第五章 八、ロイヤルナイトの不文律
第五章 八、ロイヤルナイトの不文律
リリアナの計画通り、エイシア偶像化は上々の結果だった。
街での受け入れは、経済活動も高まって予想以上。エイシアのことだけではなく、古代種である私さえもが、偶像的な扱いに変わったのだから。
元々は、異色なれども容姿の可愛さから受け入れられていただけだったのが、今はそれだけではない。
古代種をありのまま受け入れるという価値観が広まり、そして市民権を得たのだから、リリアナも驚いていた。
もとより、そうなるように仕向けるのが彼女の計画ではあったけれど。
街に出れば、若い女の子の間で『銀髪のウィッグ』が流行しているのだから、何とも現金なものだと、リリアナは心底呆れていた。
「あれだけ苦心して、教育や罰則強化をして浸透させようとしてきたのに……」
ものの一か月で、数年分の成果を遥かに超えてしまったのだから、リリアナの落胆と怒りにも似た複雑な感情は、誰も慰めることが出来なかった。
「次からは、ややこしい話は全部、アイドル的な売り出しから始める事にするわ」
ある意味、人の真理なのかもしれないけれど。
ただ、実際のところはそう単純ではないと思う。
リリアナの努力と根回し活動が、同時に機能していたからだと、侍女の誰かが言っていたのを聞いたから。
古代種が戦犯だという偽りの噂。このせいで辛い運命を辿った様々な古代種の一生のひとつを、悲恋の創作物語にして吟遊詩人に歌わせていた。
もちろん、それが創作だとは言わずに。
女性の、噂好きの性質に期待したものだったけれど、それはエイシアと私の人気もあって、瞬く間に街中で大人気の演目になっていた。
吟遊詩人はひと区画歩けば、それを歌わされるらしいという尾ひれが付くほどに。
『そうした様々な試みが、ひとつになって今の成功を作り出した。それに気付いているのは、侍女の中でも私しかいないはずよ』という、侍女同士の会話が耳に入ったのだけど、妙に納得したのを覚えている。
ともあれ、先にファルミノで成果を出すべきことがひと段落したので、リリアナはついに、王都へ向かう日とメンバーを決めた。
「一週間後。主には私を含めて三人とエイシア。それと、お兄様の手下だった、あの三百騎ね」
リリアナが指定したのは、私とガラディオだった。侍女達は、シロエを含めて誰も連れて行かない。それはやはり、危険が伴うからだった。
「異存ない」
ガラディオが短く答えて、私も「同じく……」と言った。
彼のように格好良く言ってみたかったけれど、最近の甘えキャラでは、どうにも似合わないなと考えてしまったから。
シロエとフィナ、アメリアの三人は「専属侍女なのにまた離ればなれになるのですか」と嘆いていた。
心配のあまり、怒っていた。と言う方が、正しいのかもしれないけれど。
「万が一を考えて、ファルミノの部隊を一騎たりとも減らしたくない……のと、本当に部隊を引き連れて行くと、兄達がここぞとばかりに、私を謀反人に仕立て上げるかもしれないから」
リリアナはそう言った後に、こう付け足した。
「もしもの事があった時、あなた達を連れていたら『ここで最後ならしょうがない』なんて弱気になるかもだから。『ファルミノに、シロエ達にただいまって言うんだ!』って、強く思いたいから。ね?」
私だったら、こんなことを言われたらきっとメロメロになって、今この時だけでも頷いてしまうだろう。
……そして案の定、シロエもフィナも、頷いていた。
ただ、アメリアだけは……私をじっと見ていた。
金髪蒼眼の、私より二つほど下の猫のような可愛い子。
「私は、エラ様のお側でお護りしたいです」
この子は元々、暗殺者グループの命で私を暗殺に来た。だから、それなりの腕はあるのだからと、そう言いたいのは知っている。
「だめ……。それに、私は大丈夫だから。帰った時に、ただいまって、私にも言わせてよ」
以前の私なら、きっと不安と緊張でいっぱいになりながら言っていただろうけど、今は違う。
本当に、普通に帰って来られるという実感がある。
リリアナもきっと、私の様子を見て少数精鋭にしたのだと思う。
私の翼なら、近くに固まれば三人なら十分に護れる。落ち着いた私の、翼の用い方を信頼してくれている証だ。
そうした私の自信を見て、アメリアはそれ以上、何も言わなかった。
「フフ……。いってきますも、言わせてくれるのね。ありがとう」
**
九番目の王子の、その私兵部隊。
今は、魅了で私の部下になった三百騎が、命令からひと月経つ頃にしっかりと帰還した。
「負傷百名! いずれも軽傷、及び治療に問題なし! ドーマン以下三百騎、帰投しました!」
森の中へと遠征させた三百騎は、無事に戻ってきた。
かなり過酷なものだったはずだけど、誰も欠けることなく全員が帰ってきた。
これは、この部隊の練度がかなり高い上に、それぞれの武力も相当なものであることを証明している。らしい。
ガラディオ曰く、日数分の水食料を与えていたとはいえ、森の中で一か月も行軍して全員が無事なのは凄い事だ。と言っていたから。
特に、水は少し少なく渡していた。川があるからと、足りない水の代わりに地図を持たせて。
適応力だけではなく、地図を読む力と行軍力の計算、それに、獣への対応。
それぞれが機能しなければ、森の中で生き続けるのは難しい。とのこと。
「良い兵が手に入ったな」
ガラディオは冗談めかして言ったけど、すぐに怖い顔でこうも言った。
「それだけ、王軍の練度は高いという事だ。侮るなよ?」
九番目の王子の私兵でこれだから、正規兵、それもロイヤルを冠する部隊は、尋常ではない。
と言って脅してくるのだから、悪い人だ。
それを聞いていたリリアナが、彼に釘を刺してくれた。
「ガラディオ……行く前にエラを委縮させないでよ」
「ハハッ。悪い悪い。でも、敵の情報と基準になる話は、しておいた方がいいだろ?」
でも、そのロイヤルを率いていた騎士団長が、この彼だというのだから。
人を超えた膂力で、巨大なクマをひと薙ぎに沈黙させる彼と、その専属の部隊をもって、あの王都襲撃の獣部隊にトドメの大打撃を与えたのが、その力の片鱗だ。
国王がリリアナを溺愛するあまり、ファルミノで領主をしたいと言う彼女のために、兵力の要中の要である彼を護衛のために派遣したという。
それが今は、王都に殴り込みに行くというのだから……人生何が起きるか分からない。
「王都でロイヤルと揉めそうなのは、ガラディオじゃないんですか?」
私の素朴な疑問に、彼は間の抜けた声で「なぜだ?」と問い直した。
「だって、その団長が王都に攻めに行くんだから。普通に、確執になるのかな。って」
「あぁ。まぁ……大丈夫だろ。俺達には不文律があるからな」
聞き慣れない言葉と、彼の自信に疑問符を浮かべて首を傾げると……。
「俺達が迷う時は、王命であろうと動かない。民のためなればこそ、ってな。これは、力を持った者達の責務だからな。俺達全員で決めた事だ」
へぇ……。
と、リリアナまでもが感嘆の声を漏らした。
「驚いた。私も初めて聞いたわ」
「なんか……悔しいけど、ガラディオをカッコいいと思っちゃった」
「おいおい、エラはようやく俺の良さが分かったのか」
リリアナの驚きと私の誉め言葉は、意外にも彼を照れさせたらしい。その言葉とは裏腹に、じっと見ると目を逸らすのだから。
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