第六章 二十一、それぞれの夜
第六章 二十一、それぞれの夜
「エラ様はまだ見つからないのか」
ノイシュ伯爵は、夕刻になっても戻らないエラの、大規模な捜索隊を指揮していた。
「どの部隊からも、発見ならずの報告のみです」
部隊を取りまとめる騎士の一人が、何度も聞いた言葉を繰り返しては持ち場に戻って行く。
「嫌な予感ほど当たるとは……」
ずっと海を見ながら、ノイシュ伯爵はひとりごちる。
エラが飛び立った進路に対して扇状に、出せるだけの船を全て出した。
天候も良く、波も小さい事を天に感謝しながら、祈るように。
その数は優に百を超える。
そして沿岸沿いでは、かなりの広範囲に火を焚いた。
灯台にも人を配置し、少しでも見つけやすい体制を敷いた。
まさかの時を想定していたからこそ、すぐにこの規模で開始出来た。
「お父様。エラ様はきっと、無事に戻られます。あの方は、王都を襲撃した魔物のボスとも、対峙して無事だったお方ですから」
ミリアは、エラが戻ったら謝ろうと思っていた。
責任感の強い彼女に、なんという事をお願いしたのだろうと。
「それに、あの翼は素晴らしい性能だったじゃないですか。目隠しをして適当に飛んで頂いても、真っ直ぐにこちらに帰って来ました。だから……」
父を励まそうと、ミリアは思いつく限りの言葉を並べた。
そうしていると確かにもうすぐ、「遅くなってすみません」などと言いながら、戻ってきそうな予感がする。
しかし、それとは裏腹に、焦りと不安だけが募っていく。
海は、一瞬の油断で人を飲み込んでしまう。
だから皆、命を落とさないために訓練を積んでいるし、それゆえに海の怖さを知っている。
どんなに足掻いても、それでも、海は無慈悲な一面がある。
「ミリア……お前は一度寝なさい。エラ様が戻られた時に、お迎えする役目があるだろう」
疲弊した顔で、ノイシュ伯爵はミリアに告げた。
それは親心か、それとも、二人とも倒れてしまわないためか。
「お父様……」
どちらともなく察したミリアは、礼をして屋敷へと戻った。
ミリアの兄達は、船で捜索に当たっている。
今休めるのは、ミリアだけなのだ。
**
フィナとアメリアは、案内された部屋で、捜索の様子を窓から眺めていた。
ゆらゆらと海に浮かぶ、幻想的な火の揺らめき。
丁度、海が見える部屋に通されたお陰で、それがよく見えた。
でも、それは自分達の主が、しでかした結果なのだと思うと頭が痛かった。と同時に、ずっと胸が締め付けられている。
「エラ様は、また私を置いて行ったから、妙な事に巻き込まれたんです。そうに違いありません」
アメリアは置いて行かれた事を、側で身代わりにさえなれない事を、怨念のごとく呟いた。
「……あなたももどかしいわね。私も、待つ事しか出来ないのがもどかしい」
大切な主のために、側で盾になると決意したアメリアも、居場所のひとつであろうとするフィナも、何も出来ない事を嘆いた。
共に来た護衛の騎士達と、その隊長のヘンリーも同じだった。
ノイシュ家の騎士達を手伝いたいと申し出たが、海の事はあまりに門外漢であるために断られた。
「彼らの邪魔になっては、エラ様のためにならない」
そう言い聞かせて、騎士達と共に歯がゆい思いをしていた。
**
エイシアは、屋敷の屋根の上から、海を眺めていた。
念話をしようにも、あまりに距離があると全く届かない。
無事なのかどうかさえ、繋がりが消えてしまって分からない。
余程の信頼関係があれば、また結果は違ったのかもしれないが。
虎魔としての力が万能ではない事を、不覚にも思い知る事になった。
そもそも、世の中を少し離れた所から観察するための虎魔は、ここまで人魔に接した事がなかった。
それは、記憶の網を辿っても、そんな例は見つからない。
仲の良い友になる気など、微塵も無かったエイシアが、生きていろと念じる程には、気に掛ける存在になっていたエラ。
普段は臆病なくせに、妙なところで前に出る。
まるでやんちゃ盛りの子ネコのようで、放っておけなくなっていた。
それが、海に飛び出したきり戻らぬとあれば、気に掛かってしょうがなかった。
**
エルトアは、喜びと戸惑いをそれぞれ感じていた。
一つは、ダラス・ロアクローヴの遺品に触れられた事。それも、二つも。
翼には、今の技術では及ばない部分があった。
剣は、過去に出回っていた『愚者の剣』とは別物の性能と技術が施され、今まで見た事のないハイエンドクラスの代物だった。
それを調べる事が出来たのは、同じ科学者であり技術者でもある自分に、まだまだ進化出来る可能性を感じさせてくれた。
一通りのデータを取った後、迷いネコに返す事にしたのは、登録者が変更出来なかったからだった。
色々な可能性を考えた末、殺める事は止めて穏便に済ませようと彼女は思った。
もし、殺めても登録変更が出来なかったら?
