第五章 三、神宿りの剣(二)
第五章 三、神宿りの剣(二)
寝室は、割と無残な状態になっていた。
厚手の絨毯は取り換えられているけれど、壁紙は半分剥がされている。
そして、血の匂いを誤魔化すためか、強めの香が焚かれていた。
「今夜はこんな状態ですが、明日中には必ず、綺麗にいたしますので……」
従者と侍女達が、私達の入浴中に、懸命に整えてくれていたのだ。
「いいのよ。皆も大変だったでしょうに。他の皆にも、被害は無かった?」
リリアナは皆を労って、暗殺者の気まぐれに巻き込まれなかったかを聞いた。
「はい。皆、全員無事で怪我ひとつしておりません。ありがとうございます」
従者が代表して答えてくれた。少しやつれて見えるけれど、本当に皆は無事な様子だ。
「良かったわ。皆も、もう休んで頂戴ね。部屋をここまで整えてくれて、本当にありがとう」
リリアナのこういうところが、大好きだ。
きちんと皆の仕事を理解して、本心から彼らを認めている。
だから、皆からも本音で愛されている。
「おやすみなさい」
リリアナは扉が閉まるまで見送って、それから――私とシロエの手を取って、ベッドに飛び込んだ。
「きゃ~」
なんとなく雰囲気で分かったから、きゃーなどと言って騒いでみせた。
何だか楽しくて、大変なことがあったけど、皆無事で、そしてようやく解放された感がとっても清々しい。
「エラ、よく頑張ってくれたわね。本当に、無茶ばかりするんだから……」
いつか怒られるのだと思っていたから、褒められたことに驚いて目を丸くしてしまった。
「やだ。私が怒ると思ってたって顔しないでよ。褒めるわよ……あの場で動けたのは、あなただけなのよ」
なんだかいつもより、優しい気がする。
「嬉しいです。役に立てたのが。ほんと言うと……四人目の攻撃をかわせなくて、もうダメだと思ったんですけどね」
私自身が邪魔になって、リリアナ達からは見えなかったのだろう。私が、味方ごと刺しに来た敵の、その一撃に反応できなかったところを。
「ふふ、リリアナこそ目をむかないでください。こうして無事に居るんですから」
リリアナの向こうで、シロエも飛び上がって涙目で私を見ている。
「シロエも。私の体には、傷ひとつ無かったでしょう?」
イメージ通りに動けない今、私の戦い方をもっと考えないと。そう思った。
(カミサマがいつでも剣に宿っていて、護ってくれるなら……魅了を軸にしても、いいのかもしれない)
「エラ様をお護りする体制を、見直さないといけませんね」
「そうね……でもとにかく、無事で良かった。緊張し過ぎて、疲れちゃったわね」
きっとリリアナもシロエも、話をしたかったのだろう。けれど、彼女の目のクマも見過ごせない。
「はい。もっとお話したいことがあるんですけど、ほんとに疲れました。今日はもう眠いです」
そう言うと、リリアナは少し考えて、「確かに今日はもう、寝るべきね」と、一番にベッドにもぐりこんだ。
少し無理矢理にでも、楽しい空気にしたかったのかなと思った。
深刻な警備の穴。その責任を感じているのかもしれない。
それを感じたのか、シロエはリリアナに寄り添うように横になった。
私もシロエを真似して、リリアナにひっついて眠った。
(本当なら、すぐに剣の確認を……カミサマとお話できるなら、してみたいのだけど)
実際には、もう目を開けているのも限界なほど――。
**
翌日、執務室では朝から会議が続いていた。
すぐに決まったことは、ガラディオの休日が向こう一カ月まで、無くなるということだった。
(かわいそう……)
ただ、当の本人はさほど気にしていない様子だ。
それよりも、私を見ては申し訳なさそうな顔をする。
「ガラディオ。あまり気にしないでください。エイシアが悪いんです。倒せるクセに放置したんですから」
思い出したら、腹が立って来た。
でも今回、悔しいけれどエイシアのお陰で、部屋の中で襲われる危険性を痛感したのだ。
羽を使えない場所での無防備さと、敵に近寄らせてしまったら、私では対処できないこと。
――例えば、誰かのお茶会に行った先で、堂々と暗殺されそうになった時。
今のままでは、簡単に殺されてしまうだろう。
ただ……カミサマが宿ったと感じたあの剣が、本当に期待通りであれば、かなり心強い。
私は、国王の前でさえ帯剣が許されている。
アドレー大公爵の娘であるということは、国の盾であり剣であるということ。
それは小さな意味では、いわば、国王がアドレーという名の剣を帯びているのと同義だから。
絶対の信頼が、盤石の絆があるという印に他ならない。
つまりは、お茶会であれダンスパーティであれ、常に帯剣出来るし、それが私にとっての自然なことだと言える。
それはこじつけかもしれないけれど、いつでもカミサマに護られているというのは、ガラディオを側に置き続けることの難しさを、解消できるということだ。
唯一の問題は、この剣が本当に、カミサマを宿してくれているか。という検証がまだなこと。
「……警備の態勢は、全員に布を巻かせる必要があるわね」
「それでも完全に防ぐのは無理でしょうが……無いよりはいいですね」
ガラディオが殊勝な態度で、リリアナに返事をしていた。
眠り粉の対応についてだ。
吸い込まなければ問題ないはずで、今回の暗殺も、布を巻いていれば屋敷に入り込まれることは、無かったのかもしれない。
「次は、エイシアのことなんだけれど」
リリアナがついに、あいつを処刑してくれる気になったのだろうと期待した。
私はあいつに対して、より強い警戒心を持つようになった。だから、リリアナにその危険性を理解してもえたのは本当に嬉しい。
「あの子、エラに言った言葉とは裏腹に、あなたを育てようとしている節があるわね」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
……確かに、私も同じようなことを無理矢理、こじつけで考えたことはある。
でも、まさか――だ。そんなに簡単に、信用していい獣ではない。
私のその意見は最初から、ブレてはいない。
「リリアナ……それはちょっと、飛躍し過ぎな考え方なのでは」
この件に関しては、ちょっと譲ることは出来ない。
「でも、敵をうっかり踏みつぶしたにしては、しっかりと一撃で首を折っているのよ。それに、襲撃にきた五人のうち、エイシアがつぶしてくれたのは一番の手練れだったの」
「それは……ただの偶然では」
「ううん。他の四人とは別行動で、正面突破しようとしてた形跡がある。単騎で正面からの陽動が出来るというのは、相当な力量のはずよ。そいつが寝室に来ていたら……私達全員、もうこの世に居なかったでしょうね」
「そんな……」
そんなバカなことが……。
正直なところ、エイシアが何を考えているのか、考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまう。だから、あまり信用しないままで、適当な距離を保って接しようとしている。
それを、リリアナが信用してしまうようなことがあっては……私はどうしたらいいのか分からない。
「エラは、あまりエイシアを信用したくないのよね。それはそれとして……あまり無下にしないように、接してあげることは出来ない? エイシアを使った計画も、あるのだし」
私は、カミサマと剣について検証するという楽しい気分から、一気に底まで落とされたような気持ちになった。
「そういえば、エイシアを使う計画があったのでしたね。それって、いつから始めるんですか?」
嫌なことは、一度に聞いてしまいたい。
「明日から始めるわよ」
「随分と性急だな」
ガラディオがすかさず、懸念の声をあげてくれた。
「問題ないはずよ。私の勘は当たるの。前倒し気味でも早い方がいいし、エイシアは大丈夫よ」
(これは……)
リリアナの確信めいた言葉に、もはや覆せないのだと悟った。
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