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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第四章 六、幼子の心が晴れる時

  

 わたしは結局、リリアナを止めに行く事はしなかった。

 出来なかったのではない。

 ――しなかったのだ。


 幾百幾千の、積層のごとき苦しみは焦げ付いた怒りとなり、剥がれない憎しみとなった。

 その報いは、一度きりの死で(あがな)えるものではない。

 ましてや無抵抗の、か弱い幼子への救いのない暴力を、誰がどうして許そうか。


 リリアナは、わたしのように怒ってくれたのだ。

 正当な憎しみであると、認めてくれたのだ。

 わたしは……それに甘える事にした。

 自分で手を下すには、どうにも心が疲れ過ぎていたから。


 リリアナには、後でお詫びしなければ。

 余計な罪を、被ってもらった事を。

 そして――一生をかけて、お返しをしよう。



「エラ様……落ち着かれましたか?」

 ソファの上でシロエの膝枕を受けながら、ずっと頭を撫でてもらっていた。

 そうしてわたしの呼吸が静かになり、シロエも少し落ち着いたようだった。

「……はい」

 力が乗らない、弱い声。



「お茶を……お持ちしましょうか」

 そうすれば、もう少し落ち着くのではと考えたのだろう。

「ううん。ここに居て。このままお膝で、まだ甘えてたい」

「はい……こうしていますね」

 そしてシロエは、リリアナがわたしを拾った時の話を始めた。

 それは、わたしが深い苦しみを抱えていると、一目で見抜いていたという話だった。




 シロエには分かっていたらしい。

 最初から、わたしを拾った時の状態を見て、ほぼ全てを察していたという。

 それは、リリアナも同じだった。

 だから、リリアナがわたしを拾うと言った時に、実は嫌な顔をしてしまったのだそうだ。

 助かる可能性は低く、その体を見ただけで、これまでどんなに凄惨な人生を送ってきたのかが、分かってしまったから。

 そして、それを知ったとしても――何もしてあげられない。

 命が助かったとしても、普通に生きていくことさえ、出来るかどうかも分からない。

 そんな子を前にして、自分に一体、何が出来るだろう。少しでも幸せを感じてもらえるのだろうかと。

 それが恐ろしくて、拾ってほしくなかった。



 そう思ったのだということを、教えてくれた。

 ところが、看病を始めてからの毎日では心を打たれていたらしい。



 こんなに幼い子が、これほどの苦しみを刻んできたというのに、なぜこんなにひたむきで、素直で優しいのだろうかと。

 そして言葉は大人のようなのに、振舞いはやはりたどたどしい。

 それが容姿と妙に合っていて、まるで幼い天使のように思えた事。

 その真っ直ぐな在り方に、尊敬の念を抱かざるを得なかったと。


 ……それは丁度、カミサマが頑張ってくれていた時の事だけれども。

 彼のことを褒められるのは、とても誇らしくて……とても嬉しい。




「だから……あんなに良くしてくれたんですね。本当に、ありがとうございます」

「お礼を言うのは私の方です。エラ様」

「いいえ。あの時、シロエの献身がなければ、わたしは助からなかったかもしれません。ありがとうございます。本当に」

 カミサマでさえ、めげそうになっていたのだから。



 それを支えてくれたのは、やはりシロエだ。

 リリアナも、もちろんだけれど。忙しい彼女の代わりに、シロエが一手に引き受けて、ずっと細やかな看病をしてくれていた。

「今のわたしがあるのは、本当に……シロエとリリアナの二人のお陰です。今でさえ、ですけどね。早くお返しがしたいのに、ずっと甘えてばかりなのがもどかしいです」

 そう言って膝枕のまま、シロエを見上げた。

 まるで、拾われた頃のようなのではと、少し感慨深かった。



 そのシロエは微笑みながら、わたしを見つめている。

「……ずっと、見つめていたんですか?」

「ええ。私の愛おしいエラ様のお顔は、いつでも見ていたいですから」

「甘やかされて、ダメになってしまいそうです」



「少しくらい、甘えてなさい。エラは甘えるのが下手なんだから」

 急にリリアナの声が聞こえて、シロエもわたしもビクッと驚いた。

「お嬢様、扉の音をさせずに入ってこないでください」

「びっくりしました……」

 見上げると、リリアナは少し気が晴れたのか、いつものような笑顔でわたし達を交互に見ている。



「仲良しで、いいわねぇ」

 いや、やっぱりまだ怒っているかもしれない。

「あら、お嬢様もいたしましょうか? 膝枕」

 シロエはまるでいつものように、リリアナを軽く(あお)った。

「私がエラにしてあげたいのだけど」

 リリアナも、さっきまでの空気はどこへいったのか、普段通りのようにシロエに返す。



「リリアナ……」

 何かを言おうとして、でもそれは野暮(やぼ)なことなのだろうと思い、わたしは甘えることにした。

「なぁに?」

「リリアナも、わたしに膝枕してください」

 ちょうど頭の位置に居る彼女には、上目遣いになった。



「まあ。いいわよいいわよ。ちゃんと甘えられるなんて、えらいわねぇ。シロエはそこをどきなさい。お茶を淹れてもらおうかしら」

