第六章 二十三、報告
第六章 二十三、報告
徐々に速度を上げてゆき、割と早い速度で数分も飛んだくらいだろうか。
カミサマはこちらに向き直って、また徐々に速度を落としていった。
つられて、私も速度を落としてそのまま――。
「きゃ~」
ピタリと止まったカミサマに、抱きついてしまった。
半分は、わざとだったかもしれない。
「エラ。遊んでるわけじゃ……。あれを見て。かがり火と狼煙よ。私達を探してるのね」
「――あぁっ!」
まだ小さなつぶにしか見えないものが、水平線に並ぶ。
狼煙は私には見えないけれど、まだ暗い向こうの海がチラチラと光る。
(あれが、かがり火? 私を探すために……)
その気持ちを想うと、涙が溢れてきた。
「ものすごい数……水平線を埋め尽くすつもりの捜索ね」
「……はい。こんなに心配させてしまって、私は……」
皆と私達の進行方向が向かい合っているから、横一列に並ぶ船たちの――光の点たちが、どれほどの規模なのかがよく分かる。
私が、迷っていてもすぐ分かるように……。
「全部に知らせる方法が分からないから、旗艦を探しましょう。通達してくれるはずだから」
「はい。あの、どれが旗艦なんでしょう」
「たぶんだけど、一番大きくて、真ん中らへんに布陣するのが基本だと思う」
「わかりました」
カミサマは、言いながらもまた少しずつ、進んでいた。
抱きついたままでも、受ける風が徐々に強くなっていく。
そして向こうを見直すと、同じくらいの船が等間隔に並んで、その間に二回りほど小さな船が十隻前後ずつ、収まっている。
まだかなりの距離があるはずなのに、両端までが広すぎて、真ん中辺りを見定めるのが難しい。
「エラ。たぶん見つけたわ。行きましょう」
カミサマはそう言うと、速度を一定まで上げた。
**
旗艦大型帆船。
以下百隻を超える大小の帆船、その中央に陣取り、扇状に展開したその先頭を行く要。
見張り台業務の最熟練者である水兵は、明るみが差してきた空をくまなく監視していた。
夜明け前からすでに登り、真っ暗な時からずっと、そうしていた。
日が昇り始めてからは特に、瞬きを忘れるほどに。
そこに、太陽をやや左手、正面遠くで二つの飛行物を発見した時は、声を上げて良いものかどうかを迷ったほどに歓喜した。
監視歴の長い自分が、鳥とそれ以外を見間違うはずが無い。
それでも、勘違いで皆に知らせるのは、今はまずい。
どれほどの緊張感で捜索しているのかは、操船の音以外は静まり返ったかのような甲板の、異常なまでのピリつきで理解している。
波の音さえ、その独特のリズムが頭に入っていれば、波音か魚か、それ以外かが即座に分かる。
その緊迫した集中を、水兵全員が行っているのだ。
逆光に近い中、その二つの形が――人に翼を付けたような姿が、彼女以外であるはずがない。
気になるのは、一つではなく、二つが重なって見える事。
速度は尋常では無いと知っているから、ここで見逃すわけにもいかない。
――決断は、次の一瞬までにしなければならない。
「すぅ……。見つけたぞおおおおおおおおお!」
間違いない。
二人である理由は、後で確認すればいい。
「前方ゼロ度上空! 影、ふたつ! 人に翼の影、ふたつ!」
ほんの一瞬だけ、さらにシンと静まり返った次の瞬間――。
『うぅうおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおお!』
それは歓喜か、雄叫びか。
水兵達が腹の底から、全身を打ち震わせるかのように出した、鬨の声。
その声は、未だ遥かに遠いはずの少女達まで届く勢いだった。
**
「カミサマ、何か……低くて怖い声がする」
(唸り声?)
