第五章 六、本来の剣技
第五章 六、本来の剣技
「重たい一撃だなぁ。そっちの体の時は、手加減でもしてくれてたのか?」
ガラディオが問うと、カミサマの宿った剣はまるで、「そうでもないさ」と言わんばかりにヒュンと一回転した。
「へっ。ご機嫌じゃないか。一手よろしく願おうか」
そう言ってガラディオが構えると、カミサマも……剣先をガラディオにスッと向けた。
体は無いのに、まるでそこに、誰かが剣を構えて立っているかのように感じる。
「つっても、斬るものが無いんだが。んじゃ、こうしようか。俺はエラを狙う。お前を躱してエラを斬ったら、俺の勝ちだ」
その言葉が合図になったかのように、カミサマの剣はガラディオに向かって飛んだ。
ギギギン、ガギン。と、重い金属音が鳴り続ける。
「今の突きは、何段だ? 四段か?」
彼が問うと、剣は頷くように、切っ先を上下に揺らした。
「フェイントを入れると六段か。本当にエラの中に居たヤツなんだろうな?」
剣はどこか嬉しそうに、弾むように上下に揺れた。
そして、今度は柄の部分からガラディオに突進した。
「って! おい! くそ!」
ギン!
と、柄を彼の剣に当てて弾くと、瞬く間に上から斬り込んだ。
その鋭さは、普段は余裕で受けてみせるガラディオを、退かせるほど。
「てめぇ。その技、体があっても本当に踏み込めるんだろうな?」
カミサマの剣は、「当然だ」と言っているように見える。ヒュンと一回転しては、また切っ先をガラディオに向けた。
「そうかよ。……次はこっちからも行くぜ」
そう言うや否や、ガラディオは屈んだかと思うと一瞬で私の方へと飛び掛かってきた。
「きゃっ!」
まさかの行動に、私は焦って尻もちをついてしまった。
いや、彼はさっき、私を斬れば勝ちだと言い放っていたのに。
油断して、完全に観戦者の気持ちで突っ立っていた。
本当に私を斬るつもりだろうかと、半信半疑で彼を見ると――。
どさっ。
――と、彼が転んだところだった。
「ってぇ。おいおい、棒術みたいなややこしい動きまで出来るのかよ。剣は斬るためだけのモンじゃねぇってか」
転んだままガラディオが悪態をついていると、カミサマの剣は笑ったような気がした。
なぜなら、左右に浮き沈みしながらフヨフヨと、とても楽しそうに見えたから。
でも、キラリと一瞬光ったかと思うと、その剣先を――。
グサグサグサグサ!
――と、地面に転んでいるガラディオに、突き立てて行った。
焦ったガラディオは、器用にも横回転しながらゴロゴロと、地面を転がり回って逃げ続けた。
剣は容赦なく、かなりの速度で突き刺し、追い立て続ける。
「おいおいおいおい! そりゃあないだろうよ!」
十回転以上はしたと思う。
かなりの距離を転げ回って、ようやくその勢いを使って立ち上がると、やっとの思いでカミサマを、手持ちの剣で弾いていた。
「張り付き方が、もはや人間の域を超えてるぜ? 体があっても出来るんだろうなぁ?」
確かに、地面に転がるものを突き刺しながら追いかけるのは、難しそうだ。
でも、カミサマならきっと出来たのだろうと思う。
だって、私のカミサマは……とても凄かったのだから。
私の体という不利な状態でも、色んな相手と戦えた。
きっと、間合いも力も速度も、何もかもが満足いかない状態だっただろうに。
「ちっ。油断したとはいえ、その力量、認めてやる――」
言い終わる前に、カミサマの剣は「まだ途中だ」とばかりに、どんどん剣技を繰り出していく。
私の知っている『弧月』は分かった。
上下から繰り出す、素早い振り下ろしと切り上げ。
でも、カミサマはそれを連続で間を置かずに、四連撃を一息で出している。
私の体という足枷が無ければ、あんなにも見事な連撃を使えるのだ。
他の知らない技は、私の目では追いきれない。けれど凄まじい速度と、その打ち合う剣戟の重い音が鳴り響いている。
――今、初めて……初めてなんだ。
……カミサマは、今存分に、その力を……技を振るっているんだ。
「……ごめんなさい。私が……こんなに弱いから、カミサマはずっと、もどかしかったんですよね。ごめんなさい……」
溢れ出る涙は、どうしても止めることは出来なかった。ただボロボロとこぼれ落ちるのを、耐えているしかなかった。
「ごめんなさい……」
何度目かのお詫びを口にした時だった。
カミサマは、ガラディオの近くでヒュンヒュンと数回転すると、パキンという音がしたと思ったら、飛び跳ねるように私の元へと飛んできた。
「って、くそ! てめぇ……」
ガラディオが何度目かの悪態をついている頃、カミサマの剣は私の周りを、切っ先を下にして垂直に立ったままフワフワと浮いていた。
「カミサマ……ごめんね? 今まで……ごめんなさい……」
「おい。調子くるっちまうだろうが。泣くんじゃねぇよ……ったく」
いつの間にか、ガラディオもこちらに来ていた。
「こいつ、最後の最後に、さらっと俺の革鎧を斬って行きやがった。これでも特注なんだぜ? それを紙切れみたいによ」
カミサマへの申し訳なさでいっぱいの私には、彼が何を言っているのかよく分からなかった。
「お前のカミサマは、なかなかに凄いヤツだって言ってんだ。見ろよこの剣。いつでも折れたんだとでも言うみたいに、簡単にへし折りやがった。鎧を斬った『ついで』みたいにだぜ」
見てくれとばかりに、斬られた革鎧の胸のところと、折れた剣を私の目の前で大げさに、交互に指差している。
そんなガラディオの、本気で凹んだなんとも情けない表情がふと可笑しくなって、つい吹き出してしまった。
「ぷっ。ぷふふ。なに……なによ。カミサマにやられちゃったの? フフフフ」
私が笑うと、カミサマの剣も、嬉しそうに上下に弾んだ。
「カミサマ…………おかえりなさい」
お読み頂き、あありがとうございます!




