第五章 十四、アーロ王子
第五章 十四、アーロ王子
アーロ王子の呼び出しには、四人で向かった。
お義父様とリリアナ、ガラディオに私。
ガラディオは護衛として。お義父様とリリアナは、一言といわず文句を言う良い機会だと言って。
私は、私を狙う、その理由を聞きたくて。
「どうせ、聞くに堪えんような事だ。耳を傾ける必要などなかろう」
お義父様はそう言ってくれるけれど、相容れない人が王族に居るというのも、落ち着かない。
ただ、結局は相容れないままだったら、意味はないのかもしれないけれど。
そんな不安が揺れ動く中、アーロ王子の自室に迎えられた。
扉の造りは王宮然とした豪華なものなのに、その部屋は意外と質素だった。
入った正面には、高級品には違いないけれど、落ち着いた淡いグリーンのカーテンや、素朴な造りのテーブルやイスが置かれている。
左の壁沿いには、自分用なのか、使用感のあるブラウンのソファとクッションがあった。
アーロ王子は、その奥にある小さめの執務机に向かっていた。彼の隣奥には、おそらく寝室への扉なのだろう。半分開いて風を通しているのか、ベッドの端が見えた。
「揃いも揃ってお出ましか」
机から顔を上げたアーロ王子は、表情の分からない、真顔に近いものだった。
嫌味な言葉なのに、そこに嫌味さが無い。
「呼んだのはお兄様でしょう」
まるで、それは普通の挨拶かのように、リリアナも粛々と答えた。
「ふん。そこらへんに適当に座れ。あ、おい。そのソファには触るなよ。俺専用だ」
本当に、ここで暮らすアーロ王子の部屋なのだと、妙な親しみを感じてしまった。
「ごちゃごちゃ言う男はモテんぞ。それに、そのイスはワシには小さい」
お義父様は、テーブルの備えのイスに座る気はないようだった。
「持ってこさせるから待っていろ。まさか、貴様まで来るとは思わなかったからな」
「エラとリリアナだけで来させるわけがあるまい」
「……とんだ親バカになったものだな。老いたか、将軍」
「口の減らんヤツだ」
ふん。と吐き捨てるアーロ王子の様子も、どことなく挨拶代わりのように見える。
王族と貴族って、いつもこんな感じなのかしらと、私は少し怖くなった。
ぶるっと震えたのを見られたのか、リリアナが私に耳打ちをした。
「お兄様とおじい様は、いつもこんな感じよ。お父様とは、もう少し仲良しだったでしょ?」
そう言われても、王宮や王城では、お義父様が悪態をついているところしか見たことがない。
「お前達まで突っ立っているんじゃない。さっさと座れ」
「わ、は、はい」
私に言われたのが分かったので、急いでイスに座った。
「エラにきつく当たらないで」
リリアナも、必ず言い返すつもりらしい。
そうこうしているうちに、執事と護衛兵が大きなソファを運んできた。
そこに、お義父様はどしんと座ると、顎を上げるような仕草をしてアーロ王子に言った。
「さあ、話とやらを聞こうじゃないか」
ガラディオは座らないのかと見ると、私とリリアナの近くに寄って来て、やはりビシっと立っている。
「ふん……貴様の娘に、いかに罪深い生き物かを、教えてやろうと思ってな」
アーロ王子は、意地悪でも何でもなく、ただ純粋に、私のことをそう思っているという目をしていた。
私の存在を罪であると、断言して信じ切っているという、真っ直ぐな目。
リリアナと同じ碧眼であるのが、少し嫌だった。
「まだそんな事を言うておるのか。まあよい、思う存分、そのくだらぬ妄言を吐き出すがいい。その後で、ワシの逆鱗に触れても知らんがな」
その一瞬で、お義父様から黒い殺気が広がり、部屋全体を飲み込んだ。
「お、おとう様。だめです。だめですよ?」
自分に向けられると震えて動けないけれど、王子に向けているのだと思うと気が楽だった。
「ふむ……エラに免じて、黙って聞いてやろう」
「……チッ。人の部屋でイチャイチャと。本当に親バカだな」
それは本当に見ていられなかったようで、一瞬目を背けていた。
少しだけ、恥ずかしい。
しかし、その後に語られた物語は――。
確かに古代種の存在を――私がここに居て良いのかを、心揺らすことになるとは、思ってもみなかった。
**
きっかけは、騎士団副団長の愛妻が、副団長の部下に暗殺された事件で国が割れそうになった事だと言う。
