第五章 十五、それぞれの想い
第五章 十五、それぞれの想い
語り終えた後、アーロ王子は、私に告げた。
「お前が国の盾であると言うならば、国のために死ね」
事情を知った今、その言葉は私にとって、重い枷のように感じた。
「それ……は……」
「酷だと言うか? だがお前ひとり死ねば、これから起こり得る悲劇が起こらなくなるのだ。一考の余地はあろう」
――分からない。
王子の言う事は、悲しい事件を見た上で生まれたものだから。
その悲しい事が、私一人居なくなることで、簡単に防げるのだとしたら?
そうして、私が震えて何も言えないでいると、リリアナが声を上げてくれた。
「身勝手な! 本気で言っているのですか! 私もおじい様も、そんな事を許すはずがないでしょう!」
息も荒く、本気で怒ってくれている。
けれど、アーロ王子は淡々と言った。
「……そうだったな。ならば、そこの親バカが死んだらお前も死ね。そうすれば全て丸く治まるのだ」
「あなたと言う人は!」
非道にも思えるその言葉に、リリアナが食ってかかろうとした。けれどアーロ王子は、敵意を隠さずにこう言った。
「うるさいぞ。俺は国の行く末を見て言っているのだ。ただ我が儘に王都を出、公爵にも父上にも甘えて生きているだけのお前に、何が分かる」
リリアナは、私の代わりに怒ってくれているだけなのに。
ただ、リリアナも負けていなかった。
「国のためだと言い訳をして、人の命を軽んじるやつが国を語るな! 人が居なくて国が保てるわけがないのに!」
リリアナにもっと言ってほしいと思った。
期待の眼差しを向けると、彼女も気付いて「うん」と頷いてくれた。
「ほざけ。最小限の犠牲というものは、必要な時がある。きれいごとではまかりならん事もあるのだ。俺が趣味や酔狂で決断していると思っているのか」
王子も負けずと反論したその中に、お義父様が割って入った。
「民草を犠牲にする国が、長く続くと思わぬことだ」と。
リリアナもお義父様も、私のために、王族とケンカをしている。
本当なら、私が何か、言えればいいのに……。
「今でも民草に、我慢を強いている所はあるだろう! 何が違う!」
「我慢と犠牲は全くの別物だ。それに、民が我慢している時は、国全てがじっと耐えている時だろう」
「事件の罪だけではない。古代種は過去の戦犯なのだぞ! いずれまた、戦の引き金になるだろう。それを今のうちに摘み取ろうというのが、分からんのか」
アーロ王子は、色んな話を引き合いに出しては、私を……古代種を殺したいと言う。
……でも私は、犠牲の在り方なんて……考えたくもない。しかも、秘密の本の内容に触れる話まで持ち出して……。
「貴様、正伝を見せてもらっておらんのか?」
お義父様は、視線でそれを咎めつつも、少しだけ許容したようだった。
「ああ? あの黒い本だろう、知っているさ。だが俺は、やはり古代種は居ない方がいいと思っている。それだけのこと」
「愚かな……貴様だけがそうなのか、王子ども皆がそうなのか……」
「知るか! 他の兄弟など知ったことか」
「嘆かわしい。国王も、なかなか退けんわけだ」
お義父様は、本当に物悲しそうに首を振った。
それを見て苛立ったのか、王子はさらに酷い顔になった。
憎しみを隠そうともせずに、眉間を歪めている。
「俺が王の座についたら、アドレー、貴様の名の全てを消してやる」
「……そんな事を言っておるようでは、消えるのは貴様の方だろうな」
「なまじ子沢山なせいで、俺達がどれだけ苦労しているのか、知らぬくせに。それも、女児が欲しかったからなど……聞いて呆れるわ」
「それを真に受けておるのか。途方もない愚か者だな」
呆れ顔のお義父様は、さらに目を見開いてみせた。
きっと呆れすぎて、少しからかっているのだと思う。
「何を言いたい」
王子は、他に理由でもあるなら言ってみろ。とでも言うかのように、顎を上げる仕草をした。
「あやつが、国王が子を望んだのは、そんな冗談みたいな理由ではない。という事だ」
「はあ? 現にそのワガママ娘を、溺愛しているだろうが! 軍の要の、そこのガラディオを引き抜くほどにな」
王子の言っていることは事実だけれど、お義父様の様子を見ると、それは国王の見せた一面でしかないのかもしれない。
「国王は、さすが王と言うだけはあるものだぞ。人の性質を見抜く力は、ワシよりもずば抜けておる。それは相手が赤子であっても、一目で分かるらしい」
