第五章 十六、安息日(一)
第五章 十六、安息日
王宮から、お義父様のお屋敷に戻った後は、すぐに眠ってしまった。
目が覚めたのは、次の日の朝。
一体どれだけ眠れば気が済むのと、自分で思うほどだ。
「雨ふってる……よく寝たから、お散歩したかったのに」
つぶやいたのと同時に、エイシアはどこに居るのだろうと思った。あの子はいつも勝手気ままにしているけど、雨を凌げる場所はあるのだろうか。
フラっと姿を消している時は、どこに居るのか知らないままだ。
「まさか、勝手に家畜を獲ったりしていないでしょうね」
ファルミノでは地位を確立したけれど、王都ではただの獣扱いだから色々と心配になる。
そんな事を考えながら、寝起きの呆けた頭で雨音を聞いていた。
――コンコンコン。
「どうぞ」
ノックを聞くと、もはや反射的に答えてしまう。
「失礼いたします。エラ様、お目覚めだったのですね」
先日まで、私を着せ替えて楽しんでいた侍女の一人だ。
「……今日は、一回しか着替えないから」
先手必勝、だ。
「あらぁ……そうなんですね。残念です。朝食はこちらでお食べになりますか?」
「普通に残念て言った……」
「だって。エラ様を着飾れないのを一番悲しんでいるのは、公爵様ですもの。公爵様も我々も、皆が悲しむので、残念なのですよ?」
この侍女、いたずらっぽい笑みなのに、どうにも憎めない愛嬌がある。
「もう……おとう様を出せば私が頷くと思ったんでしょう。あ、食堂におとう様はお出でになるのかしら」
お義父様が居るなら、一緒に食べたい。
「ええ。ご一緒なさいますか? それなら、準備を急ぎませんと」
絶対に、今から一回目の着せ替えを狙ってるんだ……。
「うん。でも簡単な服でいいか――」
チリリン。と、耳に気持ちの良いベルの音。
「――さあ、エラ様のお着替えですよ」
私が拒否するよりも早く、侍女はベルを鳴らして仲間を呼んでしまった。
「……侮れないわね」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
そう言って彼女は綺麗な礼をして、そして流れるような動きで他の侍女達に混ざり、皆で私を着飾り始めた。
「……手際が良すぎて、びっくりしちゃう」
「この日のために、エラ様に見立てた人形を使って、皆で練習していたんですよ」
別の侍女が、とても楽しそうに、そして誇らしげに言った。
「そうなの? いつ戻ってくるかも、分からなかったのに」
「そんなの気にしません。だって、エラ様をお迎えしてからこの日まで、ずっとエラ様の事で頭がいっぱいなんですから」
魅了なんて使っていないのに、皆は本心から、好いてくれているように見える。
「そうなんだ……皆、ありがとう」
着飾られるのも、皆の愛情に応えることなのかもしれないと、少しだけ思った。
**
食堂には、お義父様がすでに座っていた。
長テーブルの真ん中。主賓席ではなくって、真ん中なんだなと思った。
その斜め向かいに、リリアナも居る。
「おとう様、リリアナ、おはようございます」
「おう。おはようエラ。今日もとても綺麗だ」
「おはよう、エラ。早く座って食べなさい。昨日なにも食べずに寝ちゃうんだもの。疲れが取れてないでしょう」
お義父様の優しい声と、リリアナの、妹を心配するお姉さんみたいな言葉に、胸がキュンとなる。
「えへへ。おなかはペコペコです」
そう言って、不自然に空いているお義父様の向かいに座ろうとした。そこにカラトリーも並べてあるから。
ただ、ちょっと気になったのは、二人の服装だった。
お義父様は冬なのにいつも通りの、質の良い黒のズボンにシャツ、お洒落なベルトに革靴。
リリアナは厚手の、深い赤のワンピースドレスに植物の刺繍をあしらったスカーフ。中綿の入った冬靴。髪は簡単にアップにしてある。
私は……編み込みのアップに、今から社交界にも行けるデコルテの開いた濃紺のドレス、ヒールのあるお洒落な黒のブーツ。肩には深い赤のショール。あと、腰にはカミサマの剣。
「ところで……おとう様とリリアナも、侍女に着替えさせてもらうのですか?」
侍女の気持ちを汲みたいとは思ったけれど、とても楽そうな服の二人を見ると、聞かざるを得なかった。
「ワシはずっと自分でだな」
「えーっと、私は、今日はね。今日は自分でだったかなぁ?」
「……ふぅん」
私のジト~っとした視線に耐えかねたのか、リリアナは目を逸らした。お義父様は……満足そうに、私とドレスをじっと見ている。
「もう。二人がそんなに真逆の反応をすると思わなかったです。いいんですよ。別に」
言いたいことは伝わっているから、私の少し拗ねた反応を見て、今度は二人が笑い出した。
こんなに幸せな時間が、あっていいのだろうか。
私もすぐにニコニコしながら席につくと、間を置かずに食事が運ばれてきた。
「今日のスープも美味しいわよ。でも、やけどしないようにゆっくり飲むのよ?」
「はーい」と返事をして、スープスプーンで少しすくった後、ゆっくりと口元へと運んだ。
優雅に見えるのと、その間に少しだけど冷めるから。
軽くくちびるに当てて、温度を確かめてから口にスッと含む。
コクリと飲み込むと、何かの豊潤な香りが、口から喉へと抜けていく……。
「おいしい」
気持ちとしてはもう、お皿ごと口に運んでゴクゴクと飲みたいのを我慢して、ゆっくりと楽しんだ。
貴族の作法というのは、おなかが減っている時はなかなかに、辛いものがある。
「ほんとはカップに入れてもらえば良かったわね。気が付かなくてごめん」
