第六章 四、親心
第六章 四、親心
お屋敷に戻るなり、私は執務室に急いだ。
もう、帰りの馬車の中がもどかしくて、どうして翼を積んでおかなかったのかと後悔したほどに。
「パパ! お話があります!」
護衛騎士が扉を開けてくれるなり、私は勢いに任せて部屋に飛び込んだ。
執務机に向かうお義父様が顔を上げて、少しだけ驚いた風に私を見た。
「どうしたのだエラ。そんなに――」
「――ミリアのお家が大変らしいのです!」
お義父様の言葉が終わる前に、私は食い気味に話し、事情と要件を伝えた。
うわさで聞いたことを、なるべくそのままに。
そしてとにかく、何かしてあげたいことも。
「その話なら、ワシも知っている。事実だ。が、何も要請が無い以上は手助け無用だ。それに助けたくても、海の事はワシにはどうにもならん」
「えっ……」
その言葉に、私は衝撃を受けた。
まさか、お義父様の口からどうにもならないと聞くなんて、思いもよらなかったから。
でも、普通に考えてみればその通りだ。船など一隻も持っていないだろうし、地形戦略の授業も海に関しては記憶にない。
つまり、本当に専門外で、何も出来ないのだ。
船を作るための木材を調達してほしい。という要請があれば、応えられるかもしれないけれど。
「気持ちは分からんでもないが……ならんぞ?」
そう。どうにもならないのだ。
けれど、ならんぞとは、何のことだろう。
「……何が、ダメなんですか?」
問い直した私に、お義父様は素知らぬ顔で答えた。
「対応を手伝っているだろうミリア嬢に、会いに行こうなどと思うなよ? という事だ。邪魔になるだろうからな。それにもう真冬だ。森林街道にも雪が積もっておる」
何か、怪しい。
何かが引っかかる。
ならんぞと言った時の表情は、明らかに私が何かしでかすのを、あらかじめ制止したがっている顔だった。
「何か出来ることが、あるのですか?」
「無いから邪魔しに行くなよと言っておるのだ」
普通に問うだけでは、絶対に教えてくれないことを隠している。
つまり、このまま聞いても答えてくれる気はないのだろう。
「そうですか……分かりました。また後でご相談に来ます」
自分で考えて、それをぶつけなくては話が進まない。
「ふむ。とにかく今日はもう休みなさい。疲れたろう」
「ありがとうございます。それではおやすみなさい、パパ」
それはそれとして、頭を撫でて欲しかったなと思いながら、うやうやしく礼をして部屋を出た。
……一体、何を制止されたのだろう。
ともかく、自室に戻り、マリーに軽い食事を運んでもらって、それからお風呂に入った。
パーティで手に入る情報が、まさかミリアのものだとは思ってもみなかった。そんなことを漠然と考えながら。
**
結局何も思い浮かばずに、ベッドに入ることになった。
横になって、枕の位置を良いように当てて。
あとは目を閉じて、眠るだけ。
だけど、すぐには眠れなさそうな気がした。
何かを見落としているはずなのに、私では何も思いつかないのがどうにも悔しくて。
なので、お水を運んでくれたマリーに愚痴をこぼした。
「おとう様は絶対、何か隠してるはずなのよ」
急に振られたマリーは、はて? という顔をしたけれど、ふと何か思い浮かんだようだった。
「公爵様がエラ様に隠すとしたら、エラ様が心配だからでしょうね」
「うーん。でも、今回は相手の邪魔になるから、ダメだって言うばかりなのよね」
そう言ってから、マリーに椅子を勧めた。もう少し付き合って欲しいから。
そして、ミリアの置かれた状況を話した。社交界で流れている程の話だから、遅からず侍女達のうわさ話にも流れてくるだろうから。
「……なるほど。ならきっと、エラ様にだけ出来る事でもあるのでしょう。何か思い当たる事はありませんか?」
私にだけ、出来ること……。
「むしろ、私は出来ないことだらけなのよねぇ」
「フフッ。そうでしょうか。エラ様は物凄く、特別なお方だと思いますよ?」
「えー? マリーまでおべっか言わないでよ」
「あら。そんな風におっしゃるなんて。私は本当の事しか申しませんよ」
やわらかい物言いでにこにことして、真っ直ぐに私を見る目に嘘はないようだった。
「えぇ……そう、かな」
そう思ってもらえるのは嬉しいけれど、自信が足りない。
だけど、もう十分に慰めてもらったから、マリーにも休んでもらおうと思った時だった。
マリーは、何かを思い付いたような顔をした。
「フフフ。最近はロビーに飾りっぱなしで、お忘れですか?」
そう言われた瞬間、私はハッとマリーを見上げた。
「そうです。あの翼を使えるのは、世界中探してもエラ様だけだと思います」
「マリー! あなた、天才ね!」
私は大げさではなくて、本心から言った。
「フフッ、大袈裟ですよエラ様。きっと明日には、ご自身でも気付かれたはずの事です」
私へのフォローも忘れないマリーは、やっぱり天才だと思った。
「ありがとうマリー。明日、おとう様を問い詰めてみる。ううん。お願いした方がいいかしら」
「そうですねぇ。危ない事にならないなら、お願いで大丈夫だと思います」
「分かった。そうするわね。ありがとう。今日はもう寝るわね」
そう言わないと、マリーが私の元から離れられない。
後は、自分でもう少し考えてみようと思った。
「お役に立てたなら嬉しいです。おやすみなさいませ、エラ様」
「うん。おやすみなさい、マリー」




