第五章 一、エラ・ファルミノ(二)―幼きがゆえに―
第五章 一、エラ・ファルミノ(二)―幼きがゆえに―
執務室での会議は、私の決断というか、了承を取ったことで終わった。それなのに私は、お開きにしようかという所で、ふとした思い付きを言ってしまった。
「そういえば、リリアナ……。王都に行って、敵対する人達を皆、私の力で魅了してしまうのはどうでしょう。そうしたら、争ったりしなくてよくなるかも……」
自分の力の強大さよりも、便利そうな面だけを見て口を滑らせた。自戒しているつもりが、大きな問題に直面しただけで、理解の薄い力に頼ろうとしたのだ。
「……それは……そんなことが可能なの?」
リリアナの危惧は、魅了の力を疑うのではなく、その先のことを考慮してだろう。
私も、口にした直後に馬鹿を言ったと、反省した。
「……すみません。どうなるのか分からないのに、変なことを言いました」
――(やめておけ。未熟者)
エイシアの声が突然、頭に響く。
――(急にびっくりするじゃない。ていうか、どこで聞いているのよ)
――(そんな事はどうでも良い。それよりも、浅慮な事をしようとするな)
――(言った後で思ったわよ……。皆魅了しちゃえば、襲われなくなるかなって、ふと思っただけよ)
――(だろうがな。だが魅了された者は、その主のためにしか動かなくなる。それでは国が傾く)
――(……民のためには、何も考えない?)
――(浅はかな人間どもの事など知らぬ)
――(なによ。ちゃんと教えなさいよ)
――(……が。ほとんどが魅了によって滅んだ。それが全てであろう)
――(滅ぶって、国が?)
――(国も滅んだ。人魔も滅んだ。形は違っても、人魔の居る所に安寧はなかった)
「待って! それじゃあ私がここに居たら、皆滅んでしまうってことじゃない!」
私はエイシアの言葉に、念話ではなく、感情と声で反応してしまった。
私がここに居てはいけない。そう思った途端に、私の銀髪はまた、青白く光を帯びた。このせいで私はお義父様と……急に引き離されたのに、また……。
「エラ? 何よ急に叫んで……それに髪が。一体どうしたの?」
リリアナは驚きつつも、少しだけ首を傾げながら、冷静に私の様子を伺っている。
「あっ……。っその、実は……私とエイシアは、念話で……頭の中だけで会話できるんです。あと……エイシアも魅了が使えます」
――(貴様! こうも容易く他言するか!)
収まっていたというのに、また髪が光ってしまった。それもこれも、エイシアのせいだ。
こいつが私を、困らせるから。
……もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
――(お前のせいだもの! それにナイショだなんて、言われてないわ。そもそも……リリアナにずっと黙ってるなんて、私には無理よ)
――(どうなっても、我は知らぬぞ)
「どういうこと?」
リリアナは怪訝な顔で私を見ている。
気が触れたとでも、思われただろうか。二人同時に会話なんて出来ないから、間を置き過ぎて微妙な雰囲気にもなっている。
エイシアもこんな態度で、もう本当に……嫌になる。
「……その、頭がおかしくなったわけでは、ありませんよ? しばらく前から、エイシアが頭の中に直接話しかけてきて……そういえば、あの黒いトラも、カタコトで酷い雑音交じりでしたが、話しかけてきました」
なぜ、今まで黙っていたのだろう。
こんなに、後ろめたい気持ちになるというのに。
「どうして今まで言わなかったの? 大事な事でしょう?」
リリアナは半信半疑に見える。でもそれよりも、私が重大な報告をしなかったことに、怒っている。
「すみません。なぜか……自分でも、分かりません。でもきっと……変な力を持つ子は、側に置いてもらえなくなるのではと……怖かったのかもしれません」
目に見えないことは、信じてもらいにくい。その上に、ただでさえ古代種という忌避されるような存在なのだから。
今回も、古代種……エイシアの言う人魔であることが元凶で、皆の迷惑になっている。
「そんな事で、黙っているなんて」
