第四章 五、人魔の幼子(六)
人魔の幼子(六)
「どうしたの? あまり食べてないじゃない」
思っている以上に胃が食べ物をうけつけなくて、わたしは水とスープを少し飲んだだけだった。
小さく首を振った。けれど、それは意味のないことだと知っている。なぜなら、リリアナがわたしのことを見過ごすはずがないから。
「ま~たなにか、隠してるのね。それとも、これから言ってくれるつもりだった?」
いつにも増して、子どもに対するように優しくしてくれる。でも、こういう時の彼女は、本心を聞き出すための誘導尋問をすでに始めていることが多い。彼女にそのつもりは無いようだけど結局、全てを話してしまう。
ゆっくりとわたしが頷くと、「そうなんだ」と彼女は短く答えた。
「じゃあ、今話す? それとも、食事の後にする?」
選ばせてはくれるけれど、黙っておくという選択肢は最初からなかったことに気付く。
「その……デザートだけ、食べます」
ファルミノに戻ってからは、お屋敷のシェフはデザートにプリンを出してくれる。わたしが好きだからと、プリンを使ったクレープだったり、ア・ラ・モードだったり、とにかく趣向を凝らしたプリンを出してくれる。
「フフ。良かった。プリンは食べられるのね」
それも何だか恥ずかしくて、顔が赤くなっていく。頭の先まで熱が上ると、もう耳まで真っ赤なのだなと自分でも分かる。
食事を終えると、書斎に移動した。
わたしとリリアナの二人きり。でもわたしはシロエにも聞いて欲しかったので、二人になろうとしてくれた所を引き留めて、呼んでもらった。
「そこに座って頂戴」
ソファを促されて、座面の先の方にちょこんと腰を置いた。リリアナも正面のソファに座った。シロエはなぜか、リリアナではなくてわたしの隣に。
「……この三人。という事は、何か大事な話なのね」
シロエの行動はスルーしたようだ。もしくは、シロエの勘から起こした行動を黙認したのかもしれない。
シロエは横からわたしの顔を少し覗き込んで、静かにゆっくりと、まばたきをして頷いた。まるで、「落ち着いて。大丈夫」と、目で訴えかけているように見える。それからわたしの手を、両手でそっと握ってくれた。
「エラ……大丈夫? 話せる?」
二人のこの対応は……やっぱり、バレているのだろう。その上でわたしを気遣ってくれているのだ。
「……ありがとうございます。……話しますね」
そうして、わたしの中にカミサマが入ってきた時のことから、この髪が青銀に、淡く光るようになった日の夢の話までを、ゆっくりと話した。
まだ整理がついていないせいで、時々言葉に詰まりながら。
――死んだかと思った時に、わたしの中にカミサマが来てくれたこと。
――わたしが勝手に『カミサマ』と呼んでいること。
――最初は夢を見ているようで、傍観していたこと。
――最近になって、一緒に世界を見て、感じて、意識がはっきりとしてきていたこと。
――そして、あの夢の中の話と。
――目覚めたら、カミサマの後ろではなくて、わたしがわたしだけになっていたこと。
「……よく、話してくれたわね」
リリアナは、涙をこらえた悲しそうな目で、わたしを見つめている。
「エラ様……とても勇気がいることなのに……さすがはエラ様ですよ」
シロエはそう言いながら、抱きしめてくれた。少し強いくらいに、ぎゅうっと。
「……わたしみたいな人間は、気持ち悪いですよね」
(まるで、『タジュウジンカク』だもの)
そう思った時にふと、その言葉が何を意味するのかも分からないまま頭に浮かんだことが、カミサマの記憶を共有しているのだと実感して少し嬉しかった。その反面、本当にわたしと同化してしまったのだなと、余計に悲しくもあった。
「……はぁ……エラ。あなたは……どちらのあなたも、同じ事を言うのね」
「本当ですね。あの頃の事を思い出します」
カミサマも、似たようなことを言っていただろうか。
「何度でも言うけれど……私もシロエも、あなたの真っすぐな心が好きなの。それがあなたであろうとあなた達であろうと、変わらないわ。今も目の前に居るエラは、とても素直で健気で、正直者で優しい子なんだもの。大好きよ。エラ」
「私も大好きですよ、エラ様。お聞きすればするほど、稀有な体験をされて悩みも多いかもしれませんが……このシロエに何でもご相談ください。私はいつだって、エラ様の味方ですから」
二人の目は真っ直ぐに、そして優しくわたしを見ている。
冬の曇天さえも、この二人の気持ちに呼応するかのように日が差してきた。
暖かみのある陽光が、まるでわたしの心をほぐすかのように部屋を明るく照らす。
「あら? この季節に晴れ間が見えるなんて、珍しいですよエラ様」
「エラを想っているのは私達だけではなくて、太陽さえも同じだと主張しているみたいね」
「お嬢様、たまにはいい事を仰いますね」
「なんですって?」
二人のやり取りはいつも通りだ。
それが、なんだかとてもありがたかった。
「……フフ。ふふふふ。私の悩みなんて、まるでちっぽけなことみたいに思えました」
「そうよ。愛されない不安なんかよりも、愛され過ぎて困る心配でもしておいた方がいいんじゃない?」
「そんな心配さえ不要です! 私が一番近くで、一番愛していますから!」
「フフッ。シロエの愛情は、なんだかアヤシイから少しだけ遠慮します」
こんな事が言えるくらい、わたしは二人を信じていたのだ。だから、打ち明けようと思ったのかもしれない。
冷たくされないだろうかと、心配していたのが嘘のようだ。
役に立つことを証明するためにと、急いで翼の訓練をしなくても大丈夫だったのだ。
ほっとしたせいか、二人の気持ちと言葉が嬉しかったからか、涙がこぼれた。なのに、わたしの顔はほころんでいて、二人に微笑みを向けている。
「良かった。エラは無邪気に笑っている顔が、一番よく似合うわ。その笑顔のためなら、私は何でもするつもりよ。私の可愛い、大事な友達なんだから。ね?」
「リリアナ。ありがとうございます」
(これは、きっとわたしの中のカミサマにも向けた言葉なんだ)
友達だと言われたことが、すごく印象に残っていて、胸の奥が熱くなったから。
「ずるいです。私も何だってしますよ! 私はずっとお側に居て、お支えしますからね?」
「シロエもありがとう。でも、シロエはリリアナの側使いですよね……」
「エラ様。それは野暮というものです」
「シロエ、あなたは何を堂々と……呆れちゃうわね」
この輪の中に、わたしも入っていていいんだ。そう思えることが、心を温かくしてくれた。
「お二人とも……ほんとに、ありがとうございます。お二人に出会えて、わたしは幸せ者です……」
「私達も、エラに出会えて幸せよ」
リリアナもこちらに移動して、わたしに抱き付いているシロエごと抱きしめてくれた。
「そうです。エラ様に毎日、幸せを頂いていますよ」
そのまま三人でひとしきり抱き合って、三人とも泣いていた。
二人はわたしの苦しみを想像したら、涙があふれてしまったそうだ。
――わたしは……二人に好きなままで居てもらえて、嬉しかったから。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