リリアナの鋭さにドキっとしつつも、パンに手を伸ばした頃には、おなかも少し落ち着いていた。
「最初だけ、そう思いました。でも大丈夫ですよ」
「ハッハッハ! 少し心配していたが、元気そうで何よりだ」
何気ない食事でも、二人とも私のことを気遣ってくれているのが、嬉しくて心が温かくなる。
(またこうして、お義父様と一緒に食事が出来るんだ)
一か月前は、胸がぎゅうっと苦しいままに、王都から逃げたのが嘘のよう。
「私も、おとう様と一緒にお食事できるのが、ほんとに嬉しいです。もう、自由に王都に、来れるんですよね?」
「ああ。そうだ。いつまでも居ていいし、自由に出入り出来るぞ」
「あぁ……。良かった」
はっきりとそう聞けて、私は胸をなで下ろした。
自然と手が胸元に行き、安堵のため息がほぅ、と漏れた。
「ふふ。良かったわね。エラ。ほんとにすごく、頑張ったわ」
うんうんと頷くお義父様と、涙目のリリアナ。
そしてよく見てみれば、持ち場ではない侍女達や、厨房から料理長や料理人達まで、皆が遠巻きに集まっていた。ハンカチを目に当てている侍女も居る。
「み、皆……。心配してくれて、ありがとう。またこうして、一緒に暮らせるみたいです」
『お帰りなさいませ! エラ様!』
皆は声を揃えたかのように、口々にそう言ってくれた。
昨日はもう、疲れ果ててそれどころではなかったから、気遣ってそっとしておいてくれたのだろう。
「ありがとう。ただいま! 皆……ありがとう」
歓声と拍手が起こり、少しの間だけど、とても盛り上がった。
それを見て、お義父様も嬉しくなったようだった。
「よし! 今日は無礼講だ! 皆酒を飲め!」
その号令で、またもやワーっと盛り上がる。
「あはは……なんだか、夢みたい」
昨日は、色々と起こることの重圧で、泣きたいくらいだったのに。
それとは別の意味で、うるうるとしている私を見てリリアナは、私に耳打ちをした。
「エラも、これからもっと、楽しむのよ?」
その言葉にコクコクと頷いて、皆と、そしてお義父様の楽しそうな笑顔を眺めた。
(しあわせ。私は……今とっても、しあわせだわ……)
王子を捕らえた数日前は、まだ何かしてくるのではと、警戒を解く事はできなかった。
けれど、正真正銘。今は幸せを噛みしめて良いのだ。
「あ…………忘れてた」
ドーマン達のことを、ふと思い出した。
「ん? 何を?」
リリアナも、お酒を飲み始めているらしい。フルーティな息の最後が、少しアルコール臭い。
「ええっと、ドーマン達の三百騎、逃がしたまま放置してると思って……」
「ああ……。そうねぇ。でも、ガラディオが細かい指示を出してたはずよ? 逃げた後どうするのか、何通りか」
「あっ、そうなんですね。良かったぁ」
そういえば、今度はガラディオが居ないことに気が付いた。
普段から、屋敷の中に居ること自体は少ないけれど。
「ふふ~ん? ガラディオを探したわね? エラ」
お酒を飲んでも鋭い所は変わらない。
「いや……違いますよ? 変な意味じゃなくて。この流れだと、居るのかなと思って」
なぜあのデリカシー無し男のことで、妙な弁解をしているのだろう。
「いいのよいいのよ? エラにはね、ああいうタイプが似合ってるかもしれないわ」
「ちょっと、リリアナ……。ていうか、ああいうタイプって、どんなですか?」
怖いか、デリカシーが無いか、ちょっと頼りになるか。
……くらいだと思う。
「ふっふ~ん? 頼り甲斐、あるわよねぇ。ああ見えて、鋭いところもあるし?」
なんだか、絡まれているような気がする。
「知りません。リリアナお酒くさいですし。私はまだ誰も……」
そこにお義父様も絡んできてしまった。
「なんだと? エラ、あやつがいいのか。あやつか……うう~ん……」
そう言うと、そのまま本気で悩んだ顔で、黙りこくってしまった。
「……え。おとう様? 本気で悩まないでください! まだ誰にも何もありませんよ? 想い人なんていませんから!」
そんなことを大きな声で言ったものだから、今度は周りがざわついてしまった。
「なになに? エラ様の想い人?」
「だれ? 誰がそうなの?」
「エラさまぁ。エラさまはまだ、まだお一人でいらしてくださいいぃ」
なんだか、ややこしいことになってしまった。
「ふふーん。エラは、ガラディオには割と、感情出せるの知ってるもんね~?」
リリアナはちょっと、ややこしくなるから黙っていてほしい。
「リリアナ。おくち、閉じててください。とじないと、チューして塞いじゃいますよ?」
こう言っておけば、黙ってくれないだろうか。
「え~? 三角関係かぁ……困ったなぁ」
そう言うと、リリアナもそのまま俯いて、黙ってしまった。グラスをしっかりと握りしめて。
(寝ちゃった……?)
思っていた反応とは少し違ったけれど、静かになったから良しとしよう。
なんだかんだで、わやわやとした宴会は数時間続いていたようだけれど、私は適当に部屋へと戻った。
(酔っ払いには付き合いきれないわよ)
別の感じで疲れてしまった。
そういえば、カミサマと私のことを、お義父様に伝えようと思っていたのに。
「……明日にしよう」
時間は、少しくらいゆっくりと使えそうだから。
私がカミサマと入れ替わってから、ようやくリラックスした時間を使えるのかもしれない。
(寝よっ!)
ふかふかのベッドで眠るのは、カミサマも好きだった。
私も、これが一番好き。
(カミサマ……。カミサマも、いつか、一緒に……)
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