第四章 五、人魔の幼子(五)
ファルミノの街まであと少し。お屋敷に戻れる……と思ったところで、ガラディオが口を開いた。
「エラ……お前はあの力の事を、なぜ先に言わなかったんだ」
ガラディオはずっとわたしにしがみついたまま、頑張っていた。
「情緒が乱れるような事を言うと、落下するかもしれませんよ?」
「何っ!」
彼の、わたしの腰を抱く力が少し強くなった。緊張したのだろう。
「たぶん、うそです。すみません」
「……後にしよう」
彼がこんなにすんなりと引き下がるなら、ずっと空の散歩をしていてもいいかもしれない。
なんとなくだけど、よほど体調が悪い時でなければ落ちないような気がしている。確証はないけれど、感覚的にそう思った。翼と意識を共有したような体験が、そう確信させた。
「大丈夫。落ちたりしません」
お屋敷の上に到着して、扉の近くにふわりと滑空する。翼での飛び方にも慣れたようで、鳥が地面に降り立つように、スーッと来て着地の瞬間だけ、羽ばたくようにして勢いを殺し、地に足を着ける。
「おっと」
ただ、自分の足を基準にしたものだから、ガラディオはわたしの着地タイミングの前に飛び降りた。最後まで一緒にくっついていると、彼の足は地面にぶつかるところだったからだ。
「あっ……ごめんなさい。わざとじゃ……」
「分かっているさ」
こういう時の彼は、少しだけ良い。
でも、今から怒られるのかと思うと……憂鬱だ。
「……それで、話の続きですけど……私は別に、隠してたわけじゃなくて、あれが出来るかを確かめたかったんです。出来なかったかもしれないし」
「そうかもしれないけどな。あれだけの破壊力があるなら、先に言っておけという話だろう。もしもお前の認識も甘くて、こちらも何をするのか分からないまま、訓練場でやっておけという判断を下していたらどうなっていたと思う」
「……そんなわけ」
「無いとは言い切れない。特にお前は、想像を超える事をしてくるんだ。単騎で突っ込むのも大好きだしな。先に言えといつも言っているだろう。こういう事だぞ」
「だから……訓練したいって、先に言ったじゃない!」
「中身まで言っておけというのが分からないのか」
二人で、お屋敷の扉近くでケンカのように話しているものだから、侍女達がリリアナを呼んできた。
「一体どうしたの? ただいまも言わずにこんな所で喧嘩して」
厚手の生地にするのに都合がいいのか、冬はゴシック調のドレスばかりだ。今日は赤い。
「リリアナ……」
「こいつが、また危ない事を勝手に試すからだ」
「危ない事って、何をしたの!」
雲行きが悪い。二体一になりそうだ。
わたしは何をしたかには答えずに、少しでも味方になってくれそうなリリアナにすり寄った。その背に回って、横から半分だけ体を出してガラディオを睨みつける。
「おい。隠れてないで自分で説明しろ」
「どちらからでもいいから、ガラディオが言って」
そう言われた彼は、「甘やかし過ぎだ」と毒づいてから、山の麓での事を話した。
「……エラ~? 危ない事しちゃダメって、言ったわよね?」
リリアナは覗き込むように、じっとりとわたしを見た。
「あ……危なくなんて無かったもの! あの人が大げさなだけ!」
「ほんとにぃ? 森の一部が木っ端微塵になったと言ってるわよ?」
「だいぶ離れてたから、何も危なくないの!」
ふぅん? と彼女は訝しんだものの、それ以上は追及されなかった。
「ま、いいわ。服も全く汚れてないし、ある意味安全ではあったのかもしれないわね」
「いや、こいつの安全だけじゃなくて、あんなもの、もしもここでぶっ放してたら――」
「エラはそこまでおバカじゃないわ。ここではダメだとかの分別くらい、あるわよ」
「そうよそうよ。ガラディオなんか嫌い! べ~!」
わたしは、生まれて初めて人に向かって舌を出したように思う。
これが、思いのほか楽しい。
両目を強くつむって、舌をピッと出す。それだけの事なのに、心から罵倒したようなスッキリした気持ちになった。
「は……。ハハ。なんだそれ。エラお前、そんな顔するのか! ハハハ。ハハハハハハ!」
「はぁ? はぁ~っ? 何がおかしいのよ。今あなたのことをけなしたのよ? 怒らせてやろうと思ったのに……」
どう思う? とばかりにリリアナを見ると、彼女は彼女でわたしを見て呆けている。少しニヤついた顔で。
「リリアナも、何よ……」
「もう一回! もう一回して? いまの、お願い」
「え? え……いやです。二人ともなんで……?」
「ハハハ。お前、そんな子供みたいなこと出来るようになったのか。良かったなぁ。なんだ、ちょっと安心したぞ」
「……大人ですけど」
腹は立たないけど、とてもむずがゆい。
「そうね。大人みたいにしなきゃって、頑張り過ぎだったものね。そのままのエラでいいのよ? なのに、ずっと肩ひじ張ってるんだもの」
「そうだぞ。俺は何か、お前のそういう所が見てられなくてな。なら、大人と同じ扱いしてやったら弱音でも吐くかと思ってたら、ずっとそのままだからさ。引くに引けなかったんだ。すまんな」
「はぁ~? 扱い下手すぎでしょ。だからモテないのよ」
「てめぇ! ……ハハ。まあいい。今日は許してやる」
「エラ。こんな人のことはもういいから、食事にしましょ。おなか減ったでしょう」
そう言うなり、わたしに軽く抱き付く様にして、いい子いい子と頭を撫でだした。
「り、リリアナ……そんな子ども相手みたいにしないでください」
「いいからいいから」
何もよくないけど、おなかは減っている。
それにしても、なぜ突然、こんなに甘やかしモードになったのだろう。
ガラディオにべーっと舌を出してやった時から二人が急に優しくなった。
(子どもみたいなことをしたら、余計に怒りそうなものなのに)
――もしかして。
リリアナには、カミサマからわたしに変わってしまった事が、バレてしまったのだろうか。
彼女はそういうことに鋭いから、ありえない話ではない。
それなら、もう話してしまった方がいい。信頼を失う前に。
裏切っているような気持ちだったから、辛かった。バレたかもしれないと思わなければ、もっとズルズルと、話さずにいたかもしれない。いや、私は臆病だから、きっと言わないままで……もっと苦しくなっていたに違いない。
話をするのが早くなって良かったのだと、そう思うことに……するしかない。
(どうなっても――覚悟を、決めないと)
「エラ。後で剣の稽古も付き合ってやる。訓練場に顔を出せよ?」
「えぇ……?」
リリアナとの話に気持ちを整えようと思った矢先に、食後は訓練だと言われて楽しい気持ちになるわけがない。
「こら、嫌そうにすんな。リリアナの側に居るつもりなんだろう?」
そう言われたら、わたしには断れないのを分かって言っているのが、腹立たしい。
「うぅ~…………はい」
彼に何とか、一度は参ったと言わせてやりたい。
でもそれは……今じゃない。
お食事のすぐ後にはリリアナにお話して、それから訓練もとなると、気が滅入った。
(おなか、減ってるのに食べたくなくなってきちゃった……)
気が重い。この一言に尽きる。
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*作品タイトル&リンク
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




