第五章 二、新たな刺客(二)
第五章 二、新たな刺客(二)
三人で眠るリリアナの寝室は、扉の側に何も置いていない。
だから、そこに人が居れば誰にでも分かる。
扉から右の壁には暖炉。レンガ造りで、薪がくべられてからそれほど時間は過ぎていないから、パチパチと音を鳴らしながら燃えている。
その揺らめく炎に、テーブルとソファが照らされている。そこにも誰も座っていない。
それらの後ろに、私達と三人用の大きなベッドがあり、その横手に鏡台がある。
後ろのベッドにも、今まで使っていた鏡台にも、人影はなかった。
つまり、この寝室には私達四人の他に、誰も居ないはずだ。
――でも確かに、人影が目の端で揺らいだような気がしたのだ。
扉の近く。何もないはずの場所で。
「リリアナ、シロエ、フィナ。どこかに……他に人が居ませんか」
二日月の夜は、暗殺者の夜だ。
月の明りがほとんど期待できず、その上雲が多いと、人の作り出すもの以外に光が無い。
あの夜を思い出す。自分よりも強い暗殺者に、生殺与奪を握られた恐怖の夜を。
「居ない……と、思うけど」
リリアナはそう言った。
シロエとフィナも、同じ答えだった。
あの日も、暗殺者が声を発するまで分からなかったのだ。
ただ重い気配だけが、場を支配していた。
――そうだ。あの時は、暗殺者が殺気を隠すつもりがなかったから、居ると分かったのだ。
でも今は……殺気も隠している。
上手く影に溶け込んでいて、私の剣が光を生んだことで、一瞬だけ怯んだのだろう。
その僅かな揺らめきが、偶然私の目の端に映ったのだろう。
心を研ぎ澄まして、初撃に備えないといけない。
今日の暗殺者は、確実に私を殺すつもりだ。
それだけは、なんとなくだけど、分かる。
――視線。の、ようなもの。
それが私を、ずっと捕らえているはずだ。
首すじがうすら寒いのは、そのせいに違いない。
「皆、私から少し、離れてください。私が標的のようですから」
あの日の暗殺者は、こうした言葉を好み、ほくそ笑んでみせた。一定の高みに居る者というのは、その力に少しでも近い者が居ると、嬉しいのだ。
今の敵も、これほどまでの潜む技量だから、視線にだけでも気付く私に興味が湧いたことだろう。
……まだ、来ない。
私としては、ガラディオが間に合ってくれたらという淡い期待があるので、時間が稼げるのはありがたい。
今ここに居る敵は、一人だけのはずだ。
私の力で、凌げるだろうか。
力の差が圧倒的なら、もう殺されているのでは?
それとも、何か他に時間を稼ぐ意味があるのだろうか。
そもそも、警備は厳重なはずなのに、どうしていつもいつも私を狙う敵が来てしまうのか。
毎月の報告で、未然に防いだ暗殺の件数を聞いていなければ、警備担当を怒鳴っていたかもしれない。
(早く来てガラディオ。早く、早く……)
今回も、未然に防いでいて欲しかった。
エイシアは、やっぱり私を殺したくて、侵入者を放っておいたのだろうか。
……まさかとは思うけれど、外の護衛騎士達は、眠り粉で寝ていたりしないだろうか。
前の時は、その強力な眠り粉で全く役に立ってくれなかった。
「嫌な予感がします……外の護衛を呼んでください」
最初から呼べば良かったのに。
でも、リリアナがガラディオを呼ぶようにと指示を出したものだから、なんとなく部屋は安全だと思い込んで……そのまま意識の外に置いてしまったのだ。
「わかったわ。護衛騎士二人! 中に入って!」
凛と通る声は、確実に扉の外に聞こえたはずだ。
でもこれに、反応が無い。
「……来ないわね」
「どうしましょう。眠り粉でやられたか、殺されたか……」
――(エイシア! 来なさい! このままじゃ殺されちゃう!)
――(貴様ならば問題あるまい)
――(いいから来て! 私は……戦えないのよ!)
――(それは、初耳だったなぁ?)
それきり、エイシアは念話を閉ざした。
――(エイシア……恨むわよ)
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』
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