第六章 十一、侍女達の強さ
第六章 十一、侍女達の強さ
それは割と大きな建物で、お屋敷ほどの意匠は無いけれど立派な、例えば近衛兵達の兵舎だと言われれば信じただろう。
二階建てくらいの高さと、ゆったりとした部屋割りで五部屋分くらいの横幅。ただ、窓が少なく、代わりに玄関と思しきドアは大きかった。
「何の建物でしょう……」
「エラの戦馬車の、新しい格納庫かしら」
「……なるほど」
でも、それならばその建設計画の段階から、お義父様から聞いていてもおかしくない。
――いや、お義父様なら、特に必要性を感じなければ黙っているかもしれない。
「そうは言っても……この真冬の間に無理に建てる必要ないわよね」
リリアナがファルミノに行く頃には、無かった。
近くまで来ても、誰かが教えてくれるわけではないので謎はそのままだ。
私はエイシアから降りて、大きなドアに触れてみた。
予想よりも重く、大き過ぎる上に取っ手が無い。
「……かなり力を込めましたけど、重くて開きません」
「引くのかしら」
「う……ん! 横にも動かないですし、取っ手が無いのでこちらには引けないです」
取っ掛かりになりそうな所を無理に横引きしたので、指先が痛い。
「いいわ。後でおじい様に聞いてみましょ。戻りましょう、エラ」
「はい」
返事をして、お屋敷に戻ろうとした時だった。
――(フ。我の家だ。貴様の力では重くて動かぬか)
「えっ?」
「エラ、どうしたの?」
――(冗談でしょう?)
――(特別に中を見せてやろう)
「リリアナ……これ、エイシアの家だそうです」
「はぁっ?」
私達が困惑しているのを尻目に、エイシアは前足二本で体重を乗せるように扉を押した。
大きな扉が両開きに、ズズズと音を立てながらゆっくりと開いていく。
「やっぱり、押して入るんだ……?」
ある程度開くと、エイシアは頭を下げながら、器用に前足と頭で押し開いていく。
――(開けている間に入れ。閉じてしまうぞ)
見上げると、太いワイヤーがドアの先端に付いているのが見えた。
おそらくそれが、どうにかなってドアが閉じる仕組みなのだろう。
「……入ってみる?」
「はい……」
リリアナは馬を降りると、私の横に来て手を握った。少し不安なのかもしれない。
――(はよう入れ)
促されるまま中に入ると、靴の音が響いた。日が暮れているので暗くてほとんど見えないけれど、広い空間に入ったのだろう。
――(なんだ。お前達では見えんか)
――(見えるわけないでしょ)
「暗いわ……」
リリアナのその声も、反響して響いている。
「エイシア。灯りとかないの? これじゃ何も――」
そう言いかけたところで、エイシアがふわふわと尾を私に当てながら、奥に行くのが分かった。すると、後ろでズズンと音を立てながらドアが閉じてしまった。
「――ひゃっ」
――(暗闇であっても、我を畏れずにいられるかな?)
「エラ、大丈夫? これって、閉じ込められたのかしら」
「エイシア。おふざけはやめなさい。リリアナに何かしたら許さないわよ」
剣は抜いておいた方がいいだろうか。暗殺者に向けられたような殺気は感じないけれど、エイシアなら冗談めいたひっかきの一撃でも、こちらは即死するかもしれない。
――(フ。その顔だ。我を畏れよ)
暗闇の中に、エイシアの真っ赤な目が二つ、ニヤリと浮かんでいる。
縦長の瞳孔はさらに深い赤で、そこには魔力が込められているようにも見える。
(いけない。魅了を使う気かもしれない)
「エラ……エイシアは何と言ってるの?」
「リリアナ……あいつは、私に畏れろと――」
緊迫した空気に圧されて、今すぐに剣を抜こうとした時だった。
「――エイシアちゃ~ん。見張りの人から帰ったって聞いたから、ごはん持って来たよ~」
エイシアの後ろからガチャンという音が響いたかと思うと、気の抜けた侍女の声がこだました。
灯りを持ったもう一人と、大きなトレイに山盛りの何かを持った声の主と、二人居るようだ。
――(おっと、食事の時間だな。貴様らはもう良いぞ)
「え、何? どうなってるの?」
部屋に火を灯していく侍女が、とりあえずの明るさになったところでこちらに歩み寄ってきた。
「リリアナ様。エラ様。お帰りなさいませ。このような所においでとは知らず、失礼いたしました」
