第五章 十一、作戦(三)
第五章 十一、作戦(三)
後ろのガラディオも、徐々に敵との距離を開いている。
「良かった……」
彼を羽剣で護ろうかと思ったけれど、周りを半端に囲ってしまうと、彼の視界を奪うだけになりそうで何もしなかった。
それに必要なら、私の力を知る彼なら、具体的な要求があるはずだ。
――(おい。前から何か来る)
「えっ?」
エイシアからの忠告に、「そんなはずは」と丘を見上げた。
三百騎とドーマン達は、丘からすでに撤退したのを見たはずなのに。
でも確かに、ドドドドドと、地響きのような音が近付いてくる。
「これは……」
まさか、伏兵だろうか。
(それなら、このタイミングだとドーマン達は……討たれてしまった?)
報告も飛ばせないほど、一瞬でやられたことになる。
「そんな数……」
エイシアは警戒して、丘の上を目前に止まってしまった。
――(我だけなら、迷わず南の森へと退くが)
地響きの音は、もう、すぐそこまで迫っていた。
――(手遅れだな。この距離では)
「どうしよう」
振り返って、ガラディオに助けを求めた。
でも、彼は一瞬こちらを見ただけで、まだ弓兵から完全には気を抜けずにいる。
このままだと、後ろからも追い付かれてしまう。
『おおおおおおおおおお!』
丘の向こうから、凄まじい気迫の鬨の声が聞こえた。
――そこから姿を現したのは、先ずは一騎の黒い鎧だった。
黒馬。
そして全身黒ずくめの鎧兜に、金の装飾。真っ黒の槍を持ち、腰には数本の剣を差している。
その騎士から放たれる覇気は、私の思考を奪ってしまった。
恐怖と、辺り一帯が凍り付くような威圧。
それは――。
「おとう……さま」
これほどの、吹き荒れるような威圧感を出せるのは、この世でこの人しかいない。
「エラ!」
低く響き渡る声は、聞き慣れているはずなのに、懐かしい。
兜の面部分を持ち上げ、顔を見せてくれた。
厳めしくも、私を見る時だけに見せる、優しい笑顔。私のお義父様。
「おとう様! おとうさま!」
エイシアを降りて駆け寄りたいのに、この子は嫌がってそうさせてくれない。
「おうおう、こんな所で甘えようとするな。それとリリアナを降ろしてやれ。こちらで預かろう」
「あああ。はい。リリアナ、咥えさせてごめんなさい。緊急だったので……」
私が指示しなくても、エイシアはそっと、口を開いて降ろしてくれた。
……多少の涎が付いているのは、見なかったことにした。
「いいのよ。助かったわ、ほんとに。ありがとう」
咥えられていた腰回りを確認したリリアナは、そこを触らないようにしていた。
そして、すぐに別の騎士がきて、リリアナを乗せて下がっていく。
「あやつを懲らしめに行く。エラはそこで見ていろ」
その言葉が終わる前に面部分を降ろしたので、最後の方はくぐもった声になった。
その声をもう少し、と思っている間に、お義父様は行ってしまった。
エイシアがさっと道をあけると、お義父様に続いて、黒い大軍が駆け抜けていく。
その先を見ると、すでに城壁を回って来た別の黒い部隊も、左右から雪崩れ込んでいた。
それだけでも、王子の部隊は完全に囲まれている。
ガラディオもいつの間にか、お義父様の流れの中に混ざり、王子の方へと向かって行った。
私は……あまりの展開に、ついていけなかった。
呆けたように、その光景を見ているしかなかった。
――体が内側から焼け付くような緊張の中から、急に気が抜けてしまったのだ。
激しい戦闘になるかと思ったけれど、圧倒的な数の差に、王子の部隊は抵抗せずにいるようだった。
お義父様の部隊が千騎くらいだろうか。
城壁の左右から来たのが、それぞれ五百騎ほど。
二千を超えるのではという黒い部隊が、王子とその千騎を取り囲んでしまった。
「圧倒的……。皆ほとんど黒いし、あんな真っ黒集団に囲まれたら、怖いなんてものじゃないわね」
加えてお義父様の、あの威圧感。
「それに、鬨の声も……敵だと思った時は、ほんとに恐ろしかった」
誰も居ない丘の上で、私はエイシアに話すでもなく、ひとり呟いていた。
お読み頂き、ありがとうございます!




