第五章 九、出陣の準備
第五章 九、出陣の準備
準備に一週間というのは、長いなと感じていた。そのはずなのに、間際になると時間の足りなさに、皆は焦りを感じている。
騎兵三百と、それを支える兵站を含めた、水食糧。その往復と、王都の手前で陣を取る期間が最長で二週間。これに不足があると兵の士気は下がり、ともすればつまらない負けを引き込む。
兵数はたった三百であっても、街の貯蔵から用いるものだから、なるべく無駄のないようにしっかりと管理しなくてはいけない。
ガラディオに付いて、実際の指示の出し方やチェック方法を学んだ。部下任せにして、ミスを見逃すと取り返しがつかないことには必ず、自分も確認した方が良いと教わった。
後は、作戦についての会議が繰り返された。これに何よりも、時間を取られてしまっていた。
なぜなら、攻め滅ぼしに行くわけではないから。本当に戦闘行為をするのか、それが決めきれなかった。
私は何も考えずに、ざっくりと「攻めにいくのだ」と思っていたけれど、考えてみれば味方の所に攻める覚悟で向かうのだから。決められないのは当然だった。
とりあえずとして、戦闘もやむなしとなっても、相手に先手を取らせる事。これが決まった。
でもそれは、こちらに損害が出る可能性が大きい。
その損害は、人命という代わりのきかないものだ。
ならば、先手だの後手だのと言っていられないのではないか。
「だけど」「しかし」と、話はあまり進まない。
じれったさもあったけれど、私は、自分が狙われる理由も、話し合いのために戦うかもしれない理不尽さも、いまいち理解出来なかったので聞いてみることにした。
「話をしにきたと言っても、戦闘になるんですか?」
本当に素朴な疑問だった。私にしてみれば、話をして、「私を狙うのをやめてください」と言いたいだけなのに。
「それで話をしてくれる相手ならね……でも、あの根暗お兄様なら、きっと謀反だ何だと理由をつけて、私も含めてエラを殺そうとするわ。その口実を作らせない方法が見つからなくて、正面から行ってやろうと思ったんだもの」
リリアナは結構、大胆だ。
「国王様を通して、止めてもらうことは出来ないんでしょうか」
「お父様に何を言われてようと、分かりましたと言っておきながら勝手に動くでしょうね」
「厄介な人ですね……なりふり構わないというか」
「国の暗部を動かしてる人だからね。一応」
「えっ? そうなんですか?」
それは、私のお義父様がしていたはずなのに。
「ふふ。勝手に、やってるつもりになってるだけよ。本当はあなたの大好きな、あなたのおとう様が担ってくれているわ」
それを聞いて、なんだか安心した。
「そうですよね。よかった……」
「良かったの? そういうの、ほんとは苦手でしょう? 怖くないの?」
「それは……怖いですけど。でも、その怖さは、おとう様の一部のような気がするので」
「アハハ。ほんっとうに大好きなのね。おじい様が聞いたら大喜びするわよ?」
リリアナにとってのおじい様で、私にとってのお義父様。
なんだか、リリアナから取りあげてしまったような罪悪感はあるけれど……それでも、お義父様は私の……と、思ってしまう。
そのお義父様が暗部の統括であるからと、むやみに怖がったり毛嫌いしたりはしない。するわけがない。
私にとっては、厳しくも優しい方で、そして私のことを本当に、大切に想ってくださっているから。
「そういえば、おとう様と連絡をとって、例えば相手よりも多い兵数で圧をかけたり……それで血を流さずに、話し合いだけすることは出来ないんでしょうか」
これはきっと、とても良い案だと思った。なぜ、皆気付かなかったのだろうと。
「エラは賢いわね。でも、通信手段が限られていて、今は連絡が取れないのよ。鳥を使っているのは兄も知っている事だから、まず射殺されちゃう。こっそり伝達するために王都に忍び込もうにも、監視が厳しくなっていてまず無理なのよ」
「どこからも、忍び込めませんか?」
「王都を熟知している同士だもの。忍び込めるような所は入念に見張りが立てられているわ」
「あぁ……」
