第六章 二十、二人の時間
第六章 二十、二人の時間
「カミサマ。お帰りなさい」
案内された部屋に入ってすぐ、私はカミサマに抱きついた。
「わっ! エラ、気を付けて。まだこれの性能を何も見てないからね」
「ごめんなさい。でも、どこからどう見ても、ただの綺麗な女の子ですよ?」
「……みたいだね。それにしても……この世界ではどうあっても、俺は女の子にしか縁がないらしい」
カミサマは肩をすくめた。
「やっぱり、その……男の人に戻りたいですか?」
もしそうなら、エルトアなら時間をかければ、造れるのではと思ったから。
「……いや、そういう訳じゃないよ。この体でも十分過ぎるからね。なんとなく、かな。エラの体から出ると、やっぱり男だったっていう感覚が少し強いっていうだけで。そのうちに慣れるさ」
「でも、もしも必要なら、エルトアに私からお願いしてみます。男の体を造ってくれるように」
「なるほど……ありがとう。だけど、それはやめておこう。俺は、これも縁だと考えているんだ。過去の自分の延長ではなくて、この星での自分がどうあるか。というのを考えるようにするよ」
なんだか……かっこいい。
「カミサマ、素敵です!」
私はもう一度、ぎゅっと抱きしめた。
細い腰に柔らかい体。
温もりもあって、とても造り物とは思えない。
「その……カミサマと呼ぶのはやめにしないか? 名前も考えないとだけど」
「それなら、リリアナかお義父様に決めてもらいましょう。それまでは、やっぱりカミサマで」
「まぁ、それまでなら」
半ば押し切るような形で、カミサマ呼びをやめなかった。
「それよりカミサマ、その……少し言いにくいんですけど……」
あまりにも似合わないから、俺と呼ぶのをやめてほしい。
他にも、理由は色々とあるけれど。
まず、クールな感じでかっこいい美人顔だからこそ、「私」と言う方が素敵だと思うから。
それに、元は男の人だったとしても……その容姿に見合った振舞いを淡々とこなす。というくらいの度量を、お持ちの方だったはず。
それが苦痛ならともかく、ご本人が受け入れると言っているからこそ。
精神性の、もっと先に居る存在だと思えるから、『カミサマ』と敬意を込めてしまうのだし。
「あ。わかった。『俺』と言うのが引っかかるんだね」
私は小さく頷く。
「ふふ。分かったよ。言葉遣いや振舞いも、貴族令嬢に倣おう。せっかく二年かけて教わったんだしね」
「はいっ! ありがとうございます!」
そしてその後、フィナが作ってくれたお弁当のパンを、カミサマと分けた。
十分食べられる状態だったし、カミサマも食事が出来るらしいから実験も兼ねて。
驚いたことに、味も分かるということだった。
(もうこれ、人間でいいじゃない?)
その後、私も疲れていたのか、カミサマと同じベッドに入った瞬間に眠ってしまった。
××
「眠ったかい?」
銀髪の少女が眠ったのを確認して、カミサマとやらも目を閉じた。
自らの記憶を探るように、その造られた体の記憶領域から、情報を引き出すために。
「随分とまあ、恐ろしいほどの高性能だな……」
光線兵器だけでも、かなりの数があった。
伸縮自在の光線剣に、光線銃。体の各部に収納されたナイフ達。その全てに光線を乗せられる。
機密事項の項目も一つや二つではなかった。
ただ、どんな仕組みかは機密だとしても、使い方はそれぞれ説明があった。
飛行も出来るし、水深五百メートルまでの潜水も可能。
髪の毛を用いて発電や放電も出来るし、装備さえあれば様々な銃器・兵器も扱える。
バリアまで展開可能ときた。
それに、今は切られているけれど、ネットワークに潜る事も、リンク系の装備や装置を同時並行で操れるらしい。
万能兵器のようなものだった。
ここに来て、完全なチート装備というものが手に入ったのは、何かの皮肉だろうかとカミサマは一人ごちた。
それに、皮膚は確かに人肌のようにスベスベで柔らかく、体温も感じるという。
「この装備で、男の相手も出来るって……何かの冗談かと思ったよ」
試しに揉みしだいた二つの胸は、程良い重みと絶妙な柔らかさと、感度まで有しているらしい。
「冗談で付けたのか本気で付けたのか、作者の感性がよく分からないな……」
人のように眠る事さえ可能。
その間はドール本体が、敵性感知を自動で行う。
まるで、人間がドールになるための器なのかと、そう考えてしまう代物だった。
「不老不死でも目指しているのか……?」
××
「おはようございます。カミサマ」
カミサマの柔らかな腕で枕をしてもらっていて、はだけた衣から、白くて綺麗な乳房が見えている。
油断すると、シロエみたいについ、触れてみたくなった。
