第五章 三、神宿りの剣(つるぎ)
第五章 三、神宿りの剣
宙に浮いている剣は、魅了によって立ち尽くしている暗殺者の頭を、峰でコツコツと叩いている。その度に、暗殺者の頭がカクカクと揺れる。
その様子が可笑しかったけれど、縛っておかなくてはと思った。
それが伝わったのか、剣は暗殺者の膝裏をバシッと峰打ちをした。そして、カクンと折れ曲がるようにして跪いた所を、フィナがすかさずロープで縛ってゆく。
どこに持っていたのかと思ったら、暗殺者が腰に掛けていたらしい。
「フィナは察しがいいのね」
「これが立って居るのが、ずっと気になっていたので」
「それよりも」と、フィナは浮いている剣を見上げた。
そう。私もずっと、気になっていた。でもフィナは、まだ私が浮かしていると思ったのだろう。
ということは、暗殺者の頭を小突いていたのも、それを縛れと催促していたのも、私がしていたと思っていたのかもしれない。
「カミサマ!」
強く呼ぶと、剣はヒュンと一回転して、血のりがビッと床に散った。
「…………拭いてあげるから、お部屋で血振りしないで」
すでに敵の遺体と血だまりで滅茶苦茶だけど、さらに汚れるのを見て、咄嗟に口から出てしまった。
言葉が伝わったのか、剣は、どこかシュンとしたような気がした。
それからそのまま床に、トスっと刺さると白い光も消えた。
「あ……」
お礼を言う前に、つまらないことを言うのではなかった。
「そうじゃないの。カミサマごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございます」
きっと、カミサマに違いない。
私の念動では、ああも華麗に、無駄が削ぎ落された動きは作れない。
自動で動く時の剣は、カタコトで喋るから、それも違うはず。
だから……私の中では、カミサマが宿ったのだと思うことにした。
「鞘を……カミサマを、入れてあげないと」
私は二人に支えられたまま、そう呟いた。
「エラ…………ううん。そうね。入れてあげましょう」
リリアナは、きっと「違う」と言いかけたのだろう。常識的に考えれば、当然だと思う。
けれど、彼女も否定しないでいてくれた。そこには、何か感じるものがあったのかもしれない。
「今は私が、お世話致しますね」
フィナが、私を支えているリリアナとシロエの代わりに、動いてくれた。
ちゃんと、刀身に残った血を丁寧に拭きとってくれている。
「ありがとう……大切にしてくれて」
「当然ですよ。我々の、命の恩人ですものね」
フィナにも、カミサマとの思い出があるだろうから、何か感じているように見える。
「はぁ……怖かった」
誰も言ってくれないから、私が言うことにした。
全身、恐怖と緊張で汗だくになっている。震えもまだ止まらない。
ベッドに横になりたいけれど、汚れを落としてからにしたい。
「エラ様。一度、お湯に浸かりましょう。温かいスープも、作るように伝えてきます」
シロエが、そのように気を利かせてくれた。
「うん。嬉しい」
そうして落ち着けるかなと思った瞬間に、まだ何も解決していないことに気付いてしまった。
それはリリアナ達も同じだったらしい。
「エラ。護衛騎士達がどうなったのか、まだ確認すらしていなかったわね」
「ですね……」
少しだけ落ち着いたので、自分で歩けるからと、二人の支えを離してもらった。
私を支えるよりも、それぞれが出来ることをした方がいい。
「それじゃあ、シロエとフィナは屋敷内を下から確認してきて。私とエラは、上から見て行くわ」
リリアナがさっと指示を出すと、皆も一斉に集中を取り戻した。
疲れた素振りなど誰も見せずに、屋敷の中を走った。
敵が通ったであろう所は、護衛騎士は皆眠っていた。
寝室の前こそで、大きな体が八人、通路を塞いでいるものだから通りにくかった。
問題なのは、その侵入経路だった。
暖炉があるということは、煙突がある。そこは本来、人が通るなど考えていないものだから……そこを狙われたようだった。