「え。……ええ。気にしなくていいわ。でも、ここは一体何なのか教えてくれる?」
「ああ。リリアナ様もエラ様もご存知なかったのですね? この建物は、エイシアちゃんのおうちです。冬はさすがに寒いだろうと、私達皆でお願いして公爵様に建てて頂いたのです」
「えぇ~……」
私は、気の抜けた声を漏らしてしまった。
そしてやっぱり、お義父様は特に必要を感じなかったのだろう。私に一言も無かった。
「エラ様には、公爵様からお伝えになっているものと……ゆき届かず失礼いたしました」
エイシア用の山盛りのごはんをトレイごと置いた侍女も、急いでこちらに来ていた。
「し、失礼いたしましたっ! きづっ、気付かずに、すみませんでした!」
リリアナは事態を理解出来て満足なのか、「気にしなくていいわ」と伝えて、向こう側の扉らしきものをじっと見ている。
ただ、一応は確認したからか、特に何も聞く気はないようだったので私が聞くことにした。
「向こうにも扉があるの?」
「あ、はい。そうです。人はあちらからしか入れませんので。もしかして、エイシアちゃんと一緒におっきな扉から入られたのですか?」
ごはんを置いて後からこちらに来た侍女は、とても羨ましそうに私達を見ている。
「うん。とても重くて、開けられなかった」
「そうでしょうそうでしょう。大人の男性でも数人がかりでやっとなんですよ。エイシアちゃんの力に合わせて作ったら、ああなったんですって。それまでは、エイシアちゃんの力に負けてすぐ壊れてしまったので」
「そうなんだ……。教えてくれてありがとう」
「いえいえ! それでは、私達は戻ります! 失礼いたします!」
侍女達はそのまま帰ろうとしたけれど、少し残念そうな顔をしていたなと私は思った。
「……待って。お二人とも、もう一つ仕事があったんじゃないかしら」
『えっ?』
二人は声を揃えて振り向いた。
「エイシアに、もふもふする番だったんじゃない?」
エイシアの人気の高さは、侍女達にそれをさせてあげるからなのは知っていた。
だから、侍女達はごはんを運ぶついでに、もふもふしに来たのだろうと思ったのだ。
――(貴様。余計な事を)
やっぱりだ。
「たくさんもふもふしてあげてね。すっごく喜んでいるから。遠慮なんてしなくていいからね?」
本気か冗談かは知らないけれど、私を脅した罪は償ってもらわないと。
――(いいじゃない。美味しそうなステーキの匂いがしてるし、どれだけいいもの食べてるのよ。もふもふくらいさせてあげなさい)
――(毛が……くしゃくしゃになってかなわんのだ。やめさせろ)
――(あらぁ? 畏れよとか言ってたわよねぇ? 何の冗談だったのかしら? 私、ちょっと怒ってるのよね……)
――(やめさせぬなら、また我の恐ろしさを味合わせてやるぞ)
――(そんなこと言わずに、ちゃんとイイ子にした方が身のためよ? 私なら、侍女達にお手入れを命じることだって出来るのになぁ)
――(……条件を飲もうではないか)
――(ふん。しばらく様子を見てからよ。ちゃんと言うこと聞きなさい。それから、妙なマネをしないこと。いいわね?)
――(……卑怯者め)
「エラ。エイシアと何か喋っているの? ずっとエイシアを見ているけど」
「あ、はい。すみません。その通りです。いたずらをしたら許さない。って、改めて言っておいたんです。もう行きましょう」
「そうなのね。それじゃ、馬を厩舎に入れないとだから、こっちを開けてもらわないとね」
「開けさせます」
――(はやく開けて)
――(チッ)
エイシアは舌打ちをしながらも、扉を押し開けた。どうやら、どっち側にも押して開くようになっているらしい。
――(まぁ、反抗的だこと)
――(開けたではないか!)
「ふふっ」
「あら、楽しいことでもお話したの?」
「はい、良いお仕置きを思い付いたので」
エイシアも、どこか子どもじみているなと思った。
そういえば黒い虎が言っていた。まだ生まれて少しなのだと。
(二カ月って言ってたっけ? どうだったっけ……)
偉そうだけど、まだ子どもなのかと思うと、扱い方を少し変えようかと思った。
私の方がお姉さんなら、逆らえないのはエイシアの方なのだから。
「それよりも、私はおなかが空いたわ。ステーキの良い匂いがしているんだもの」
「そうですね。私もです」
お読みいただき、有難うごございます!




