第六章 二十五、カミサマとの違い
第六章 二十五、カミサマとの違い
……いざ説明しようと思ったら、一体どこから言えばいいのか分からなくなった。
カミサマが、私の中に入った所からでないと上手く話せないし、かといってそれでは長過ぎる。
ミリアもフィナもアメリアも、私が話すのをじっと待っている。
視線の集まる中、何か言おうと口を開きかけたものの、言葉が出ない。
「私から話しましょう」
カミサマは見かねたのか、一度こちらを見て微笑むと、ミリアに向き直った。
「私はエラの姉です。が……まだ幼い頃、神隠しに遭いました。
ずっとどこかで戦闘訓練をさせられていたのですが、ある日目覚めると、エラになっていました。それが二年と少し前です」
皆は、さすがに怪訝な顔をしている。
「入れ替わったというよりは、エラとひとつになったような感じです。
その代わり、エラはほとんど起きていられませんでした。なので、その間は私がエラとして生活していました」
「……にわかには信じ難いです」
ミリアが、さすがに釘を刺した。
完全に疑いの眼差しを向けている。
「ですが、本当の事です。その時は私だったので戦えましたが、今のエラは戦えません。アメリアなら分かるでしょう?」
「ふぇっ? は、はい。確かに。今のエラ様は隙だらけで、常に側に居られる女性騎士の護衛が、必要だと思っていました」
それを聞いて、満足そうに頷くカミサマ。
あまりに堂々としていて、その嘘がアメリアのお陰もあって、まるで本当のような雰囲気になった。
「それから、この冬に差し掛かった頃でしょうか。
また、私はどこか分からない所に飛んでしまいました。その間は、ほとんど記憶にありません」
「……では、成人の儀の時の剣技。あれを見せてください。あの美しい剣筋は、忘れようがありません」
ミリアは、カミサマが何者なのかを、本気で見定めようとしている。
当然のことだけど、私としてはもどかしい。
私をずっと護ってきてくれた人なのだと、堂々と紹介したかったのに。
「構いませんよ。確か、ワインボトルを斬ったのでしたね」
その言葉だけで、ミリアは目を大きく開いた。
かなり噂になったこととはいえ、即座にそう答えるとは思っていなかったのだろう。
フィナはそれを聞いて、「頂いて参ります」と部屋を出た。
「今持っている剣と、エラの剣、どちらで斬りましょうか」
「……当時の、エラ様の剣で」
「わかりました」
淡々と、ゆっくり交わされた言葉が終わると、少しの沈黙があった。
そしてフィナが戻り、静まった空気の中で、ワインボトルがテーブルに置かれた。
「それじゃあエラ、剣を貸して」
完全に傍観者になっていた私は、言われるまでうっかりとしていた。
「ありがとう。……では、当時のように」
そう言ってカミサマは、私から受け取った剣を鞘から抜いて、テーブルに置かれただけのボトルの真ん中に、刃を当てた。
そんな太い部分だと、斬りにくいのに。
そう思っている間に、キン、という金属音が響く。
「いかがでしょう。ミリア。私が当時のエラだと、信じて頂けましたか?」
剣を振り上げた姿勢から、くるりと剣を回すとそのまま、鞘に刃が吸い込まれた。
まるで一瞬の曲芸のようで、あっと思ったら終わっている。
「……何を仰っているんです。ボトルが斬れていないじゃないですか」
見ると確かに、ボトルは元のままテーブルの上で……何も変化がない。
「あら。水平に近い切り口だと、意外と持ちますね」
言っている意味を理解したのは、アメリアだけだった。
彼女以外の全員が首を傾げている中で、唯一ボトルの首に触れ、そして持ち上げた。
ぱしゃ。という音と同時に、悲しいほどワインが四方八方に広がる。
「きゃっ」
胴のところで真っ二つになったボトルと、その上半分を持つアメリア。
誰もが冷静でなかったせいで、こぼれたワインがテーブルの端を越えてなお、拭かなくてはと動ける人が居なかった。
カミサマを除いて。
「もう。アメリアは分かってて持ち上げたんじゃないの? フィナも拭くものを持って来なかったの?」
一人非難の声を上げながら、纏っている衣の裾で絨毯を拭きつつ、滴るワインを受け止めている。
「早くテーブルを拭いて。私は絨毯に落ちないように受けているから」
『あっ、はっ、はい!』
フィナは、今度は慌てて部屋を飛び出て行って、アメリアはカミサマと代わり、メイド服のスカートでワインを受けた。
ミリアは……未だに、信じられないという呆然とした顔で、カミサマを眺めていた。
**
「分かりました……とにかく、信じます」
まだ少し……もしくは、もっと疑っているのかもしれないけれど、ミリアはそう言った。