リリアナの、冷たい言葉。
「……すみません」
ただ謝るしかできない。
それを追い打つように、ガラディオも正面から言葉をぶつけてきた。
「本当に、度し難い馬鹿だな。お前は」
「……そんなに……言わなく……ても」
最後は、言葉がほとんど出なかった。
「エラ様。私も本当に呆れてしまいます。でも、私は最後まで甘やかしますけれどね」
シロエはそう言うと側に来て、ソファで俯いている私の隣に座った。
そして、体をぎゅっと、抱きしめてくれた。
「エラ様。お二人がエラ様を責めているのは、報告しなかったからではありませんよ」
シロエは静かに、諭すように、ゆっくりと耳元でささやいた。
「シロエ! それはズルいわよ! 自分だけいいとこ持っていくなんて!」
「ああ、今のはさすがに酷いな。そこはお前もこっちに乗っておいて、最後に皆でネタバラシする所だろう? 腹黒い女め」
よく分からないけれど、リリアナとガラディオは急に、シロエを非難し始めた。
「そんな事仰いますけど、エラ様がもう、見ていられないくらい悲しんでおられたじゃないですか! 私は、エラ様をここまで追い詰めたいなんて思いません。いいとこ取りなんかじゃありませんよ、まったく……。お可哀想に」
シロエはそう言うと、さらに強く、私を抱きしめた。
話の流れについていけないので、私にはただ、シロエの優しい態度に甘えられるのが、救いだった。
けれど私は、ともすれば気が触れたような事を言った上に、大事なことを報告せずに……そう、隠し事をしていたのだ。何よりも……妙な力に光る髪。私みたいな人間なんて、この上なくやっかいな拾い物としか思えない。
「……いいんです。邪魔になったら、捨てるなり殺すなり……してくださいね? 私など……」
普段から甘えるばかりで、居ない方が、良かったかもしれない。あの時に、死んでいた方が。
「エラ様……。そればかりは、聞き捨てなりません」
その言葉は、今まで聞いたことの無い冷たさだった。すぐ隣で、優しかったはずのシロエが発したとは思えないほどの。
「エラ様を想うがゆえと、お許しください。エラ様、シロエの目を見てください。私はエラ様を邪険にしていますか? 無下にしてやろうと蔑んでいますか?」
真っすぐに私を見つめるブラウンの瞳は、とても澄んで見える。
私の勘違いでなければ、愛情も……感じるような気がする。
「お答えください」
シロエは、珍しく眉間にしわを寄せて、口元をきゅっと閉じている。
「……怒って、いるように思います」
「そうです。なぜ怒っているんでしょうね。寂しがり屋さんで、甘やかすと喜んでくれるエラ様を、こよなく愛している私がですよ?」
「……分かりません」
私が分からないと言うと、その瞳は潤んでしまった。
「お分かりにならないのですか? あぁ、まだまだ愛情が足りていないのですね」
半分、泣き声になっていた。
「しょうがありません。もっともっと、私の愛をお見せしないと分からないと言ったのは、エラ様ですからね。後悔しても知りませんよ」
「あの……言っている意味が……」
そこに、リリアナが「そこまでよ」と言った。
「もう。シロエのせいで滅茶苦茶よ。そのまま放っておいたら、キスでもしそうな勢いだし。止めさせてもらったわ」
半ば呆れた声で、やれやれ、と肩をすくめている。
「シロエがぜ~んぶ言っちゃう前に、私が言うわ。エラ! 私達が怒ったり呆れたりしているのは、未だに嫌われちゃうだとか捨ててくださいとか、そういうつまんないことしか思い付かない、おバカさんの思考パターンに対してよ!」
少し早口で、息を荒げて話すリリアナは珍しいなと、私はなぜか、そんなことが気になっていた。
「な~にをポカンとした顔をしているのよ。ちょっと腹が立って来たわね。いい? あなたはユヅキと……あなたの言うカミサマと記憶を共有しているんでしょう? ずっと一緒に感じて来たんでしょう? それならねぇ、もういい加減、愛が深くしみ込んでてもいいじゃないのよ?」
その言葉は、捨ててやると言われるよりも、胸に突き刺さった。