副団長の妻は、銀髪赤目の古代種だった。類まれなる絶世の美女で、当初は誰もが副団長を羨んだ。その妻は控えめだが聡明な人物で、陰で副団長を支えた。
二人の仲も睦まじく、街を二人で歩く姿も度々見られ、二人の存在を知らぬ者はいないほどだった。二人をモチーフにしたラブロマンス小説もいくつか流行するほどの人気ぶりだった。
しかし、事件は突然起きた。
隣国の動きが怪しいため、副団長率いる部隊が数週間出征した時に、王都に残っていた別部隊の部下の一人が、その妻に言い寄った。
だが当然、そんな誘いに乗るわけがない。
そこで引き下がっていれば良かったが、断られた部下はかっとなり、手をかけた。よほど執着していたのか、手に入らぬならばと、相当残虐な殺害の仕方だった。
帰国後。
無残な妻の姿を見た副団長は、それから数日間、部屋から出て来なかった。
その間、犯人は騎士団総動員で捜索した。目撃情報から、すぐさま別部隊の部下であると分かり、捕らえた。
その報は、副団長にも同時に届いた。それが、副団長が部屋から出るきっかけとなる。
報が届くや否や、副団長は悪魔にでもなったかのような恐ろしい顔で飛び出した。王城裁判にかけられるその犯人を、自らの手で殺すために。
だが、法治国家として法で裁くのだと、副団長の想いは拒否される結果になった。
それが、国を分ける程の大事件へと繋がる事になる。
副団長の気持ちに賛同する騎士達と、それでは法治国家として機能しなくなると危惧する騎士達とで、小競り合いが始まり出した。
やがて、市民さえ巻き込み、まさしく国を二分する騒動へと発展した。
市民から絶大な人気を誇る副団長夫妻だからこそ、市民感情が抑えられなくなった結果だった。
つまるところ、二分したとはいうものの、国の掲げる法治に対して、市民が一丸となって反抗し抗議するという状態だった。
ここで、副団長がもしも、市民を扇動すれば……たちまちのうちに、王城は落ちていただろう。全市民だけでなく、副団長を支持する騎士も、半数以上居たからだった。
その悪夢を治めたのは、副団長と、その以下数十名の側近、隊長達だった。
実際には、他に手助けした者も多数居るのだが、主だって行動を共にしたのは彼らに絞られた。
地下牢で捕らえられている犯人を、副団長達に引き渡した者。牢獄破りを報告しなかった者。副団長の思惑通りに進むように、誰もが手助けし、そして見逃した。
ただ、そうしなければ副団長は、実際に市民を扇動して国ごと落とす腹積もりだったと言う。
それを吹聴したのも、副団長自身であった。
結果。副団長は側近の数十名とともに犯人を拉致し、国から姿を消した。
それ以降、彼らを見た者はいない。どこに行くと告げられた者もいない。それきり、彼らは行方知れずとなった。
この大事件は、副団長が無念を晴らせたのだという事で、市民感情も一応の治まりを見せた。
このまま騒げば、忽然と姿を消した副団長の思惑に背くのではないかという、それも副団長が指示した噂の流布によってだった。
己の復讐を果たし、国のメンツも護った副団長は、さらに市民の心を打った。それ以降、この話をする者が居なくなったほどに。
ただ、国としては、この事件は今後、二度と起こしてはならない重大事件に位置付けられた。
ただ、その防護策としての良案は出ず仕舞いで、ただただ、古代種の扱いは慎重にという事に留まってしまった。
『古代種との婚姻は控えるように』
これが、貴族達の暗黙の了解となったくらいだった。
それを揺るがすことになったのが、大公爵の行動だった。
まさか、娘として養子に取り、あまつさえ嫡子として後継にするというのだ。
そうなると、いずれ結婚も視野に入れることだろう。そうなれば、羨望によってまた大事件が起きかねない。
それを未然に防ぐには、暗部として秘密裏に抹殺するしかない。
そう考えたのが、アーロ王子だった。
国を思うがゆえの、背に腹は代えられぬという決断。
悪意ではなく、国の存亡を分ける事件を、起こしてはならぬという気概からの行動だったという。
**
「……そんな…………ことが…………」
私は、何も言えなかった。それはエイシアも言っていたから。
――人魔は国ごと滅んだ、と。
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