慎重なダラス・ロアクローヴなら、ありえない話ではない。
調べただけでは分からなかったが、殺めた瞬間に連動自爆でもされたら、こちらの損害も大きくなり過ぎてしまう。
そこまで考えたら、少しくらい外との繋がりを持っても良いかもしれない。そう考えた。
エルトアが戸惑ったのは、ゴーストが二人存在した事。
今の技術を駆使しても、それは不可能な事だった。
その原因を一瞬で理解出来たのは良かったけれど、興味本位にドールを与えた事を、少し後悔した。
なぜなら、あまり頭の良くない迷いネコの剣に、こちらの技術を理解するゴーストが入って居るとは、思わなかったからだ。
会話のテンポも、自分とさほど変わらない。
つまり、科学者である可能性も、無きに非ず。
文明が後退し、中世程度のレベルで何千年も停滞したままのこのオロレアで、そんな事があるわけがない。
つまり、外宇宙へと逃げた先人達が、どこぞで適度な惑星を本当に見つけたのだろう。
その子孫が、どういう経緯を経たのか、ゴーストをこちらに送られたとしか考えられない。
生きたままこの星に降り立つには――大気圏を抜けるには、回遊都市エルドルアの監視網に必ず掛かるはずだから。
そんな、稀有な送られ方をした先人達の子孫と、会話をする機会が訪れようとは。
エルトアは、感激して良いのか、それとも不安を覚えた方が良いのか、判断出来なかった。
そして、その彼と交渉するには、準備が足りなかった。
起動前のオートドールが、リンクリーダー機しか無かったのは偶然か、それとも彼にとっての必然だったのか。
起動してしまったドールでは、人格機能と彼の人格が衝突する恐れがあった。
そう考えて、起動前の……こちらにとっては痛手の、最新型ドールを与えてしまったのだ。
エルトアは、そこまで思考を巡らせると、やはり彼と交流する手段を、残しておきたいと思い至った。
いや、直感的に、最初からそうしようと思っていたのだろう。
**
――夜通し捜索した甲斐もなく、エラは戻らなかった。
東の水平線が白んで、紫紺のグラデーションが星空を飲み込んでいく。
春ゆえのまだ冷たい空気が、夜明けの色を幻想的に映しだしていた。
「もう、朝か……」
ノイシュ伯爵は、もはや翼の能力を信じるしかなかった。
古代の遺物であると、それは一目で分かった。
だから、空を飛ぶ姿に驚きはしたものの、そういうものかもしれないと受け止める事が出来た。
その翼も、海の上と空とでは別物だとしても、方向を知る事が第一なのは変わらない。
だからこそ、行った先からこちらを見た時に、少しでも火が見えるようにと捜索部隊を布陣させた。
「せめて高くに上がって、火の明りを見つけてくれと祈っていたが……」
それは、夜だからこそ最大の効果を発揮できる。
日が上りきれば、きらめく水面が邪魔をする。
「海に呑まれたならともかく、遠くに行ってしまっていたら……」
捜索部隊の近くで浮いていてくれれば、奇跡的に助かるかもしれない。
けれど、あの翼で目標地点を遥かに越えて遠くに行っていたら……水と食料が尽きれば、そこでエラは終わる。
その注意は、何度も繰り返していたが……大海原では、そうした感覚も狂いやすい。
伯爵は、日が昇ってからの捜索に、狼煙を上げる手段を取った。
船に積める量には限りがあるので、甲板で狼煙を上げる船と、それ以外の積載船とを分けてチームを組ませている。
「もしくは、我々の船が沈没した地点で、何かあったのか……」
懸念したくない事は、なぜか次々と現実になってしまう。
もしもそうなら、危険を承知で向かう必要があると、伯爵は覚悟を決めつつあった。
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『聖女と勇者の二人旅』も書いています。どうぞよろしくお願いします。
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