私の考え付くことなど、とうの昔に考え尽くされていた。
だからこその、正面からだったのだ。
「でも、あなたが魅了してくれたあの三百騎は本当にありがたいわ。もし戦闘になっても、それは結局、兄の兵が削り合うだけだから。かといって、犠牲を出したいわけじゃないから、難しいのだけどね……」
こちらを亡き者にしたいと考える人と、どうしたら話し合いだけで済ませられるのだろう。
「あの……私が翼で飛んで、そのお兄様の寝室なりに飛び込むのはどうでしょう? 兵が傷付くことは無くなりますよね?」
「……今は、無理かもしれないわね。行けばすぐに兵が雪崩れ込んできて、戦うか逃げるかの選択になると思う。もしも完全に囲まれてしまったら……あなたの望まない形になるかもしれないわ」
どう転んでも……何人かは殺さないと、話が出来ないという状況らしい。
だから、ガラディオもリリアナも、作戦参謀の騎士さん達も、ずっと唸っていて決められないのだ。
――(人間どもはいつもそうだ。身内で殺し合う)
突然のエイシアの念話に、私は驚いて声が出そうになった。
――(エイシア……急に話しかけないでよ。ヘンな声出しちゃうとこだった)
――(知った事か。それよりも、貴様が出る兵全てに、魅了を掛けてしまえばよかろう)
――(あぁ~! そうね。それを提案してみるわ)
――(フフン。そうするがいい)
なんて簡単なことを忘れていたのだろう。
(……でも、エイシアと話した記憶の中に、魅了を掛け過ぎて人魔は滅んだ、みたいなことを言っていなかったかしら?)
これをエイシアに問いただしたところで、シラをきられるかもしれない。
……かといって、他に良い方法が思いつかない。
「あの……」
「うん? どうしたのエラ。また何か思いついた?」
リリアナは普段と変わらずに、優しく聞いてくれた。会議は連日平行線のままで、皆少しピリついているというのに。
「えっと、もしも戦闘になりそうになったら、私の魅了で治めてはどうでしょう。相手の数にもよりますが……でもたぶん、何千人居ても大丈夫だと思います」
きっと、この視界に入った者全てに、魅了を掛けることが出来る。何千人なんて試したことは無いけれど、自分の中の感覚が、そうだと言っている。
でも、リリアナは少し、訝し気な顔をした。
「それは……エラは大丈夫なの? その力を使う事で、負担になったり倒れたりしない? 私はそれが心配よ」
「わぁ……ありがとうございます。でもきっと、大丈夫です」
根拠を聞かれても、答えられないけれど。
「本当に? そうね……う~ん……」
リリアナは考え込んだ。きっと、その作戦に穴が無いかを考えているのだと思う。
そんなリリアナをじっと見つめていると、ガラディオが一度だけ大きく首を振った。
「待て。不確実な事を、戦闘寸前の作戦に組み込む事は出来ない。やるなら敵兵が出た瞬間、見えた瞬間から使え。それで出鼻を挫く方がいい。無理だとしても、無理だったと気付けるのは早い方がいいからな」
「なるほど……」
さすがはガラディオ。言われてみれば、その方が絶対にいいと思えた。
「そうね。ガラディオの言う通りね。それじゃあエラ。悪いのだけど、魅了を使ってもらう事にする。で、それでもダメだった場合は、こちらも覚悟を決めましょう。他に手が無いのだから、戦うしかないわね」
それに、考える時間がもう残っていない。
出陣予定日は、もう明日なのだから。
それで決定だという流れにしたかったのか、本当にそれしか無いと踏んだのか、ガラディオは話を進め出した。
「よし。そうと決まれば、あとは布陣を決めてしまおう。敵の数があまりに多い場合は撤退戦になるから、それに合わせた陣形がいい」
そこからの会議はテンポが速く、一応ちゃんと聞いてメモも取ってあるけれど……私には少し難しかった。
この出陣が終わったら、ガラディオに教えてもらおう。
いつかアドレーとして、戦場の指揮を執るかもしれないから。
(そんな事には、なってほしくないけど……)
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