第五章 二、新たな刺客
第五章 二、新たな刺客
リリアナとシロエに、ひとしきり抱きしめてもらった後は食堂に移動して食事を済ませ、そして三人でお風呂に入った。
シロエはやっぱり、私を洗いたいと言ったけれど、今日はご遠慮願った。ただ、最近のようなねっとりとしたものは感じなくなっていた。
(おまじないの拍手が効いたのかな)
今になって考えてみれば、それで魅了が完全に解けたとして、その時に愛情が消えていたら……私は絶望していたかもしれない。
変わらず抱きしめてもらえて、本当に良かった。
完全に解けていないだけなのか、それは分からないけれど。過度な愛情ではと感じていた時は、魅了が多少なりとも掛かっていたと考えて間違いなさそうだ。
(魅了の力じゃなくて、本当に愛してもらえるように……たくさん頑張ろう)
ただ可愛いだけではなくて、努力や人間性を認めてもらいたい。
その上で愛されるなら、それはきっと心から嬉しくて、満足できるものに違いない。
そんな事を考えていた入浴の後。
冬の短い日が落ちきって、窓から見える空には薄い薄い月が、申し訳程度に光の線を引いていた。
あの二日月を見ると、怖かった記憶がうっすらと顔を覗かせる。
(……いやだな。忘れよう)
三人で眠る寝室では、寝間着という名のネグリジェに身を包んでいる。冬用に厚手のものとはいえ、体のラインが浮き出る肌着は、どうにも煽情的に感じる。
こんなに無防備な姿では、いざという時に逃げるのもはばかられるような気さえするけれど、リリアナとシロエはどう思っているのだろう。
私とリリアナが、専属の侍女であるフィナとシロエに髪を梳いてもらっている時は、たまにはそんな事を考えている。
そこに、鉄の格子で囲われた窓が、コツコツと音を立てた。
一瞬ドキリとしたけれど、見るとエイシアが、コツコツと爪を立てている。
「ちょっと、何してるの?」
窓に一番近い私が、窓越しのエイシアに声をかけた。
「エイシアがそこに居るの? ここ、三階よ?」
テラスなど無い窓。
侵入者対策に、反りのある壁面に鉄の格子とガラスしかないその窓に、平然と顔を覗かせているエイシアは言う。
――(爪が刺されば造作も無い事)
――(壁を傷付けないでよ)
この声は、私とエイシアにしか聞こえない念話だから、リリアナやシロエ、フィナには聞こえない。
「壁に爪を立てれば、簡単だそうです」
「あら……ということは、あまり防犯にはなっていないのかしら」
リリアナ達に、エイシアが話せると伝えたことで気楽に通訳できる。
――(そちらの王女は察しが良いな。貴様とは出来が違う)
――(いちいち私を貶さないで)
――(まだ分からぬか。侵入者が五人。どれも、そこらの騎士どもでは手が出ぬぞ?)
「それを早く言いなさいよ! リリアナ、侵入者です! 五人も!」
「そういう事ね……警備の数は倍以上にしているのに」
「強いらしいですけど……その辺の騎士では倒せないと、エイシアが」
「ガラディオを呼ぶわ。シロエとフィナは、私から離れないで」
リリアナは即座に、今出来る最善を指示した。
「私は……剣で戦います」
最も皆を護れる翼は、無念にも一階のロビーに置いてある。大きさと重さがどうしても邪魔になるから。
剣だけは……カミサマが愛したこの特別な剣だけは、なるべく肌身離さずに持ち歩いている。
抜けば透明な刀身。切っ先を除けば片刃の、非常に重い剣。
けれど、意識を――念を込めると白く光り、棒切れよりも軽くなる。それは実際に軽いのではなくて、私が触れている分には軽く動かせるというもの。
当たると三キロをゆうに超える重量武器だ。それが棒切れ並みの速度で当たるのだから、並の武器であれば折れるか、絶ち切れる。
それは『念動』だと、エイシアは言っていた。念とは何なのか、感覚だけに頼らずに使いこなせるようになりたい。
エイシアは、もっと掘り下げて知りたいと思う情報の、肝心な所は煙に巻くように話を逸らす。そのせいで、いつも悔しくてもどかしい気持ちにさせられる。
剣に想いを馳せていると、リリアナは部屋の前にいる護衛騎士に、有事を伝えていた。
それから私に釘を刺した。
「エラ。あなた、剣術が下手になってるのよね。戦えないなら無理しないで。怪我をしてほしくないの」
リリアナは冷静だ。それゆえに、痛い所も突いてくる。
「だ、大丈夫です。それでもそこらの騎士達よりは……使えますから」
これは嘘ではない。この剣を使えば、という限定付きだけれど。
それよりも、外で暇を持て余しているエイシアが、その侵入者どもを倒してくれれば良いのだ。なぜすぐに思いつかなかったのだろう。
――(エイシア。あなたが倒してきなさいよ。私達が狙われたらどうするのよ)
――(狙われているのは、おそらく貴様だ。さっさと討たれてやれば済むのではないか?)
