第六章 十七、その正体(二)
第六章 十七、その正体(二)
気が付くと、淡くて薄い緑色の部屋に寝ていた。
何もかもが同じ色で、私は水のような感触のベッドに寝かされ、柔らかくてスベスベの布が掛けられている。
天井も壁も、全ての輪郭が曖昧で、なんとなく全体的に柔らかそうな素材に見えた。
水のようなベッドも、手触りが極上の布も、心地良くてずっと包まっていたい。
「お目覚めですか? ここがどこだか分かりますか?」
声の方を見ると、作り物のように綺麗な女性が優しく覗き込んで来た。
色が白くて、長い金髪に、大きな青い瞳。
「……あなたは」
「わたくしは、医療用オートドールのカラドニルと申します。痛みが残っていれば教えてください」
聞き取りやすくて、透明感のある綺麗な声だ。でも、言葉の意味が分からない。
(おーとどーる……。からにどる……は、名前なのかな。聞き慣れない名前……)
それに痛みって、私は怪我でもしていたっけ。
そう思った瞬間に、私は光線に撃ち落とされたことを思い出した。
「私の翼! 剣も! 剣はどこですか!」
翼は、光線で破壊されたかもしれないけど、残骸だけでも持ち帰りたい。
それに、剣にはカミサマが宿っているから、絶対に失うわけにはいかない。
「剣はこちらに。翼はわたくしどもで直しております」
細くてきれいな手が示した先に、装備していたもの全てが丁寧に置かれていた。着ていた服も、フィナがくれた残りのパンも、そして水袋さえも。
ただ、剣を除くそれらはさすがにボロボロで、ただ整えて安置されているだけだった。
「そういえば、私はかなり出血していたと思うんですけど」
地面から感じた液体の量は、相当なものだった。
「大した出血はなさっておりません。水袋が破裂していたので、それを勘違いなさったのでしょう。衝撃は、それが緩和してくれたのでしょう。骨折もしていません」
二日分だと言って、水を多く持たせてくれたアメリアに、感謝しなくてはいけない。
「あの……ここは……どこですか?」
「立てますか? 歩けそうなら、主の元にご案内いたします」
会話よりも、要件の最短の伝達を優先している。そんな回答だなと思った。
カラドニルと言った美女が答えるのではなく、答えるつもりのある人に取り次ぐ。という返事が来るとは思わなかった。
体を起こしてみた感じだと、歩けそうだから案内を頼むと、彼女はすぐに踵を返して、扉のような長方形の枠線の前に移動した。
私は慌ててベッドから降り、剣を手に取って、帯剣ベルトを拾う。
でも、そこでようやく、自分が裸だったことに気が付いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。服を着させてください」
そういえば、ボロボロになった服が置かれていたのに、自分が何も着ていないことに気付かなかった。
「……それはもう着れません。その衣を羽織っていてください。差し上げます」
彼女の手が示したのは、さっきまで掛けられていた布のことだった。
「ありがとうございます」
なんだか急かされているような気がして、とりあえず体に巻いて、帯剣ベルトで止めた。
そして剣を差すと、なんだかひと心地ついた。
「良かった……」
「そちらの剣は、あとで主に見せて頂けますか? 興味を持っています」
「見せるだけなら……」
「感謝します」
淡々と会話を進めるのは、いいのだけど……なんだか、こちらの返事を待つのが億劫なのかなと感じるテンポで話されている。
きっと、彼女は賢い人なのだろう。状況や流れから、私が答える内容を推察しきっているから、待つのが面倒なのだ。
(それはそれとして、少し、ぶっきらぼうだと思うな……)
そんな事を思いながら、少し破れた巾着と、パンの包みも持っていくことにした。
すこし潰れているけど、中は大丈夫そうだから後で食べようと思って。
**
案内された通り道の何もかもが、見たことのない素材のお屋敷だった。
お屋敷と言って良いのかさえ分からないけれど、とてもシンプルで頑丈そうで、それなのに触れると表面は柔らかさがある。
裸足でもフニフニと心地良いし、淡く光っているのか、全体が明るい。
「なんだか、すごいお屋敷ですね」
「ここは基地です。お屋敷の様式が好きな方は、別の場所に住んでいます」
「……そうなんだ」
必要最小限の情報だけど、なんとなく察せるような答え。
冷たい言い方ではないけど、あまり質問してはいけないような気がする。
「こちらです。お通りください」
長方形の枠線の前に立つと、スッ。と壁が消える。そして通路や部屋に繋がっている。
これが先程から不思議で、そして楽しくて、カラドニルが開いてしまう前に私がやってみたい。そう思っていたから、いざ目の前で壁が消えると、「わっ」と声を出してしまった。
壁がどこに消えたのかと見ながらそこを通ると、大きな部屋に繋がっていた。
「わたくしは、これで失礼いたします」
彼女が丁寧なお辞儀をすると、また、スッと壁が現れた。
「すごぉい……」
数秒、その壁を見つめていると、後ろから声が掛かった。
「その扉が珍しいですか?」
さっきの彼女に似ている声だ。
けれど、そのテンポや抑揚に余裕を感じる。
振り向くと、広い空間の奥、祭壇のように三段高くなったところに彼女は立っていた。
「さぁ、こちらにお進みください」
全体が明るいのはこの部屋も同じで、やはり全ての色が淡く薄い緑色だ。
「……失礼します」
その女性の近く、祭壇の手前まで進むと、その人は満足そうに頷いた。
「ようこそ、回遊都市エルドルアに。と言っても、手荒いことをして、申し訳ございません」
(かいゆう……都市? えるどるあ……?)
その人は深く頭を下げて、そしてしばらくしてから姿勢を戻した。
「い、いえ……。いや、どうして私を攻撃したんですか?」
そう聞いた瞬間に、私が最初に光線で横薙ぎにしたのだと、色々と察した。
血の気が引いていくのが、自分でも分かった。
その人が言葉を発する前に、私が謝らなければならない。
「いえっ、すみません。私が先に光線を放ったからですよね? すみません!」
深く頭を下げると、その人は柔らかい口調のままで続けた。
「良いのです。バリアの機能が正常に働いている事が分かりましたから。損害もありませんから、お気になさらず」
本当は怒っているのではと、じっと目を見た。
さっきの人に、よく似ている。
白い肌。長い金髪に、大きな青い瞳。とても綺麗な人だ。
「私の名はエルトア……とでも、名乗っておきましょうか。あなたの名をお聞きしても?」
「エラ・ファルミノ。シャルエルド王国の大公爵、アドレーの娘です」
他国の方なので、頭を下げる礼をした。
「そうでしたか。お会い出来て光栄です。エラ様。そして今日は、少しお話をお伺いしたいのですが、明日までお時間を頂戴しても?」
明日まで。と聞いて、私は耳を疑った。
少しどころではない。
夕方までに戻らなければ、皆が心配するというのに。
「そういえば、私は気を失ってどのくらい経ちましたか? 夕方には戻らないと」
エルトアは少し首を傾げると、不思議そうにこう言った。
「どのようにして帰るのです?」
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