昏い海が、私達を恐怖させて動きを止めてから、どこからか大きな口を開けて飲み込むつもりに違いない。
そう感じるほどの、怨念みたいに揺らめいた叫び声。
(大波が叫んだら、きっとこんな感じなんだ)
「何言ってるのよエラ。あれは、きっとウォークライよ。私達を見つけてくれたのね」
「えぇ……?」
「さあ、先ずはあの人達を安心させてあげないと」
速度を上げたカミサマ。
とはいえ、先を行っても振り返りながら、私が付いて来ているかを確認してくれている。
(心配させてしまった事よりも、私はカミサマと一緒に居られるのが、嬉しいんだ……)
そんな事を思っている間に、旗艦らしき船の前に到着した。
翼だと、こんなにすぐに移動できてしまう。
「エラ様! 確かに間違いない! エラ様だ!」
見張り台の水兵らしき人が、両手を振ってくれている。
その下の甲板では、身分の高そうな人がこちらを見ていた。
あれがミリアのお兄さんに違いない。
「カミサマ、あの人です。ミリアにそっくり」
カミサマが甲板を見渡していたから、きっと彼を探しているのだと思った。
「……私には、服装とか雰囲気でしか分からないわね。そんなにミリアに似てるかしら」
それを言うなら服装こそ、どの水兵も同じに見えるけれど。
だって、誰ひとり上着を着ていないから、白いシャツの腕をまくっているか、いないかしか違いが分からない。
「よくぞお戻りくださいました」
甲板に着地すると、ミリアのお兄さんと思しき人が、すぐに挨拶してくれた。
「エラ様。ミリアがお世話になっております。兄のレイモンドです。そちらの方は?」
やっぱりそうだった。
そして、当然の疑問だろうと思ったけれど、何と答えよう。
――その少しの葛藤の間に、隣のカミサマが即座に反応した。
「生き別れた姉です。どういう訳か、私は向こうの海で沈没船と共に倒れていたのを、エラに助けてもらいました」
「生き別れ……ですか?」
「はい。物心つく頃には、私は神隠しに遭いまして。さまよい出た場所が、海の……それも沈没したであろう船の上でした」
すらすらと出て来るカミサマの作り話に、私は感心しているしかなかった。
(生き別れの姉妹という立ち位置を、忘れないようにしないと)
「あのような遠洋に……ですか?」
聞いているだけでも、胸がドキドキとする。
何でもないことのように、真顔で居るだけなのに。
「遠洋だったとエラに聞きましたが、間違いなく浅瀬でした。ただその、随分と帰還が遅くなった様子。なので、今は詳しい事情をお伝えする時間が……」
「確かに……。貴重な情報をありがとうございます。我々はその海の調査隊と、帰還する隊を再編成しますので、先にご帰還頂きましょう。どうか父に、早くお姿をお見せしてやってください」
もっと話を聞きたそうだったけれど、色々と考慮した結果の判断なのだろう。
この辺りで会話が終わってくれて、私は心底ほっとした。
と同時に、遅くなったことと、この嘘の報告のことを、申し訳なく思った。
「ありがとうございます」と、カミサマが答えている。
それを聞いて、私もすぐに、お詫びをした。
そんな言葉では、とても償えない事だけど――。
「心配をお掛けして、本当にごめんなさい」
――深く頭を下げて、心からの気持ちを伝えた。
「ああっ! エラ様そのような!」
「いいえ、こんなことでは足りないことをしたのです。ですが、不届き者ですみません。伯爵にもご挨拶を、急がせて頂きます」
「はい。どうぞお気を付けて」
もう一度、今度は貴族の礼をして、カミサマと上に飛んだ。
手を振ってくれる皆に、両手を振って応える。
それからまた、陸を目指した。
**
「おおお……。エラ様、よくぞご無事で……。お戻りくださってありがとうございます」
お屋敷から少し離れた、沿岸の近く。
そこに陣を敷き、ノイシュ伯爵は居た。
「いいえ。遅くなってしまい、すみませんでした。これほどの捜索をかけて頂いて……なんとお詫びすれば良いか」
捜索の光景を目にしたら、ただのお詫びでは済まないという気持ちになる。
船団にも圧倒されたけれど、沿岸沿いに焚かれた火と狼煙……その距離と数を見れば、騎士達だけではなく、領民も皆駆り出しての事態だと、すぐに分かった。
(カミサマに浮かれていた自分が、本当に恥ずかしくなる)
「それで……そちらの方は、一体……」
やはり、説明なしにという訳にはいかない。
カミサマがまた、私の代わりに答えてくれた。
「生き別れの姉です。神隠しに遭ったのですが、気が付いたら、沈没船の甲板に居ました。エラが見つけてくれたのです」
「そ、その船はどこに!」
ノイシュ伯爵が必死の形相を浮かべた。
「向こうの浅瀬に、打ち上げられたような沈没船がありました」
「遠洋に浅瀬……ですか? それに船は、完全に沈没して、海の藻屑になったと報告を受けていましたが……」
それでも尚、冷静な思考を保ち続けている。
さすがは歴戦の海の猛者だ。
夜通しだったのだろう疲れ切った顔つきでも、理論的な考えを崩さない。
慎重に答えないと、即席の嘘が見抜かれてしまう。
「……それが同じ船なのかは、分かりません」
「ああ……いや、しかし……この海域に来れる船など限られています。他の船であるはずが……」
伯爵は、あらゆる情報を吟味して、一つ一つ可能性を精査している様子だった。
「明日、良かったら一緒に行きましょう。場所はきっと分かりますから」
カミサマのこの言葉で、伯爵は大きく首を振った。
「いえ! それには及びません。位置が同じであれば我々で行けますから。エラ様方は、屋敷で疲れを癒してください」
(……きっと、私をもう二度と、海には出したくないんだ)
顔の引きつり加減で、そう言っているのが分かる。
なのでここは素直に、お言葉に甘えて屋敷へと向かった。
細かな報告は、明日にでも聞くらしい。
ただ……。
屋敷ではきっと、ヘンリ―率いる騎士の皆が……。
いや、彼らは怒ったりはしないだろう。
問題は、フィナとアメリアだ。
「絶対、怒られますよね。カミサマ」
「……どうだろう。怒られるのは、エラだけのような気もするけどね」
そんな言葉を交わして、屋敷の前に立った。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
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週に2~3回更新です。
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