申し訳なくなってリリアナから目を逸らし、その視線の先にいたガラディオにも、しかめっ面で首を振られた。
「そりゃあないぜ、お嬢ちゃんよ」
昔の呼び方だ。名前ではなくて、「お嬢ちゃん」と。それだけ怒っているのだろう。
そういえば、彼には私が複雑な状態であると、言っていなかったけれど。本質を見る人だから、何かは感じ取っていたのかもしれない。
「エラ様は怒られても、仕方がありませんよ」
隣のシロエも、私を抱きしめて頬ずりをしながら、でもやっぱり、怒っているようだった。
そのうらはらな言動からは、気のせいでなければ……。
――大事だからこそ、腹が立つのだ。
そう言われているように感じた。
「いいんでしょうか……私は、カミサマみたいに戦えません。剣術が……使えなくなっているんです。ガラディオにはもう、バレているでしょう? その上、効果の分からない力と、勝手に光ってしまう髪に……心も不安定で――」
やっぱり、私など。
そう言いかけたところを、塞がれてしまった。
「――っ」
私は、息も声も、出せなかった。
「あっ。あぁ~~~~!」
リリアナが大声を出して、ガラディオは呆れている。
「シロエ、お前……」
……ぷはッ。と息を吐いたシロエの、勝ち誇ったような顔。
くちびるに残る、柔らかな感触。
「私にしか出来ないことですから」
「あなたしかしないのよ! そんな事! しんじらんない!」
どん! と、リリアナは拳を、執務机に叩きつけた。
「痛った……。はぁ……本気で許さないんだから」
そう言うと彼女は席を立ち、つかつかと踵を鳴らしてこちらに来ると、シロエを引き剥がした。
そして私のくちびるをハンカチでこしこしと拭き、それから――。
「んんっ!」
まさかの予想外だったので、私はリリアナにも、同じことを許してしまった。
……はぁっ。と、リリアナも息を漏らした。
一体、何をされているのだろう。私は……。
正面に座っているガラディオは、存外にこちらをまじまじと見ながらも、心底呆れたようにこう言った。
「お前もかよ……」
ただ、顔が少し赤いように見えた。
「うるさい。もう話が滅茶苦茶よ! 一旦休憩!」
リリアナは怒りを抑えずにそう言うと、シロエの腕を掴んで引き摺るように連れて行く。
「私は下心ではなく、エラ様に愛情を――」
「――エラ。あなたはそこで一人、反省してなさい。いいわね」
何を反省すべきなのか、今は頭が真っ白で分からないけれど。
でも、これ以上怒られたくない一心で、こくこく、こくこくと、頷くことで返事をした。
それを見届けると、リリアナはシロエを引っ張るようにして、部屋から出て行った。
「あなたのは下心も交じっているでしょうが!」
「はぁ……俺はもう訓練に戻るぞ」
呆れたままのガラディオは、茶番には付き合いきれんという態度で出て行った。
ギィ。と閉じられた、扉の音の後。
あまりの出来事に放心してしまったせいか、静寂がむしろ、耳にうるさかった。
シロエに抱きしめられた体の、少し寂しいと感じる余韻と……。
二人にされたことの、くちびるの感触が思いのほか、長く残っていた。
………………どのくらい経ったのだろう。
反省しなければいけないのは、何だったかなと思い始めたのは、半時間も過ぎた後だった。
その間私はソファでずっと固まって、皆が出て行った扉をじっと……。
じっと見つめていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!
サブタイトルは『幼き人魔がゆえに』が本来ですが、名詞である「人魔」が省略されて『幼きがゆえに』となっています。
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「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
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*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




