第五章 一、エラ・ファルミノ(四)―悪女の素質―
第五章 一、エラ・ファルミノ(四)―悪女の素質―
私は今、とっても考えているのだけど……そんなに賢い頭は持ち合わせていないみたい。
心の修行。
……心の修行。
その言葉を何度繰り返しても、何も思いつかなかった。
リリアナはまだ、迎えに来てくれないのかなと思いながら。そろそろおなかも減ってきた。
反省しなさいと置いていかれてから、二時間くらいは経ってるのに。
「皆の愛情を疑うわけではないつもりだけど……自分に自信がないから、不安になっちゃうのよね……」
それに、昔のあの家では愛情を与えられたことなど、無かったのだから。
だから、与えられると……喜びと一緒に恐ろしくなる。
――幻なのではないか、すぐに消えてしまうのではないか、って。
甘い記憶の後の虐待ほど、辛い時間は無かったから。
カミサマも、同じ感じだったからとても共感した。同じ不安を抱えていて、同じように苦悩していたから……本当に寄り添い合えると思った。
それに、カミサマを盾に、後ろから応援している分にはとても気が楽だった。
「あの人達なら、きっと大丈夫ですよ。信じてみませんか?」
聞こえていないのは分かっていたけど、一生懸命伝えていた。
人にはそう言っておいて、いざ自分が無償の愛をもらうと……こんなに怖いものなんだって、初めて分かった。
「ほんとに、何も対価を払えない私なんかが、愛情を頂いても良いのですか?」
こんなことをリリアナやシロエに言ったら、きっとまた叱られてしまう。
カミサマも、同じようなことを何度も繰り返していた。
私はそれを見ながら、愛情で叱られるのって、ちょっと嬉しいんだなって思っていた。
でも……実際に怒られると、ほんとに凹んでしまう。
どうしたら許してもらえるだろう。って、真剣に考えて……分からないから、ただ、ごめんなさいと言うことしか思いつかない。
胸の中にあるもどかしさを、うまく伝えられない。
「たくさん甘えたい……」
でもそれは、反省したことにならない。
結局……自分が甘えたいということしか、分からない。
それを素直に言って、嫌われてしまったらどうしようかと、自分のことばかりが気になってしまう。
「こんなにわがままな子だと知られたら、本当に……嫌われてしまうかもしれないよね」
……おかしな考えを持ってしまった。
嫌われてしまうかも。なんて言葉は、わがままでも愛してもらえるかもと、思い上がってるから言えるんだ。
「ううん……それでも、愛していてほしい」
リリアナ……シロエ……。魅了なんて、掛かっていませんように。
作り物の愛情なんて、ほしくない。
愛してくれるなら、本当の愛情がほしい。
――カミサマの記憶に、魅了を解除する方法とかないのかな。
カミサマの世界は、どんなところだったんだろう。
あれだけ戦える人だから、きっと危険な所に違いないけれど。
それに比べて、私は……。
ううん。だめね。こんな事じゃ。
「あっ、そうだ」
とても良いコトを思い付いた。
嫌な部分は、全部エイシアにぶつければいいんだ。
あんなにイジワルをするのだから、私も少しくらい、ひどいことをしても良いわよね。
――そうねぇ。
泣き言とか、言うだけ言ってスッキリしそうなこと全部、あいつに聞かせよう。そうすれば、皆にはいい子でいられる気がする。
――名案すぎる!
私って、けっこう賢いかもしれない。
これだけのことでも、なんだか気分が軽くなっちゃった。
**
……さっきみたいに、何か思いつかないかな。
カミサマの記憶は、まるで意図的に切り取られたみたいに断片的で、辿るだけならものすごく簡単だ。
――どうせなら、カミサマの辛い記憶も切り取って差し上げたら、よかったでしょうに。
これをした人は、エイシアよりも意地悪で、まるで人の心がないような、冷徹なんだろうと思う。
『――活性の拍手』
突然頭に浮かんだ言葉は、最初は意味が分からなかった。
「カッセイ……の、カシワデ?」
けれど、次第にその意味が、じわりと染み込むように頭に入ってきた。
――払うという意識を込めて、大きく手を鳴らす……。
おまじないみたいなものかしら。
「ええっと、手を合わせて……少しずらして?」
……はらう、払う。
(二人の魅了を払ってください。お願いします)
それから、意識と気合を込めて……打つのね。
――パンッ!