 甘えたのが良かったのか、彼女は上機嫌な声でそう言った。

「はいはい。お嬢様に少しだけお譲りします。でも、戻ったら私の番ですから」

 シロエは反抗的ながらも、居場所は素直に譲って行った。



「フフ。こうしてあなたを膝枕出来るなんて、滅多にない事だもの」

 そう言われてみると、膝枕はあまりなかったのかもしれない。抱き付かれることが多くて、わたしはそれで満足していたけれど。

「これって、意識してしまうとなんだか恥ずかしいですね……」

 人のふとももに、触れるどころか頭を乗せるのは、気を許していなければ出来ないことだなと改めて実感した。



「照れなくてもいいじゃない。私はいつでも、こうしてエラを甘やかしたいのよ?」

 そう。甘えている感が、ものすごく強いのだ。

「い、言わないでください……」

 なおさら恥ずかしくなってしまった。

 けれどうらはらにも、こうしていることが心地良くて、気持ちが穏やかになる。

 そうこうしている内に、シロエが戻ってきた。



「次はまた、私の番ですからねっ」

 お茶はいつも通りに淹れてくれたけど、早々にリリアナの袖をつまんで交代を要求している。

「しょうがないわねぇ。でも、それだとエラがお茶を飲めないから、後でね」

 シロエはブラウンの瞳をひときわ大きく見開いて、そしてシュンとなって諦めた。

 でも、わたしの隣には座った。三人掛けのソファに、わたしを挟んで横並びになっている。



「さぁ、エラも一緒に頂きましょ。シロエが淹れるお茶は、ほんとに美味しいもの」

「はい。それは間違いありませんね」

 シロエは意外なタイミングで褒められたので、頬を赤らめて照れている。

 三人横並びでお茶を飲む画は滑稽だろう。でもそれは、わたし達にとっては特別に幸せな時間だ。

 だからもう、聞かなくても大丈夫だと思えたことだけれど、それでも二人に聞いた。

 聞きたくても聞けなかった時とは違う。

 聞きたくて聞くのだ。



「わたしは……わたしのままでも、いいんですよね」

 二人は、わたしが問うとほぼ同時にカップを置いた。つられるようにしてわたしも置くと、リリアナとシロエはわたしの手をそれぞれに取った。

 二人に挟まれているので、両手が奪われた状態になる。

「当然よ」

「当然です」

 二人は詰め寄るように顔を寄せると、わたしの頬にキスをした。



「ふぇっ?」

 まさか、二人にキスをされるとは思わなかったので、気の抜けた変な声が出てしまった。

「ふえっ、じゃないわよ。あなたは甘え下手なだけでなくて、愛されてる自覚が足りないところもユヅキにそっくりなのね」

「そうですよ。以前は彼に配慮して色々気にしておこうと、思い(とど)まっていたところもありましたけど、これからは遠慮しませんから」

「ええっ?」

『覚悟――』

「――しなさい」

「――なさってくださいね」



 わたしは突然の事に、頭が真っ白になった。

 でも、幸せなままでいられるのだと、それだけは分かった。

 頬に残る柔らかい感触も、手に伝わる二人の温もりも、わたしを見てくれる真っ直ぐな瞳も……すべてに、愛が込められている。

 今はそれが、はっきりと分かる。



「――ありがとう……ございます」

 わたしの心は……それだけではなくて、カミサマの心も……。

 ほどけたように思う。

 それはやっぱり時間の積み重ねで、ゆっくりとほどけてきていたのだ。

 この二人の愛と、お義父様と、フィナもアメリアも、ガラディオも。他の皆も……。

 たくさんの人の愛が、この固く絡まった心をほどいてくれたのだ。

 だからわたしもいつか、皆に愛を返せるように……なりたい。

 リリアナの側で、ずっと過ごしていたい。

 皆と一緒に、同じ時間を過ごしていきたい。

 ――生きていたい。



 生きていたいと、生まれて初めて、心に思った。

 それが不思議で、そして心がむず(がゆ)い。

 死に直面した時の、咄嗟の拒否感ではない。

 延々と続く苦しみの生ではなく、きっと幸せになるのだと願いを込めて生きる事。

 ……こんな風に思える事が、あるなんて。




「エラ」

「エラ様?」

 二人に呼ばれることが、ただそれだけのことが……この上なく嬉しい。

「……はい」

 ニヤつかないように、さも冷静であるかのように返事をした。



「また何か、隠し事してるでしょう。言うまで離れないわよ」

「私も最近、分かってきました。エラ様が真顔になろうと装っている雰囲気が」

「な、何も思ってませんよ?」

 二人はわたしに抱き付いて、まるで愛玩動物にそうするように、頬をスリスリと合わせた。


「そんなことをしても、わたしは何も……」

 でもそんな言い訳は、二人には通じないことも分かっている。

 けれど、そこはまだ素直には言えない。



 二人を愛してやまない気持ちを伝えるには……もう少し、心の準備が必要だから。


挿絵(By みてみん)



お読み頂き、ありがとうございます。

第四章は、これにて終幕です。

幕間もありますので、後日UPいたします。よろしくお付き合いくださいませ。


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