結局、神隠しから出たところが海の真ん中で、浅瀬に打ち上げられたらしい沈没船の上だった。
ということも、カミサマは堂々と伝えた。
「あの成人の儀で……ロイヤルを呼んで来てくれた事も、腕のアザを手当てしてくれた事も、覚えていますよ? ミリア」
最後にそう付け加えると、ミリアは大きな目をさらに見開いて、カミサマを凝視した。
「……ほんとに、ほんとなのですか」
信じられないという表情。
けれど、それは喜びを抑えなくても良いのかという問いに聞こえた。
「もちろんです。私が当時のエラだったのは、ほんとのほんとです」
「エラ様……。そうですか。もはや立ち入った事は、お聞きしません。この話はもう、これ以上しないでおきましょう」
ミリアは一度、目を閉じて深く呼吸した。
そして、改めてカミサマを見つめた。
「ようこそ、お帰りなさいませ。そしてよくぞ、お戻りになられました。……これからも、仲良くして頂けますか?」
ミリアの目は、今はもう、旧友を見る慈しみの色を浮かべていた。
「ありがとうミリア。こちらこそ、ずっと仲良くしてください」
そう言っておいて照れたのか、カミサマが頬を赤らめたのを、ミリアは微笑んで見つめている。
「あぁ、信じてもらえて良かった。フィナもアメリアも、信じてくれたのよね」
「私どもは、元より納得しておりますよ。不思議ではありますが」
「私は知ってました!」
フィナは動じないから、驚いていたのかがあまり分からない。
アメリアは無邪気で、何を根拠に言っているのかが分からない。
けれど二人とも、訝しがらずに居てくれて、本当に良かった。
「と、言うわけで……私も、本来のエラの事も、改めてよろしくね。皆」
カミサマがそう言うと、皆は大きく頷いた。
もちろんです。と、心から言ってもらえているのが、本当に嬉しい。
「ところで……皆、どうしてカミサマが前の私だって分かったの?」
一番不思議なのは、そこだと私は思っていた。
この調子だと、きっとリリアナ達やお義父様にもすぐにバレてしまう。
正直に話すつもりだけど、それとは別に何だか悔しい。
「どうしてって……」
ミリアはどうにも、言いにくそうにしている。
「それは……まあ……いいではないですか」
フィナは答えるつもりがないらしい。
「そんなの簡単です。動きが全然違いますから。それに今のエラ様は、普通に可愛い乙女なので――」
アメリアは意気揚々と、そう言った。
「――ちょっと、アメリア」
フィナが咄嗟に、アメリアの口を塞いだ。
「うん……どういうこと?」
カミサマが居なくても、普通にバレていたということだろうか。
じっ。とフィナを見ていると、彼女は観念したように口を開いた。
「その……エラ様の雰囲気が変わったのは、側で仕えている者なら誰でも気付いております」
「えっ、そうなの?」
「かと言って、お優しい所も、我々にさえ気を配ってくださる所も同じままでしたから、我々も今までと同じうようにお仕えしよう。というのが、暗黙の了解だったのです」
(そうなんだ……)
「それに、今のエラ様は感情豊かになりましたです!」
「……ふふ。そうですね。表情がころころと変わるので、よりお可愛くなられたと評判ですよ」
アメリアとフィナは、どこかホッとしたような口ぶりになっている。
「そっか……。皆、ありがとう」
(こんな風に、ずっと受け止めてもらえてたんだ)
「そうだ。以前のエラ様は、本当は何とおっしゃるんですか?」
ミリアはずっと、名前を聞きたかったのだろう。
ようやく自然な流れで聞き出せた。という、どこか満足気な顔をしている。
「あ~……、それが、私は名前を思い出せなくて。誰かに名前を決めてもらおうと思っていたんです」
ユヅキという名を捨てるのは、本当だったんだ。
私と同じように、その名には酷い意味が込められていたんだろうか。
あまり良い記憶がなさそうだったから、決して呼ばないようにはしていたけれど。
「あら……そうなんですね。それなら、アドレー公爵がよろしいでしょうね。きっと、処遇も含めて悪いようにはなさらないでしょう」
名を聞いたミリアがそう言って、そして、それ以上の詮索も何もしなかった。
ミリアも、本当に優しい人。
「では、後は疲れを癒して頂きましょう。仮眠をお取りになりますか? お食事もお風呂もございますが……」
――いつの間にか外は完全に朝を迎えて、太陽の爽やかな光が窓から差し込んでいた。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
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