第五章 五、甘えたい人魔
第五章 五、甘えたい人魔
「素晴らしいわ! エラ!」
リリアナが興奮気味に駆け寄ってきた。
「この子、力を見せるのは好きみたいです」
実際、その力を振るう時は楽しそうだから、きっと間違いではないと思う。
「今の感じなら、街に出ても問題なさそうね。一応、数日間はこの中で様子を見るつもりだけど」
そう言って、手を差し伸べてくれた。
「あ……。エイシア、降ろして」
エイシアに伏せてもらうと、私はリリアナの手を取って滑るように降りた。そのままの勢いで、ふわりと抱き付く。
「あらあら、甘えたさん。エラからそうしてくれるなんて、珍しいわね~」
エイシアの意地悪に疲れたからか、無性に人肌が恋しくなった。
「珍しく……ないですよ」
自分からしておきながら、照れてしまう。
「いつでも抱き付いてくれていいのよ? 今まで我慢してたんでしょ」
そう言われると、自分の中にはなぜか、『甘えるということをしてはいけない』決まりがあったような気がする。
「ありがとう、リリアナ。次からは……素直にそうする……」
「ええ、嬉しいわ。今夜も一緒に寝る時――」
「――お嬢様ぁ! ずるいです! お嬢様だけずるいです!」
ものすごい勢いで走るシロエを、初めて見た。
メイド服のフレアスカートを捲し上げて――運動神経が良いのか――ぐんぐんこちらに迫ってくる。
勢いはすごいのに、顔は何とも悲しそうな、への字眉をしている。
そして、瞬く間に側まで駆け寄ってきた。
「シ、シロエ……ちょっと、怖いです」
はぁはぁと息を切らして、両手を広げて近寄られるとさすがに。同じ女性とは言っても、シロエは少し雰囲気が違う。
「よ、よろしいですよね?」
差を付けてもいけないかと思って、こくこくと、小さく頷いた。
ガバッと来る……かと思いきや、抱きしめ方はとても優しくて、柔らかく包まれる感触が心地良かった。
「……気持ちいいです」
「そうでしょう、そうでしょう」
シロエは満足気に、そしてひとしきり抱きしめると、自分から離れてくれた。
以前のシロエなら、なかなか解放してくれないイメージだったのに。彼女も成長した……。
いや、魅了がやはり、思った以上に解けたのかなと思った。
「ふぅ。それではエラ様、今夜も一緒に寝る時に――」
「――ちょっと、同じような事言おうとしないで」
シロエの言葉をリリアナが遮って……そして、とりあえずのエイシアの訓練も終了となった。
**
案外早く終わったので、訓練場で剣の具合を……カミサマが宿っているかを確認に来た。
本当は一人が良かったけれど、暗殺者に襲撃されてからというもの、常に護衛が付く。
「何か手伝ってやろうか?」
このガラディオが、先日の夜も居てくれれば……と、今となればやっぱり思う。
至近距離の戦闘が、あれほど恐ろしいものだとは思わなかった。
今朝も夢に出て、うなされたのだから。
一番悪いのは、倒せるのに敵の侵入を放置したエイシアだ。
けど……。
その恨めしい想いを込めて、一度だけ彼をじっとりと見つめると――。
「――だぁッ。悪かったって! でも、あのネコが居れば大丈夫だと思ったんだよ。あいつ、エラに懐いてるしさ……」
そんな不確かな理由で、夜街に遊びに行っていたのかと、もう一度恨めしく見た。
「ほんと~に、悪かった。ほら、機嫌直せよ。高い高い、またしてやろうか?」
一体、私をいくつだと思っているのだろう。
「もう成人したんだから、そんなことで機嫌がとれるわけないじゃない。それにあなたのは高い高いじゃなくて、放り投げよ」
(あのカミサマでさえ、声が出ちゃうくらい驚いたんだから)
ガラディオには、つい、素の部分で話してしまう。
令嬢としてそれが良いかどうかは置いておいて、肩ひじを張らなくてもいいのが、少し助かっている。
そういえば、彼自身もだけど、リリアナやシロエも特に咎めない。そういうことに一番厳しいフィナも、注意してくることがなかった。
(なんでだろう?)
「まあ……あれだ。報告は聞いてるぜ。『剣がひとりでに敵を斬った』ってな。確かめに来たんだろ?」
――驚いた。
分かっていたのに、私の恨みを受け止めてから、この話を持ち出すなんて。
「そんなに驚かなくてもいいだろうよ。報告は受けてんだから、誰にでも分かる事だろ?」
そうじゃない。そうじゃないけど、彼のこういう、気取らないところが好きだ。
「それじゃあ、試しにお相手してもらおうかしら。でも、私に攻撃はしないで。もう怖いから」
「へいへい」
**
結局、ガラディオ相手に念動を使ってみたけれど、何も成果はなかった。
剣を浮かせて、不規則な動きで剣を舞わせた。
そこにカミサマが宿って、鋭い攻撃をしてくれると信じて。
でも……全ての攻撃を軽く受けられて、おしまいだった。
「念動だったか。それだけ動かせるなら、実戦でもそれなりに戦えるだろう。でもなぁ……事件の時も、お前が無意識に動かしたんじゃないのか?」
かれこれ、一時間は集中しっぱなしだった私は、ただ首を横に振った。
「そうか……まぁ、気の済むまでやるといい。後は……その時の再現をしてみるか、だな」
「……再現って?」
「勝手に動いたって伝えたんだろ? 今みたいにお前が意識して動かしてちゃ、ダメなんじゃないか。ってな」
「なるほど……」
やっと試せると思ってここに来て、これだけやってダメなら、やっぱり私の勘違いだったのかと……そう思うところだった。
「やってみる」
手に持つと、意識をしてしまう。
そもそも、この重い剣を持ち歩くには、常に念動を使わなくてはならないから……体から離さなくては出来ない。
ひとまず剣を、地面に突き立てることにした。本当は、切っ先を地面に着けるのは好きではないけれど。
「……動くかな」
「……さぁ、な」
数分、じっと待ってみた。
「……動かないね」
カミサマが動く条件が何かあるのだとして……私には思いつかなかった。
「エラ。恨むなよ」
ひときわ低い声で、ガラディオが言った。
彼は――その声が聞こえた頃には――すでに動いていた。
私に突進してくる剣が、かすかに見えた。
(なに?)
ガラディオが裏切った?
私に向かって、きっと本気の一撃を向けている。
あまりにもの速度で、私の目では剣先がどこにあるのか、分からなかった。
(なんだ。ガラディオが夜に居なかったのは、敵と通じていたから?)
信じられない。
ガラディオなら、いつでも簡単に、私を殺せただろうに。
そうしなかったのは、やっぱり、味方なんだと思ってたし――。
今でも、信じてるつもりなのに。
――でも彼の剣は、もう私の胸に届く。
ガキン!
鋭く重い金属音と。
――ィィィィィン。
鋼の響きが残る。
「よう。久しぶりじゃねーか。その剣筋、忘れてないぜ?」
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