第五章 一、エラ・ファルミノ(三)―乙女の養成―
第五章 一、エラ・ファルミノ(三)―乙女の養成―
(あれは……キス――よね)
一人残された執務室で、しばらく放心していた。
髪はもう、光が収まっている。
反省してなさいと言われたけれど、一体何を反省するべきだったのか、どうにも思い出せない。
(それよりも……キスって、あれでしょう?)
愛し合う二人が、するものよね……。
貴族教育の、座学でも性の教育は受けた。カミサマは感情が無いのかと言うくらい普通にしていたけど、私はドキドキして聞いていた。
もっとその先の……夫婦の営みについても――。
でもそれは、許嫁が出来ても、婚約の後でも、結婚するまでは上手く躱せという教えも一緒に。
そしてキスは――状況によって使い分けなさい――と、先生から教わっていた。
(私とシロエは……女同士よね)
(私とリリアナも……女同士よね)
カミサマの記憶には欠けているものが多くて、今のこの、肝心なことが分からない。
(今回のことは、どう考えればいいの?)
女同士でも、愛し合うものなのか。
でも、私は二人のことは好きだと言っても、男女の関係のような感情ではない。
尊敬や恩、あこがれもあるだろうか。
大好きで大切な存在だし、護られるばかりではなく、護れるようになりたい。
シロエやリリアナは、庇護の気持ちが強いのだと思っていた。
それとも、やっぱり魅了の影響を受けていて、過度な愛情を発現させてしまったのだろうか。
けれどこれは、本人に聞いたところで、魅了を受けているのかどうかの自覚さえないようだから……確認のしようが無い。これが一番もどかしい。
――(エイシア! エイシア!)
さっきは勝手に口を挟んできたのだから、どこかで聞いていたはず。
あの子なら記憶の網とやらで、色々と知っているかもしれない。
――(うるさいぞ)
――(聞いてたわよね? さっきのことは、どう考えたらいいの?)
――(何の事だ)
――(知らないふりをする気?)
――(何を聞きたいのか分からぬが)
――(キスよ! キス! されたの!)
――(貴様が愚かすぎて、愛情とやらを示したくなったのだろう。それがどうした)
――(だから……女同士なのよ? 魅了の影響を受けているかどうか、確認する方法はないの?)
――(あれば良いのだろうがなぁ)
――(どっちなのよ)
――(ふむ……人魔の魅了は厄介でな。先ずは初対面でそれなりの好感を持つ。……だが、貴様ら人魔の容姿に魅かれたのか、魅了の力なのかさえ分からぬのだ)
エイシアは、念話でも分かるほどに、かなり真剣に話してくれている。
まるで、遠い記憶を呼び覚ましながら、ゆっくりと確認するように。
――(その後は、徐々に浸透してゆく。……人魔も違和感を覚えぬほど。受けた本人らも同じく、だ)
――(でもさっきみたいに、女同士でキスをすれば、さすがに気付くわよね?)
私にとっては、衝撃だったのだから。
――(さて。人間どもの性癖までは把握しておらぬ。それが魅了のせいなのか、本人の性質なのか、誰にも分からぬ事よ。どうでも良かろう、そんな事)
どうでもいいわけがない。
魅了のせいなら、何か対策を考えなければ。
エイシアが言っていた滅びの道を進むことは、避けたいのだから。
――(今、真剣に考えてくれてたんじゃないの? もっと教えなさいよ! 私達は同じ魔のつく者なんでしょう?)
――(ハァ……。元は、嫌われる心配をしておったのだろう? 好かれているのだから、良かったではないか)
――(単純に、そんな風に割り切れないから悩んでるのよ! 私、半時間もずっと放心していたのよ?)
――(これまでの人魔どもは、基本的に男に殺されておったな。嫉妬に狂った男に。雌の人魔はもちろんだが、雄の人魔も、伴侶や恋仲の雌を奪われたという男からだな。いつも殺し合いを始めるのだ。貴様らは同族を魅了するものだから、そうなるのだろうがなァ。滑稽なことよ)
――(なにそれ。それじゃ、あなたは自分の種族には使っていないということ?)
――(そもそも、だ。誰彼となしに力を振り撒いている事が、狂っておるのだ)
――(私は使っているつもりなんて、ないのだけど。使えば熱がこもるから、分かるわ)
そのはず……それで間違いはないはず。
魔力みたいなものが体の中を流れていて、目に集中した時に……。それが、力を使った時の感触だったのだから。
――(それは、集中した時の力であろう?)
――(……どういうこと?)
この先を聞くと、自分が嫌いになるかもしれない。
でも、聞いておかなくては、絶対に後悔する。
――(聞きたくなさそうではないか。貴様の直感通りに、聞かぬ方が良いやもしれぬぞ?)
――(もったいぶらないで)
――(フッフ……。クフフフフ)
嘲るような、見下している笑い声。
――(……人間みたいに笑うのね)
――(貴様の魅了の力は、まるで下の世話を放棄したかのように、お漏らしをしておるわ)
――(そんな……)
――(貴様のゴーストが……滲んでいた時は、そうでも無かったがな。それでも、少しは染み出ていた。だが……今は、どうだ? 人間どもに、抗う術はないだろうなぁ?)