「ひゃっ!」
『きゃっ』
声が出たのは、意外なほど大きな音が鳴ったから。
でも……出してしまった悲鳴は、私だけのものじゃなかった。
「そこに誰か、居るんですか?」
**
ギィ。と、扉が開いて入って来たのは、リリアナとシロエだった。
服が少し、よれっとしている。もしかして、つかみ合いのケンカでもしたのだろうか。
「お二人とも……」
二人が入ろうとした所を驚かせたのかなと、謝ろうとしたけれど……もしかすると、思考から時折漏れていたひとり言を、二人はしばらく聞いていたのかもしれない。
そう思って、先に話してもらおうと口をつぐんだ。
「……あーっと、今その、扉を開けようと思ったら、音にびっくりしちゃって」
気まずそうな顔のリリアナを見てすぐに、後者だと分かった。
だから私は、聞かれたことを少しだけ非難することにした。
「リリアナ。シロエ? 私のひとり言……聞いていたんじゃ……」
少し悲しそうな表情を作って、二人を交互に見た。
私は座っているから、上目遣いでじっ、と。
「えーと、その、何か考え中なら、もう少し待っていようかなって。ねぇ、シロエ」
「えっ? えぇ。そうなんです。なんだか、もう少しお待ちした方がいいかなぁ。って」
正解だった。
これで、さっき叱られた分はもう許してもらえるだろう。という、打算が頭を巡る。
「どのあたりから、聞いていたんですか?」
扉越しではそんなにはっきりと聞こえないだろうけど、そこは普通に気になった。
リリアナは、私から目を逸らしながら白状した。
「たくさん甘えたい、とか」
シロエも、私がじっと見つめると目を逸らす。
「愛していてほしい……とか」
思っているよりも、はっきりと聞かれている。
「なんでそんなにハッキリ聞こえるんですか。それに、けっこう前からですよね?」
ほとんど最初からだ。扉越しとは思えないほどに、言葉もしっかり聞かれている。
「その、この扉は薄いのよ。私が机に座ったままで人を呼ぶものだから、聞こえやすいように……重い扉を取り替えたの」
言われてみれば、扉の音は軽かったなと思った。
「エラ様、その、私はさきほど、本当に取り返しのつかない事を致しまして、本当に……」
シロエは突然、頭を深く下げて謝ろうとした。黒いメイド服のフレアスカートが、ぎゅっとしわになる程にきつく手をにぎっている。
キスのことだとすぐに分かった私は、それを止めた。
「謝らないでシロエ!」
びくっと跳ねたシロエは、恐る恐る顔を上げる。
「あの、それについては私も、皆の……リリアナとシロエの愛情を疑うような言い方になってしまったから。私もごめんなさい」
カミサマのことを思い出しながら、見ている側としてはもどかしかったから。
私の自己否定的な言動も、きっともどかしくて、怒らせてしまっただろうから。
それが分かったから、私から謝りたかった。
「エラ様……」
シロエは、涙をこらえることなく、ぽたぽたと厚手の絨毯に染みを作っている。
「変な事は致しませんから、抱きしめてもよろしいでしょうか」
涙声で、実は聞き取りにくかったけれど。
「うん。私も、抱きしめてほしいです」
これは打算ではなくて、本心だった。
――たくさん甘えたい。
今までみたいに、愛されたい。
魅了さえなければ、心の底から喜べるのに――。
そう思って胸が少し、チクリとしたけれど。
シロエの抱擁は、愛情いっぱいに感じるものだった。
「エラ。私も、シロエに怒っておきながら、同じ事をしてごめんなさい。私も――」
「――リリアナも、抱きしめてくれますか?」
リリアナの言葉を待ちきれずに、私からお願いをした。
それを心底喜んでくれたみたいで、両手で口元を押さえて涙をこらえてから、私をシロエごと抱きしめてくれた。
「……これからも、たくさん愛してくれますか?」
二人はもう、声にならないのか……静かに、何度も大きく頷いてくれた。
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