ててお姉様を追いかけて行った。
微笑ましい後ろ姿にほっこりとしながら、部屋へと向かう。
(……こんなに安心して、幸せを感じる日が来るなんて)
今までも何度か思ったことだけど、いつも、それ以上にそう感じている。
愛おしいという感情が、大きくなっていく。
皆を愛しているし、愛される喜びも、その日常も……全てが愛おしい。
……ずっと、こんな日が続きますように――。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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