第六章 八、想い
第六章 八、想い
リリアナ達は移動で疲れているだろうからと、いつまでも話したい気持ちを抑えて部屋に戻った。その代わり、明日は沢山一緒に居て欲しいと言って。
部屋では、フィナとアメリアに甘える前に、マリーを紹介した。二人が居ない間、とても気を利かせたお仕えをしてくれたことや、二人が来るまで専属になってもらっていたことを伝えると、少し三人で話をすると言って部屋を出て行ってしまった。
「……仲良く……してくれるわよね?」
少し不安になってソファで緊張していると、しばらくして三人で戻ってきた。
ソファの――私の側に三人ともが、横に並んでシャンとして立つと、真ん中のフィナが口を開いた。
「エラ様。今後もマリーに、それなりに入ってもらう事に致します。よろしいですか?」
フィナは淡々と、何でもない了承事項のように言う。
アップにして束ねた黒髪と切れ長の目で、そんな風に振舞われると圧を感じてしまうけれど。
「えっと……もちろんだけど、何か問題があるなら逆に教えて欲しいわ」
一応は揉めないようにと、マリーには最初から、二人が来るまでの間と伝えている。
「いいえ、得には。立場としましては、アメリアとマリーは同じ見習い上がりですので、私の指導相手が一人増えただけです」
淡々と言うその表情からは、フィナは迷惑に思っているのか、それとも仕事を振れる相手が増えて良かったのか、全く読み取ることが出来ない。
「……よろしくお願いね?」
――何と言えば正解だったのだろう……。
恐る恐る三人の顔を見ていると、突然アメリアがプッと噴き出した。
ネコ顔の彼女は、真顔よりも笑った方が断然可愛らしい。金髪碧眼でこんなに可愛いのに、今は少し大人びた雰囲気も出てきている。変な男が寄り付かないように注意しなければと、この妙な空気の中なのに、そう思う程だ。
「ふふふっ! ああっ、もうムリですよぅ。エラ様が可哀想です」
そんなアメリアに、笑いながら言われても何が可哀想なのか分からない。
「フフッ。そうね。あまりエラ様をいじめるのは良くないわね」
フィナも笑った。ようやく、なんとなく分かってきた。
なぜなら、マリーは一人うろたえているから。
「わ、私はやめましょうと言ったんですよ?」
いつもは凛としている茶色の瞳が、今はオドオドとしている。同じ色の髪の毛も、普段は編み込みのお団子なのに後れ毛が目立つ。見ていない時におでこや耳の辺りを触ってしまったのだろう。
……なるほどなるほど。
これは、リリアナと一緒に帰らなかった私に、寂しかった分をぶつけているのだ。
「もう。悪かったわよ。確かに私は、パパと一緒に居る事を選んだわ。でも、私にも事情があったの……許して欲しいな――」
言い終わる前に、アメリアが私の膝に、すがるように抱きついてきた。
「――心配していたのに、戻られないと聞いてショックでした。ちょっとは落ち込んだんですから」
そう言われると、自分の甘えたい気持ちを優先したのが胸に突き刺さる。
「ご、ごめん。アメリア……」
アメリアの頭を撫でつつ、もう片方の手でズキリと痛む胸を押さえていると、フィナも非難の声をあげた。
「そうですよ。私も一瞬だけ、もう王都に永住なさるのかと。私達は不要になったのかと思ってしまいました」
手紙くらい、リリアナに言付ければ良かった。
でも、あの時はリリアナも急な出立だったし、私も自分のことで頭がいっぱいだったから、そこまで気を回すことが出来なかった。
「ほんとに、ごめんね。私ったら、自分のことばかりで……」
二人の気持ちを考えれば、後日にでも何らかの配慮をすれば良かったのに。私は何もしないままだった。甘えるといっても、これはよくない甘え方だった。
二人を呼び付けたくても、それは現実的ではなかったから。そこで思考が止まっていて、もしかすると手紙くらいなら届けられたかもしれないのに。
そんなことを頭の中でぐるぐるとさせていると、フィナも、アメリアとは反対側に来た。
「ご無礼致します」
そう言うと、アメリアと同じように跪いて私の膝に抱きついた。
「えっ。ちょっと、どうしたのよ。フィナまで珍しい……」
「リリアナ殿下から経緯をお聞きして、心底悔しかったのです。エラ様のお側に居られなかった事が。公爵様もいらっしゃるので、何も問題は無いとは思いましたが……やはり同じ女性として心を開ける人間が、少しでも多い方が良いに決まっています。それなのに、お側に居られず……申し訳ございませんでした」
(そんな風に、思ってくれていたんだ……)
「ううん。勝手に、翼で飛び出したのは私だもの。謝るのはやっぱり、私の方よ。それに、ただいまって言わせてねって、言っていたのにね」
どうしてもついて行きたいというアメリアにも、そう言って我慢してもらったのに。
「そうですよエラ様ッ。おかえりなさいって、言わせてくれる約束だったのに!」
膝から顔を上げたアメリアは、眉間にしわを寄せて……怒っているのか悲しんでいるのか、分からない顔をしている。
「うん……遅くなってごめんなさい。今、ただいまって、言ってもいい?」
「はい……!」
「二人とも、ただいま。待たせて本当にごめんなさい」
『おかえりなさい。エラ様』
二人は声を揃えて、そう言ってくれた。
「うっ……うぅ……」
立ち尽くしているマリーは、こちらには来ようとせずにその場で泣いていた。
「マリー……。ごめんなさい。もう少し、こうしていてもいいかしら」
マリーも一緒に抱きしめたい気分だけれど、それはやはり、違う気がした。
「もちろんです。あ、私、ゆっくりお茶を淹れてまいります。尊くてつい、見惚れてしまいました。失礼いたします……」
尊いが流行っているけれど、私にはいまいちピンとこない。
けれど、それでマリーがのけ者のように感じていないなら、ありがたいことだ。
今の状態でマリーがスネてしまったら、私にはどうしていいか分からなかったから。
私の腰や足にぎゅっと抱きついて離れない二人。それをとても愛おしく想いながら、その背中を抱いた。
(こんなに想ってくれているのに、私は最低ね)
私が勝手に想像していた、それ以上に、二人は私を想ってくれていたのだ。
お仕事っていう枠組みではなくて、本当に私のために……全ての思考を、私を軸にして巡らせてくれているんだ。
それはきっと、私が護りたいと思うよりもずっと、私を護ろうとしてくれているのだろう。
だからこそ、一緒に居れなかったことを『悔しい』とまで言ってくれたのだ。
(私の心を、支えようとしてくれているのよね。……嬉しいなぁ。ありがとう……)
そういう意味なら、もう十分に、そうしてくれている。
護られているのは、いつも私の方だ。
リリアナもそう。
シロエもそう。
護りたい人に、ずっと護られている。
――でも、以前のように、焦りを感じたりはしない。
不思議だけれど。
私の方が何の力もないのに、まだ、このままでもいいんだなと、思えている。
それは、アドレー家の令嬢としてはどうなのかと思うけれど――。
私としては、ゆっくり落ち着いて、一歩ずつじゃないと進めないのを痛い程分かっているから。
何も出来ないと分かっているからこそ、焦ってはいけないと理解出来る。
それに、皆に支えられている自分なのだと知ることは、悪いことではないような……。
そんな気がしている。
お読み頂き有難う御座います!!




