第四章 四、兵器と呼ばれたもの(七)
兵器と呼ばれたもの(七)
この数日は、久しぶりに落ち着いた時間が流れていて幸せな毎日だった。
フィナとアメリアも、日中はわたしの専属として側に居てくれて、リリアナとシロエも時間のある時は一緒にお茶をして、そして、夜はまた三人で眠る。
贅沢を言っていいなら、ここにお義父様も一緒に居られたら……そう思った。
日々、自分の課題に取り組んで過ごす。リリアナは街の統治の仕事を。わたしはリリアナを護れるようにガラディオと訓練を。シロエやフィナ、アメリアは侍女の仕事をこなしている。
「こんな風に、何事も無い平和な時間が……ずっと続けばいいのに」
ガラディオから剣術を教わっている最中に、その言葉が漏れ出てしまった。
「なんだ。集中しろ。怪我をするぞ」
お互いに真剣で型の稽古をして、その距離感を実際に打ち込んで確認していた時だから、至極真っ当な言葉だった。
「はい。ごめんなさい」
もう彼には怒られたくないから、基本的には素直で居る。カミサマが居なくなってからは、反発する気持ちがないからというのもある。あの人はもっと、自分が強くありたかったから。ガラディオの尋常ならざる強さに対しての憧れと、それ以上の嫉妬心を持っていた。
でも、わたしにはそれがない。翼と剣を使って、皆を護りたいだけ。それは、どんな形であっても構わない。ガラディオに頼りながら、わたしはわたしに出来ることをする。出来る事が増えればいいなと、剣を習う。
「……やけに素直だな」
「えっ?」
「今までなら、もっと敵意みたいなものがあったろう。俺の事が嫌いなのかと思っていたが」
デリカシーは無いくせに、こういう所は鋭い。
「えぇっとぉ……。その、嫉妬していただけです。強くて羨ましかったので」
「はぁ? そんな事思ってたのか」
以前にも、似たような会話をした事があったような。
「大事な事だったんです。でも、それはちょっと、もうなくなったので」
そう言うと、彼は少し考え込んだ。
「……言っていいのか分からんが、剣筋が悪くなったのと関係あるのか? 正直、今のままなら剣を使わせるわけにはいかない。実戦では剣を使うな」
言われた意味が理解できなくて、眉をひそめて怪訝な顔で彼を見つめてしまった。
「そう睨むなよ。だがな、以前のお前なら絶妙な距離感と、少女とは思えない達人のような剣筋だったのに、今はからっきしで見ていられない。体調が悪いなら休め」
正直なところ、体はほとんど勝手に動いてくれるけれど、剣術の細かな事が一切分からない。斬るための距離に近付く事も、わたしにはただ恐ろしい。
「その……ガラディオの言う通りです。今日は……いえ、しばらくお休みしますね?」
「ああ、そうした方がいい。医者にも診てもらえ。遠慮せずに、お嬢様かシロエに言うんだぞ」
「はい。訓練、ありがとうございました。それでは……」
そう言って、訓練場を後にしたのはいいけれど――。
――これから、どうしよう?
なんとなく、カミサマみたいには、出来なさそうだなとは思っていたけれど。
(本当に、ぜんぜんダメって言われた……)
せっかくの剣が……持ち腐れになってしまう。リリアナや皆を、側で護りたいのに。
翼が使えないような狭い場所だったら、どうやって護ればいいのか見当もつかない。
そう思って、落ち込みながら屋敷に戻っている時だった。
――(戦力外とは、片腹痛い事だな)
――(エイシア! わざわざ嫌味なことね)
――(これからも嫌味に耐えるなら、お前の力を導いてやってもいいが?)