それが本当だとしたら……私は……。
――(エイシア。お願い)
――(我に、お願いだと?)
――(うん。……制御方法を教えて)
――(嫌だ。……と、言ったら?)
――(…………逆らえなくしてやる)
――(クハハハハハハ! 野蛮で愚か、浅慮で無謀。貴様が我を、どうしてやると?)
こいつは……魅了が掛かっていて、私に従ったはずなのに。
――(いいから教えなさいよ! 無理矢理に従えさせたり、したくはないの)
もしかして、魅了に掛かったフリをしていた?
魅了とは……なんて不確かで、扱いづらい力なのだろうか。
――(……愚か者よ。貴様が感情を揺さぶられれば、比例して力が漏れるのだ。気付いておらぬのか? 見事に青く光る、その髪に)
そう言われて、自分の髪がはっきりと青く光っていることに、今、違和感を覚えた。
視界には入っていたはずなのに、光ったことを何とも思っていなかったのだ。
――(なん……で?)
――(聡い我は、説明よりも手早い事をしたのだ。剥き出しの感情は、そのまま力を剥き出しているにほかならぬとな)
これって……弄ばれた?
――(感情さえ落ち着いていれば、大丈夫ということ? それとも、漏れ出ているの?)
――(……ふむ…………。どうだろうな。魔力の扱いは、今の方が優れて見えるが?)
――(もったいぶらないで! 私に分かるように教えて!)
――(少々からかいが過ぎたか。だが、その程度では貴様が困る事になろう。まずは落ち着いてみせよ。小娘)
――(……何よ。偉そうに……)
信じていいのだろうか。こいつは……やっぱり油断ならない。
でも今は、ダメで元々のつもりでも、何か取っ掛かりが欲しい。言うことを聞いてみるしかない。
――(そうだ、そうだ。上手に出来ておるぞ。髪も元通りではないか)
――(できた?)
――(元より、貴様で遊んでやっただけだ。貴様は、記憶の網にある人魔とは、どうにも違う。それを確認してやったとも言うが)
――(タチの悪いことをしないで! 本気になった私が、バカみたいじゃない……)
悔しい。恥ずかしい。
こいつはやっぱり、意地悪をするのだ。
今回は、まんまとそれにやられたのか、それとも本当に……。
いや、あまり疑っていると、頭がおかしくなってしまう。
――(ねぇ、それじゃあシロエのあの……キスは? リリアナは? そういう性癖だっていうことなの?)
それはそれで……話がややこしい。
けれど、その方がまだましなのかもしれない。
(ううん……どちらが良いのか、本当にわかんない)
――(性癖など、本人どもに確かめろ。我が知るわけがなかろう)
くだらない話を蒸し返すなと、そう言っているかのような、面倒臭そうな声。
――(偉そう。偉そう過ぎる。ねぇ、ガラディオも見ていたのよ? 私の……キスを。恥ずかしくてもう、まとに話せなくなりそう)
――(小娘のくせに、発情しておるのか? 念話で痴情の話などしてくれるな。しばらく貴様からの念話は遮断しておく。気色が悪い)
――(ちょっと!)
発情なんて、していないのだけど。
念話の遮断……エイシアは、私の知らないことを色々と知っている。
そうしたことも、これから全部聞き出していかなくてはいけない。
今出来ること、持っている力についても、考えていきたいのに。
エイシアは、やっぱり一筋縄ではいかない。
(結局、頭を混乱させられただけのような気もするし)
リリアナに言われた反省すべきことは、もはや何なのか、分からなくなってしまった。
それよりも……。
今の話を、全て信用できるものとして、整理しなくては。
――魅了の力は、普段は漏れていないと考えると……髪が光ったのは何回?
王都で一度、ファルミノに来る頃には徐々に戻って……この時が一番長く光っていたわね。
後は、さっきの会議中と、今の二回だけよね。
ということは、キスされたのは私の力のせい……よね。エイシアに滅びの原因だと言われて髪が光って、それからあんなことになったのだから。
なら、とりあえず私は、感情的にならなければ魅了は使っていないと考えても、良さそうね。
エイシア……まるで、わざと私を揺さぶっていたみたい。
許せない……。
――けれど。
言葉で説明されるよりも、実際にそうなってしまったからこそ、問題がありありと浮かび上がった。
――自覚した。
……ううん。させられた……。
もしくは……ありえないと思いたいけど、させてくれた?
(心を強く持たなくちゃ、皆を護るどころじゃなくなっちゃう。あいつに遊ばれるのも、腹が立つし……)
そうと決まれば、私は――。
心の修行だ。
(カミサマの後ろでずっと、指をくわえて見ていただけだった分を、取り戻さなくちゃ)
……修行って、何をすればいいのかしら。
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*作品タイトル&リンク
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