(だめだめだめ)
いつのまに、こんな体勢にしてもらったのか記憶にないけれど。
それよりも、カミサマがぴくりとも動いていない。
「カミサマ?」
息をしてない。
ドールだから呼吸なんてないのか、それとも、ゴーストが剣に戻ってしまったのか。
私は飛び起きて、ベッドに立ててあった剣に触れてみた。
「……やっぱり、ドールの方?」
静かに横たわる、綺麗な女の子。
淡い色の金髪は細くてしなやかで、生きているとしか思えない。
なのに体は微動だにせず、ただそこに物質のように在るというのは、言いようのない不安を覚える。
呼吸をしていない人というのが、こんなにも怖いと感じるとは思わなかった。
死んでいるのかと……心配と不安で胸が苦しい。
「……ねぇ、カミサマ。起きてください。ねぇってば」
すると突然、パチリと目が開いた。
一瞬の間だけ、無機質に遠くを見ていたような瞳が、人とは違うものであると感じさせた。
「……ああ、ごめんね。少し記憶領域を深く調べていたんだ。眠った状態に近くなるみたいだね」
まばたきや目線の動きは、もう人と何ら変わらない。
凛とした顔つきに、自然と生気が宿っているようにも感じる。
「驚きました……息をしていないし、反応もないから……」
「ハハ。ごめんごめん。まだこれに慣れてないから、勝手が分からないんだ。きっとそのうちに、人みたいに出来ると思う」
にこりと微笑むその表情は、本当に見目麗しい。
さっき感じた無機質な感じは、もうどこにもなくなっているように思う。
「そう……ですか。見た目も触れていた感触も、人そのものみたいだから逆に怖くなってしまいました。すみません、騒いでしまって」
「いいんだよ。むしろ、人らしくない所はどんどん指摘してほしい。違和感があっては、溶け込めないからね。あっ……。溶け込めませんからね」
話し方までは変えないのかと思っていたら、ちゃんと気にしてくれていたんだ。
何度も言うのも申し訳ないし、それはそれで良いかもと思って、言わないでいたのに。
「フフ。色々と大変そうなのに、要望ばかり言ってごめんなさい。やっぱり、カミサマのやりやすいようにしてください」
本当に優しい人だから、それだけ無理をさせてしまう。
そう思うと、カミサマにとやかく言うのは間違っているような気がしてしまった。
話し方くらい、そもそも柔らかな言葉遣いなのだから何でもいい。
こうして、側に居てくれるだけで私は幸せなのに、贅沢を言い過ぎたと思う。
「……コホン。えっと……ね。エラ。きっと私を気遣ってくれているのね。でも、私もきっと、あの貴族社会の中に入るはずだから。その時に、無作法ひとつで揚げ足を取られるような、間抜けな事をしたくないの。だから、気付いた事は何でも言って頂戴。ね?」
目の前で話しているのが、私の中に居たカミサマとは別人で……、女神様が喋っているのかと思った。
――ドキドキして、顔が熱い。
「……エラ? 大丈夫? 顔が赤いし、熱っぽいんじゃないかしら」
「…………いえ……。か、カミサマが、女神様みたいで、その……緊張してきました」
「ぷっ! ふふっ。何を言っているの? この容姿って、そんなに美人さんなの? 鏡がないから私には分からないわ」
鏡……本当だ。
案内された部屋は、全体が柔らかな光で包まれた幻想的な雰囲気で、ベッドしかないことに違和感を覚えなかった。
程良い広さで、ベッドがふかふかのスベスベで心地良くて、その他の物が何もないことに、今になって気が付いた。
「……何もない部屋だったんですね」
「そうね。でもきっと、どこかに枠があって、それに触れたら出て来るんだと思う」
そう言ってカミサマは、壁に沿って歩き出した。
「あ、これかしら」
左手で触れた壁にフッと穴が空き、小部屋に繋がった。
「あ、丁度いいわ。バスルームよ。鏡もある」
「ばするーむ?」
「ああ。そうだった。お風呂ね。一緒にシャワーでも浴びる?」
「ふぇ? 一緒にお風呂……! しゃわー?」
「うん。お屋敷にもこれは無いわねぇ」
一緒に……女神様と……。
「ハはい、はいります……」
そういえば、ベッドから降りる時も女神様は、人と同じくらいの沈み方しかしていなかったなと、ふと思った。
はだけた衣姿をよく見ると、うっすらと淡い青に、光っている。
(そうか、全身が白煌硬金……オロレア鉱だから)
女神様みたいに見えるのも、全身から淡い後光が射しているみたいだからだ。
(私にとっては、まさしく本物のカミサマ。女神様よね……)
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