――(はぁぁぁぁ? 本当かしら? 導いた結果を見てから考えてあげる)
――(フ。まあ良いだろう。見るがいい。人魔が兵器と呼ばれたものを使っていた記憶だ)
エイシアがそう言った次の瞬間、わたしは立ち眩みがしてへたり込んだ。
視界が暗転し、目を開いているのか閉じているのかさえ、分からなくなった。
そこに、見たことも無い風景と人々の……おそらく戦争の映像が頭に浮かんだ。
**
四角や三角の、とても高い建造物。中には、空にも届くかと思うくらいのものがある。
けれど、そのほとんど全てから黒煙がもうもうとあがり、そして時折、爆発が起きては建造物がゆっくりと、折れるように崩れ落ちていく。
それを見て、奇声を発しながら喜んでいる集団が見えた。彼らは、建造物を破壊した張本人だろう。なぜなら彼らは、建造物から逃げ惑う人々を、何かの武器で容赦なく射ち殺していく。
(なんて惨いことを……)
そこに、遠くから白い鳥の群れが飛んできた。五羽が横に連なっていて、わたしは渡り鳥がこんな戦火の空を飛ぶのかと、心配になった。
けれど、近付くにつれて、それは白く光っている事が分かった。鳥の姿をしているけれど、あれは白煌硬金で作られたものだ。人よりも一回りは大きい。今ではどこに残されているのか分からない金属が、こんなに沢山使われているのかと、妙な所に感心した。
その鳥達は、人を殺していた集団の手前上空に来ると減速し、ひとたび羽ばたいたかと思うと無数の羽を射出した。まるで、わたしの羽剣と同じもののように見える。
とらえにくい軌道で翻弄するように飛び交い、殺人集団を切り刻んでいく。さらには、逃げられないように集団を囲むようにぐるぐると周回する羽もあり、意味のある役割を持たせている。
(羽剣がそれぞれ、軍隊のように統制されてる……)
一羽当たりの羽は、一体どれほどだろうか。ものすごい数が舞い続けている。殺人集団も抵抗して銃らしきものを乱射しているけれど、さして効果はなさそうだった。彼らの硬そうな装備や武器を弾いたり、中には切り裂く羽もある。集団はその場所から動けず、徐々に身を削られていっている。
(羽剣の速度が目で追えない。相当な速度で操られてる)
それだけでも十分に驚いていた所に、細い光が走った。上空の鳥達から何十……いや、数百の光の束が殺人集団に降り注いでいる。
それらの三割くらいは反射されてあちこちに弾かれてしまっているけれど、残りは確実に彼らを撃ち抜いていった。
光の束が降り注いでから、何秒経っただろう。その光の残滓が消える頃には、鳥達も飛び去っていた。
**
(今のは……)
軽い眩暈が残るけれど、暗転していた目が見えるようになってきた。屋敷の扉まであと数メートルという所で、ヘタレ込んだままの姿勢だ。けれどまだ、頭を動かしたくない。
――(見えたか? 多少の負荷は辛抱するのだな。我からの慰めだ)
――(いきなりじゃないの……倒れたら危ないじゃない)
――(まさか、そこまで負担になるとはな。今後は軟弱さも加味せねばならんか)
――(……覚えてなさい。いつかお返ししてやるから)
エイシアは、完全な味方ではない。魅了によって従ってはいるけど、こういう意地悪を平気でするくらいには敵意――というよりは、わたしを馬鹿にしている。
姿の見えない所から、適当な都合でわたしを煽る。今も、どこに居るのか分からない。
――(出てきなさい。わたしの枕になって休ませなさい)
――(……貴様も性格が悪い)
言えば従う。でも、人に掛かる魅了とは勝手が違う。
(反抗的だし、馬鹿にするし、腹の立つ……!)
――(これで良いだろう。我を枕代わりに使うなど、お前こそ覚えておれよ?)
ふわりと、わたしの体を包むようにエイシアが降りて来た。屋敷の上に居たみたいだ。やわらかでふわふわな長毛が、暖かかくて気持ちがいい。わたしは頭を揺らさないように、ゆっくりともたれ掛かった。輪になったエイシアのおなかに、少しばかり埋もれた形で。
――(用がない時は、ずっと枕にしてやるから)
この寒空の下では、エイシアの温もりは丁度いい。
――(いつか、頭から噛み砕いてやる)
そうは言うけれど、出会った時から本気の敵意は一度も感じていない。
一体、本音の部分ではどう思っていて、何のために側に居るのだろう。
それに……今見せられた映像は、わたしの翼のお手本だった。あのように使うのかと、ただ見入ってしまっていた。同時に操る、羽剣と光線の数の多さも。
光線を弾く装備か何かが、昔はあったという事も知れた。その硬そうな装備も、羽剣をあのように高速で操る事が出来れば、切断可能だという事も。
(それに……かなり上空から攻撃していた)
数百メートルは上だった。同等の装備がなければ、まず反撃される事もない。つまり、今の世界ならほぼ間違いなく、一方的に攻撃だけ出来るという事だ。
(全く同じことが出来るか、眩暈が治ったら試そう)
――いや。
……よくよく考えると、剣を扱えない事に変わりはない。
狭い所でどうしたらいいのかは、分からないままだ。
羽剣を使えなくはないけど、それだと翼を四六時中着けておかなくてはいけない。
(ほんとに……課題は山積みね)
翼の使い方。剣の事。魅了の効果や期間……。
頭が追い付かない。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




