第五章 一、エラ・ファルミノ
第五章 一、エラ・ファルミノ
リリアナの執務室には、すでにシロエとガラディオも待っていた。
紺のゴシックドレスが地味に見えないのは、リリアナの魅力だろう。シロエの黒メイド服は、特注だから生地が滑らかなのが分かる。ガラディオは……訓練でもしていたのだろう。サイズを合わせてもミチミチと、窮屈そうな革の胸当てが可哀想に感じる。
昼下がりは、本当なら皆それぞれの仕事をこなしている時間だ。
それがこうして集まっているというのは、それなりに重要な事を伝えるためだろう。
向かい合ったソファの、私の正面にガラディオ、その横にある仕事机にリリアナが居て、隣にシロエが立っている。という形が、定位置になりつつある。
議題は予想通り、『エイシアを街のマスコットにして受け入れてもらう』という話だった。
先ずは、エイシアという巨大な獣に対して、人々の恐怖心を無くしてもらうこと。
その獣を従えられるのは、古代種の私であるという刷り込みをすること。
それによって、古代種に対する忌避、差別の感情を無くしていく狙いがある。
第一の目標が、これだった。
銀髪赤目の古代種は、その昔に兵器としての利用価値があったせいで、どのように曲解されたのか戦犯扱いされた時期があった。
その名残が強く、国としてそれを否定し、尚且つ差別的な言動には処罰も課しているにも拘わらず、無くならない。
私もそのせいか、両親からは手酷い虐待を受けていた。
「エイシアとエラの、二人一組のマスコット計画よ。絶対に成功させてやるんだから」
リリアナの意気込みは本気だ。
私の髪が青白く光ってしまったせいで、王都に居ては危険だからと、ファルミノの街に逃げて来た。
王子の中に、差別主義者が居るせいだ。それは、九番目の王子だということはすでに分かっている。
ただ、他にも居るかもしれなくて、「第九王子にだけ対処を絞ると、エラがこの先も安心出来るかが分からない」と言って、リリアナは割と壮大な計画を立てることにしたようだった。
そして、私の安全ためにリリアナが考えているのは、第二の目標だ。
「エイシアの件が上手くいけば、王位継承に名乗りをあげる」
と言うのだ。
エイシアは、直径二十センチはある鉄柱を、その爪で数本まとめて切り裂く事も出来る。
この尋常では無い強さの獣を、従えさせた功績を手土産のひとつとして堂々と、王都に戻ってやるということらしい。
それというのも、ついこの間、王都は獣の部隊に攻め込まれたのだ。
千は下らない、尋常では無い数のオオカミとクマの群れ。それぞれ皆、数メートルはあった。特に大きなクマは、三階建ての建物ほどに巨大だった。
その獣達を指揮していたのが、巨大にして狡猾な黒いトラで、王都に直接損害も出ている。
まさか獣が大部隊を組めるなどと、微塵も考えていなかった王都では、敗北の可能性まで意見として出ていた。
国の盾であり剣であるアドレー大公爵、私のお義父様も、下手を打ち続ければ負けるやも。と考えたほどの脅威だった。
その脅威をさえ、凌ぐ可能性を持つエイシア。人を容易く魅了してしまえる能力があるせいで、戦うまでもなく支配されかねないのだ。
あいつ――もとい、あの子を従えたとあれば、国を揺るがす力を持って、脅しに行くようなものだ。
「エラを傷つけようと……ましてや暗殺しようなんて。二度と考えられないくらいに脅してやる」
そう言ったリリアナの目は、本当に本気の気迫がこもっていた。
「お嬢様がこうなったら、もはや誰も止められませんからねぇ」
半ば諦めた様子のシロエは、少し引いているようだった。
私も同じ気持ちかもしれない。
嬉しさ半分。そこまでしなくても……という、恐ろしさ半分。
それは、ともすれば反逆の意図有りと、捉えられかねない。
第九王子は、必ずそこを突いてくるだろう。
でも、リリアナはすでに予測した上でのことだと、こう言った。
「私を溺愛しているお父様とお母様が、私を疑うはずがないから大丈夫よ」
「そこの根拠だけで、推し進めても良いのでしょうか……あまり、そういうのは分からないですけど」
私が心配することなんて、的外れかもしれないけれど。
「エラ様。国王様の、お嬢様への溺愛っぷりは確かにその通りなので、残念ながら大丈夫だと思いますよ」
シロエは、しれっと「残念」だと言った。
つまり、「国を統べる者としてよりも、リリアナへの親バカが先に出る人です」という意味なのだろう。信憑性は高そうだ。
ただ、それを聞いてガラディオは釘を刺した。
「その分、他の王子達からのやっかみが、面倒なんだよ。逆にそのせいで、無駄な苦労をしていると言ってもいい」
そう言われると、どうだったら良かったのか、私には分からなくなった。
ただ、今回は私のせいなのに、こんなに国をひっかき回してもいいのだろうかと、ますます不安になっていく。
