第五章 二、新たな刺客(四)
第五章 二、新たな刺客(四)
――ガギン!
鈍い金属音は同時に、衝撃を腕に伝えた。
その力に弾かれて、私は剣を手放してしまったことを理解した。
カミサマが、絶対に離そうとしなかった、大切な剣が。
いとも簡単に、私の手から離れてしまった。
私の力では、弾かれただけで……。
(カミサマ、ごめんなさい)
――弾かれた?
おかしい。
敵の剣先は、もう私ではどうにもならない位置まで迫っていて、胸を貫かれたはずだ。
よく分からないけれど、カミサマの剣は、その柄の部分でしっかりと、敵の剣先を受け止めていた。
そして、敵が押し込む力を流すように撥ね退けながら、切っ先の軌道を私の体から完全に逸らしてみせた。
すると敵は、盾にした味方の体を押したのだろう。
その貫かれた力無い体は、私の体を掠めて倒れた。
「ばかな!」
先程、勝利を確信した言葉を吐いたのと同じ声だ。少し高い、男の声。
そいつは、味方の血で濡れたのだろうぬらりとした表面の剣を、それでも私に向けて斬りつけてきた。
剣を手放してしまった私に防ぐ手立てはないはずなのに、カミサマの剣はその身ひとつで、しっかりとそれを打ち払う。
ギイン!
という強い金属音と、何度かの空気を斬る音が聞こえた。
(剣が……勝手に)
その後、どさりという音と、ごつ、という頭を床に打ち付けただろう鈍い音が聞こえた。
それからは……パチ、パチと、暖炉にくべられた薪が、炎に焼かれる音だけになった。
――(それで全部だ。やるではないか)
エイシアの憎らしい声が、頭の中に響く。
本当に、全部終わったのだろうか。
一人は偶然倒せて、一人は魅了で棒立ちになった。
その後は……。
一瞬のことで何が起きたのか理解できないまま、安堵していいのかを迷った。
そして色々な想いが頭を巡ったけれど、私はハッとなって後ろを振り仰いだ。
「リリアナ達は! 皆は無事ですか!」
咄嗟に駆け寄ろうとして、私は無様に転んだ。
足がもつれたのだ。
「エラ!」
すぐさま、私を抱き起しにリリアナが、皆が駆け寄ってくれた。
「瞬く間の攻防に、声が出ませんでした」
シロエはそう言うと、ぽろぽろと泣き出してしまった。
フィナも、私に肩を貸しながら謝罪を始める。
「何も出来ずに、申し訳ありません……」
「や、やめてよ。皆を護るのは、当然のことなんだから」
強がり……ではない。気持ちとしては。
ただ、震える手足はどうしても誤魔化せない。
「……えへへへ、こんな、震えてちゃ……かっこわるいね」
声まで震えてしまっているのだ。開き直ってしまう他ない。
「でも、がんばったの。だから謝らないで……ほめて、ほしいな」
本当なら、どうして前に出たのと、リリアナに怒られそうだ。
けれど彼女は、もう片方の肩を支えてくれたまま、押し黙っている。
いつもよりきつく怒られるのだけは、許してほしい。
「……怪我は、してないわよね?」
だから、いつもより弱々しい声に驚いた。
リリアナの顔を見ると、かなり憔悴している。目のクマも酷い。
「リリアナこそ……酷い顔です」
「私も……シロエもフィナも、大丈夫よ。あなたが護ってくれたんだもの」
予想外の言葉に、私は敵が何かを投げたりして、リリアナが怪我をしたのではと思った。
足元から頭の先まで、くまなく見ていると彼女は言った。
「私はほんとに大丈夫よ? あなたが居なくなってしまうと……心臓が止まりそうになっただけ」
その言葉は、私の胸に突き刺さった。
私も……リリアナが私の目の前で、あんなギリギリの戦いを始めたらと思うと……胸の奥がぎゅうっと絞られるような、苦しい痛みが襲うのだから。
「……ごめんなさい。弱くなってしまって。心配、かけちゃいました」
「おしおきさえ、出来なくなるんだから。ね? 無茶をしないで。本当に」
私だって、本当ならしたくない。
敵と至近距離で……こんな事が平然と出来るカミサマは、頭がどうかしている。
そう思った。
絶対に、真似できるようなことじゃない。一歩間違えれば、一瞬で体のどこかを失うのだ。
……命さえも。
(そういえば、剣が勝手に……)
護ってくれて、戦ってくれた。
昔、カミサマも自動で動く剣に驚いていたけれど……その時の動きとは、何だか違う気がした。
そもそも、私の手を離れてしまったのに、宙空で自在に動いて、敵を屠ったのだ。
あの剣捌きは、カミサマの動きみたいで、少し寂し気な雰囲気があった。
(あぁ、私はカミサマを見て、寂しそうだと思ってたんだ……)
振り返ると、剣は未だ宙に浮いている。
「……カミサマ?」
無意識に声が漏れた。
私の中に、彼は私のゴーストに溶け込んでしまったのだと、そう思っていた。
けれどあれは、あの剣にならば……カミサマが宿っていたとしても不思議ではない。
――違う。
そうであってほしいと、今、願っている。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』
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