第五章 幕間
第五章 幕間
「どうする? もう少しここに残る?」
リリアナはもう、すぐにでもここを発つらしかった。
朝は、昨日と変わらない様子で、一緒に朝食の時間を楽しんでいたのに。
本日二度目の着せ替えをされて少し。
別の次女に呼ばれて一階のロビーに降りると、お義父様も居て……リリアナは、旅支度の装いで待っていた。
王都での仕事をこなすには、一度ファルミノに戻って、色々と調整が必要だからと。
私は、リリアナの「どうする?」という問いに即答できなかった。
カミサマとの話でようやく、自分自身として、お義父様にべったり甘えてみようと考えていたところだったから。
けれど、リリアナと離れるのは辛い。可能ならば、リリアナとも一緒に過ごして、気持ちにもっと整理がついてから……そんな甘い考えをしていた。
その突然の厳しい選択に、私は選べないままリリアナを見て、そしてお義父様を見上げた。
「フフ。いいのよ。残りなさい。ファルミノでのエラの仕事は、一旦は終わっているものね。またしばらくしたら王都に来るから、その時はエイシアと一緒に働いてもらうわよ?」
まるでリリアナは、私が選べないか、ここに残りたがっているのを予想していたかのように、すぐさまあっさりとそう言った。
「あ、あの……」
「あと、ドーマン達、借りておくけどいいかしら? 何かに使うなら王都に戻ってもらうけど」
何でもない日常業務のように、彼女は確認したいことを口にしている。そんな様子だ。
「い、いえ、私は特に。というか、彼らはアーロ王子に返さなくてもいいのでしょうか」
言われるまでその存在を忘れていたのに、思い出したら彼らの所在を、王子に全く伝えていないことに気が付いてしまった。
すると、お義父様が事も無げに言う。
「それなら、やつに伝えておいたぞ。詫びとして頂いておくぞ。とな」
「ええっ?」
いつの間に、そんな決着にしていたのだろう。
「やつを討たなかったのは、ワシらの慈悲だからな。命の貸しともう一つ、エラを狙った詫びが必要だろう? 詫びには足りんが、三百騎で手を打ってやったのだ」
カミサマの言った通りだったし、何ならもっと厳しかった……。
「お、おとう様。あれはかなり使える騎兵隊みたいですけど……」
「まあ、ロイヤルやワシの軍には及ばんが、及第点といったところか。だから足りんのだがな」
基準がいまいち、分からない。
少し呆気に取られていると、リリアナは確認を続けた。
「それじゃエラ、いいのよね? ありがたく使わせてもらうわね」
「ど、どうぞ」
「あ。ガラディオも連れていくけど大丈夫? 寂しくならない?」
この問いだけは、リリアナは少しいじわるに、ニヤッと笑った。
「もう! へんな言い方しないでください。そういうの、まだ分からないですし……私にはおとう様が居ますから」
ガラディオをそんな風に言われると、とても複雑な気持ちになる。
私にとっては、怖いし、デリカシーがないし、でも少し頼れるけど……と、頭がぐるぐるしてしまうから。
「フフフ。可愛いんだから。次に来る時、フィナとアメリアも連れてくるわね。あの子達、エラが帰って来ないから、絶対に寂しがるわよ~?」
「うう……」
そう言われると、とても辛い。私がもう一人居れば、どちらにも居られるのに。
「ああ、もう。うそうそ。そんな顔しないで。エラは優しい子なのに、いじわるしちゃったわ。あなたも寂しがってたって、伝えておくから」
いつもの優しい笑顔で、リリアナはぎゅ、っと私を抱きしめた。
「……本当にいじわるです……でも、わがままですみません。よろしくお願いします」
私もぎゅっと抱きしめ返すと、さらにぎゅむっと返された。
「ハァ。このまま連れ去りたくなっちゃうわね……すぐに戻ってくるから、私のこと忘れないでよ?」
「リリアナを忘れるわけがありません」
そんなことなど、ありえないのに。
「ふふ。ほんとに可愛い。……おじい様に欲しい物、たくさん買ってもらいなさい」
そう言い残して、リリアナは本当にあっさりと行ってしまった。
お義父様の騎兵を二十騎ほど借りて、ガラディオと。
せめてお見送りに行きたいと言って、私はお義父様に抱えられながら、馬に乗せてもらった。
城門を出た所まで見送ると、西の丘にドーマン達の部隊が見えた。良い感じに待機していたらしい。
丘の方から迎えが十騎ほど来て、リリアナ達は割とすぐに、その迎えと合流した。
そこで一度、リリアナは振り返って手を振ってくれた。
私も手を振って、数秒。
彼女が前を向いてからも、まだ少し見送った。
まだ真冬ではないのに、今日に限って雪が降り始めている。お昼から降るのは、今日が初めてだ。
そのせいか、胸騒ぎのように気持ちが落ち着かない。
「あまり見ていても、寂しくなるだろう? 雪も降ってきよったしな。戻るぞ」
そう言うとお義父様は、城門の中へと馬を旋回させた。
そして緩やかな速度で、元来た道を戻って行く。
(こんなにも胸が苦しいのは、寂しいだけだよね……)
「エラ。落ち込んでいる暇などないぞ? お前は王都でも忙しい身なのだからな」
「えっ? どういうことですか?」
私はてっきり、この数日のように、のんびりと過ごしてリリアナを待つのだと思っていた。
「ハッハッハ。嫌でもすぐに分かるだろうさ。だが、後になってリリアナに付いて行けばよかったなどと、言ってくれるなよ?」
お義父様がそう言うなら、それは本当に忙しいのだろう。
貴族になるための教養を身に付ける時、カミサマは毎日倒れるくらいに忙しかった。
そこまでだと、私には耐えられる気がしない。
「おとう様。あまり私は、強くないですから……ね?」
カミサマと同じように思われているなら、幻滅されてしまうだろう。
「うん? いやいや、そんなに警戒してくれるな。気分転換くらいに思っておればよい」
――そうか。と思った。
リリアナもお義父様も、私が必要以上に落ち込まないように、色々と気を遣ってくれているのだ。
「……おとう様」
「うん?」
「その……なんでもありません」
声を掛けたものの……お礼を伝えては、気遣いを無下にしてしまう気がして、言えなかった。
「そうか? 欲しいものがあれば何でも言えよ?」
そう返してくれたお義父様の、私を抱えてくれている腕をぎゅっと掴んだ。
「……プリンが食べたいです」
「ふっ。……そうか。今日はワシも一緒に食うてみよう。だがあの、クリームはいらんな。あれは甘ったるくていかん」
「じゃあ、クリームが付いていたら私が頂きますね。というか、無理になら全部私が頂きますから」
――そんな、他愛のない話をしながら、お屋敷へと戻った。
お義父様の優しさや気遣いに、応えられる娘になりたい。
リリアナにも、他の皆にも。
私に向けてくれる優しさを……同じか、それ以上のもので、返したい。
(……私の目標ね)
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