「……だから何だと言うのだ」
答えを焦らされているからか、その先の言葉を予想してなのか、王子は声を低くして、深く怒っているという態度を見せる。
「ここまで言っても分からぬほど、うつけでもなかろう」
「リリアナが王の器だと! そう言いたいのか! 馬鹿げている!」
お義父様の淡々とした物言いに、その言葉に、王子は激高した。
それでもなお、お義父様は静かな口調を変えない。
持って来させたソファにどっしりと座ったまま、揺るぎない視線を送っている。
「もはや、本当にそうせざるを得んのかもしれんな。本来なら、王子達で一致団結した国営をしてくれれば。そういう想いで愛情を注いでおったと聞くが」
「世迷いごとを言ってくれる」
「貴様の父上は、はるか遠くまでを見て、考えておるぞ。なぜそれが分からんのだ」
まさか、本当に国王様がそう考えているなら、きっと誰も気付かないだろう。
大人たちには分かっても、子どもたちにはきっと、分からない――。
「ならばずっと、父上とお前が国を動かせば良いだろうが」
――でもそれはちょっと、かっこ悪い言葉だと思う。
「無茶を言いおるわ。もうよい。しばらくの間、しっかりと考えるのだな。ワシらはもう行く」
王子は、子どもじみたことを言うのだなと思っていたら、お義父様も呆れてしまった様子だった。
「気に入らん! 早く出ていけ!」
スネて可愛い年頃ではないように見えるけど……。
そういえば帰る前に、聞いておかなくてはいけないことがある。
「……あの、私とリリアナのこと……ううん。私たち全員のこと。もう、狙わないでくれますか」
「ああ? 知るか! どうせ現状ではどうあっても殺せんのだ! 他の人間も、もはや狙う意味などなかろう!」
「でも、毒殺とか……」
「すぐ側に、毒の魔女が居るのにか。お前を毒殺しようとすれば、俺が死ぬ事になるのだ! 誰が毒に手を出すものか」
「へ? それは、どういう――」
毒の魔女。なんて言葉は、初めて耳にする。
「――あ~、はい。エラ、もう行くわよ。大丈夫みたいだから。もうあなたも、私も誰も、狙わないって」
「そ、そうなんですか? それなら……失礼します」
なんだか、大層な感じの話だったはずなのに、最後はよくわからない話になってしまった。
狙ってこないなら、何でもいいのだけれど。
「うん、行こうエラ。お疲れ様。頑張ったわね」
「え、いえ……私はイスに座ってただけなので……」
「いいのいいの」
リリアナは少し、ご機嫌に見えた。話がとりあえず、落ち着いたからだろうか。
でも、無理にご機嫌な風にしているようにも見える。
「そうだな、エラはよく頑張った。偉かったぞ?」
「え、ええ……?」
お義父様まで、座っていただけの私を褒めてくれた。
最後に、きちんと話をしたからだろうか?
いつも甘々にされるから、本当に褒めてもらってもいいのかが、いまいち分からない。
それよりも、リリアナは何かを誤魔化したい様子だけど……今の流れなら、毒の魔女というのはリリアナのことだろうか。
異名としては恐ろしい響きだ。
でも、リリアナに拾われてすぐの時、私は衰弱が酷くて死ぬ一歩前の状態だったのを、彼女の作った薬湯で持ちこたえたらしい。
命を救うことが出来るのだから、毒の魔女というのはきっと、薬のエキスパートということなのだ。
なら、隠さなくてもいいのに。
そんなことを思いながら、アーロ王子の部屋を出て、王宮を出て、馬車に乗った。
なんだか、足元がおぼつかない感じがしてならない。
――アーロ王子との会話が、二転三転してついていけなかったせいで、なんだかフワフワとした気分だ。
どこか落ち着かなくて、話の本質としてどこを見れば良かったのか、分からないまま。
私はきっと、あまり賢くなくて……カミサマのような決断力もない。
だから最近は、余計にこう思う。
私が、私として戻ってしまって、よかったのだろうか、と。
副団長と、古代種の奥様の話も……リリアナの作った悲恋の歌と重なって、なんだか胸が苦しい。
カミサマは、ぐいぐいと前に進む人だったけど、私は、手を引かれて後ろからついて行くくらいが、丁度いい。
こんなに色々なことが起きてしまったら、私には……。
(荷が重いよ。カミサマ)
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