「あのぅ……私が大人しくしていれば、それで済むのではないですか? リリアナも、王位継承問題に辟易していたと、そういう話だったじゃないですか」
私は渦中に居るのが不思議なくらい、平凡な……何もない娘だったはずだ。
でも、今は置かれた状況が違い過ぎて、もはや無関係ではないことも、頭の隅では分かっているつもり……ではあった。
「エラ。あなたはもう、厳冬将軍アドレーの子。つまり、次期大公爵なのよ?」
「あ……。はい」
「その立ち位置を揺るがしたい人間は、私が王位に就く事を邪魔したい人間よりも……」
「――よりも?」
「何十倍も多いの」
「…………えっ?」
普通は、王位継承問題が一番ドロドロとしているのでは。と思った。
カミサマからもらった記憶でも、そういう認識が普通だという知識が浮かんだ。
頭が、追い付かない。
「何だ。将軍から聞いていないのか?」
ガラディオは本当に不思議そうに、少し間の抜けた顔で私を見た。
「はい……。だって、アドレーとは国の盾であり、剣である。その威厳を継ぐのだ! としか……」
そう言うと、ガラディオは「あぁ」と、頷いた。
「確かに、将軍はやっかみなんて撥ね退けてしまえる人だったからなぁ。あの人にしか出来ない事だと思うが……エラは……威厳なぁ……?」
「ちょっと、失礼だと思う……」
言いたいことも分かるし、威厳がないのも……納得せざるを得ないけれど。
「そう言ったところで、実際のところはどうしようもない事実だ。今はな」
ガラディオは、遠慮を知らないデリカシー無し男なのだ。
それをフォローするように、リリアナは言い換えてくれた。
「まぁ……とにかく、大公爵の嫡子という、あなたの存在そのものが、もはや国を揺るがしているのよ。もっとも、その責任は大公爵……おじい様にあるけどね」
「おとう様に、ですか?」
リリアナにとっては祖父にあたり、私にはお義父様という関係が、難しい話をしているとこんがらがってしまいそうだ。
それが理由というわけではないけれど、何がどう絡まって、お義父様の責任いうことになるのか分からない。
私は意見を持つどころか、立場も何も理解出来ていないのだ。
「ええと、エラ様。普通は嫡子の問題で揉める事が分かっている家というのは、もっと早くに養子を取るなり再婚して子を儲けるなりするのが、普通というか。慣わしみたいなものなのです。国にとって重要な家柄の、責任問題ですから」
お義父様は、戦争で実子を亡くされている。
「そうなんだ……」
シロエは、私にも分かるように優しく説明してくれた。
「そ。だから、エラの責任ではないの。頑固じじいの融通の利かなさと、おばあ様への深い愛情が、問題をこじらせちゃったからねぇ。仕方がないと思って、誰も口を出さなかったんだけど。それが今になって、ものすごく浮き彫りになってしまったのよ」
この言葉で、リリアナは、お義父様を責めているわけではないと分かったのが、ほっとした。
そのお陰か、アドレー家は『無くなっても良いと考えていた』と、お義父様が言っていたのを私は思い出した。
それはきっと、色々と見て来た結果の、考え抜いた末のことだったのだろう。私はそう感じていたのだ。
頑固さだけで、愛情だけで、問題を置き去りにするような方ではない。決して。
国を想い、そのためには非情に徹するお方だ。自分の気持ちを優先するような、そんな生き方の出来る人ではない。
そうしてまで、国を、民を、誰にも負けないくらいに、想い続けてきた人なのだ。
「エラ……、大丈夫? 急にこんな事になって、困っているでしょうけど。一緒に頑張ってほしいの」
そうか、本題は、この私……だったのだ。
そのための、主要メンバーでの会議。
……いや、違うかもしれない。もう、もっと他の人達で考え抜いた結果を、私にも分かるように。そして優しく窘めるために、呼ばれたような気がする。
「大丈夫です」
私は、難しいことは何も分からないけれど、人の気持ちは……優しさには、敏感なのだと思う。
「後悔するかもしれないわよ」
リリアナは、私を巻き込まずに解決したいと、考えてでもいたのだろう。その碧い瞳には、後悔に似た悲しさが見える。
「リリアナ。私は、本当に大丈夫です。私一人では……どうすればいいのか分からないですけど。でも、皆が私のためにと動いてくれているのに、当の本人が動かないなんて、アドレーの名に恥じますから」
本音を言うと、リリアナや皆のために動きたいのだけど。
でも、この話は……複雑に絡み合って分かりにくいけれど、きっとリリアナのためにもなるはずだと、直感的にそう思った。
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*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