――(すぐそういうことを言う)
「エイシアは傍観を決め込むようです。戦力の数には入れられません」
「……まだ、あまり言う事を聞いてくれないのね」
それとも、私に経験を積ませようとしているのだろうか。
時折、そんなことを考えるようになった。
憎まれ口こそ叩くけれど、何かヒントになることを言ったりしたりするような、そんな気がしているのだ。
それとは別に……剣が苦手なのは、基礎がどうこうというよりも、刃が怖いという本能的なものなのでどうしようもない。
騎士達よりも使えるというのは、剣が良いから、闇雲に振り回しても勝てるというだけだ。
本当に技術のある騎士には、勝てない。
今の侵入者が、そういう一段高い所に居る武芸者なら、勝ち目はないだろう。
「ガラディオは、すぐに来れそうですか?」
リリアナにそう聞くと、あまりよくない答えが返ってきた。
「今日に限って、非番で外に出ているらしいのよ」
「……外?」
お屋敷の外より、部屋のベッドの方が断然良いはずなのに。あえて宿屋にでも泊まりたいのだろうか。
「たぶんだけど、夜街よ」
ヨマチ……なるほど。飲みたい時くらい、あるのかもしれない。
「……たまには遊びたいですもんね」
「そう……ね。間が悪いけど。少なくとも、半時間は来れないでしょうね」
それは困る。
「じゃあ……割と窮地に立っているのでは」
「ええ。騎士達にも犠牲を出して欲しくないけど……この警備をすり抜ける実力者だものね。一筋縄ではいかないかも」
どうしよう。翼を取りにいく猶予はあるだろうか。ロビーまで……すぐに動けば良かった。私の判断が遅過ぎた。
せめて翼があれば、皆を護れたのに。
「リリアナ。ロビーまで降りてもいいですか? 翼を取ってきたいんです」
「だめ。もう部屋から出ない方が良いわ。護衛を分散させる事にもなるからね。心細いだろうけど、我慢して頂戴」
こういう時のリスク管理は、リリアナは前に出ない指揮を執る。
当然だろう。指揮官や重要人物が前に出過ぎると、真っ先に狙われて死んでしまうからだ。
「はい……それじゃ、敵が来たら、リリアナも私の後ろに下がってくださいね。絶対です」
この面々なら、私が皆の盾にならなければ。
リリアナを真ん中に、シロエとフィナは、リリアナを囲うように守るのが定石になる。
私が十分に戦えれば、それで問題ないのだけど。
私にも、盾になる人が欲しい。なぜならすでにもう、怖くて手が震えているから。
膝が震えていなくて、まだ良かった方だ。
(カミサマは……こんな状況で前に出て、敵を倒すというのだから)
どんな心臓をしていたのだろう。
――(おい。不可抗力で一人殺した)
――(えっ?)
――(先ほどの窓から落下するように着地したら、踏みつぶしてしもうた)
――(うわぁ……後で無事だったら、洗うの手伝ってあげる)
「リリアナ。五人のうち一人は、エイシアが間違って踏みつぶしたそうですよ」
「あら、助かるわね。もしかして、この窓の真下辺りかしら」
「そうらしいです」
「なら……屋敷には、堂々と一階から侵入しているかもね」
そう言われると、敵が下から徐々に迫って来るようで、一秒ごとに恐怖感が増していく。
「屋敷の中までは、さすがに入れませんよね?」
警備は、本当に厳重だ。配置された騎士に気付かれずに、どの部屋にも入ることは出来ない。
「さぁ。もしも相手が本物の暗殺者なら、案外すぐ近くに、もう来ているかもしれないわよ。エラ、覚悟を決めなさい」
リリアナにそう言われて、否応なしに剣を抜いた。
臨戦態勢だけは、取っておかないと落ち着かない。
白く光る刀身が、ろうそくや暖炉の火では届かない所までを、淡く照らす。
――それが新しく生んだ影に、最初に違和感を覚えたのは私だった。
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*作品タイトル&リンク
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』
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