それでも、煙突上部には鉄柵が施してあるのだけれど、時間をかけて切断したらしい。
細身の一人がそこから内部に侵入。内側からは、侍女しか使わない各階の裏戸の一つを開けられて、堂々と侵入してきたのだ。
裏戸は、外からは開けられない施錠があるけれど、中から普通に開錠されたらどうにもならない。
しかも、その通路の監視は、厳重な中では甘い方だったという。
用意周到で、計画はかなり前から綿密に作り上げたのだろう。
とりあえず分かったことは、王都のお屋敷でも使われた眠り粉が出回っているだろうこと。
それから、私を狙う者は、国家規模の計画から育成されているだろうこと。
この二点だった。
魅了で動かなくなった暗殺者が、尋問で何か吐いてくれるといいのだけれど。
汚れた体を清めるために、そして緊張した体をほぐすために、また四人で入浴をした。
シロエはもう、何も聞かずに私の体を洗い出した。いやらしい手つきではないので、私も咎めることなく身を任せた。
そして、リリアナ専属のはずのシロエがこうなので、代わりにフィナがリリアナを洗っている。
リリアナは気にも留めていないけれど、フィナは少し緊張している。
それだとフィナだけ疲れが取れないので、すぐにシロエと交代してもらった。
そうした入浴の位置関係が落ち着いたところで、リリアナは話し出した。
「後者が問題ね。一体どれほど、おじい様が他国から疎まれているのか。よ~く分かったわ」
おそらく、一国だけではなくて、過去に戦争した国の全てが犯人だと想定した方がいい。そういう話だった。
「おとう様は、何をしたんですか……」
「厳冬将軍の名の通りよ。その国に厳しい冬をもたらすから、そう呼ばれるのだもの」
「それは……つまり……国が立ち行かなくなるほど、何もかも奪ってしまうということですか?」
いまいちピンとこなかったお義父様の二つ名が、ようやく理解できた。
「結果だけを見れば、そういうことね。ただまぁ、実際こちらがされたことを思えば、国が存続出来るギリギリを残しただけでも、かなりの恩赦だと思うけれどね」
「それなら、逆恨みみたいなものですか」
「そう思うわ」
お義父様がご自分では何も言わないから、歴史としてしか、聞けなかった。
一応の和平という薄氷の下で……戦争は、今も続いているのだ。
それをまだ、幼い私には聞かせたくなかったのかもしれない。
そう思うと、胸がきゅんと締め付けられた。
愛おしい。お義父様の全てが、とても愛おしくて、そして尊敬の念が湧き上がってしまう。
「なら、よかった……大好きなおとう様は、武力としての戦争が終わってなお、国の盾としての役割を果たし続けているんですね」
「あら……分かってるじゃない。そういうことよ。とても素敵な方よ。あなたのおとう様は」
「フフ……はい」
その、次期大公爵である私が狙われるのは、すでにその一翼を担っているということだ。
それは何だか、誇らしい気がした。
(まだまだ護られてばかりだけれど、いつかお義父様のように……)
お義父様が言うことなら、苦手なガラディオと結婚しろと言われても、素直に聞ける……かもしれない。
入浴後は、だいぶと気持ちが落ち着いた。
お湯に浸かると、身も心も清め流してくれるのかもしれない。
シロエが指示してくれていたとおり、食堂で美味しいスープも頂いた。
一口ごとに、体の隅々まで元気が行き渡るような気がした。
「エラの大好きな、プリンもあるわよ~?」
「え。やったぁ!」
隙を突かれたプリンの一言に、私は子どものようにはしゃいでしまった。
シロエとフィナが、とても優しい目で私を見るのが少し辛い。
リリアナは……隣でニヤニヤと笑っている。
「もう。今ので子ども扱いはずるいです」
先ほどの襲撃が、まるで何日も前のように感じるくらい、気持ちは完全に落ち着いていた。
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