第四章 四、兵器と呼ばれたもの(四)
兵器と呼ばれたもの(四)
緩やかな登り坂を、翼で滑るように飛行した。
先行する数十の精鋭騎士達を抜き去り、その先の斥候三騎も瞬く間に追い越した。
(良かった。皆まだ接敵してない)
ほんの一息の間に、わたしは坂を上り切った。
(この先のくぼ地に居るんだよね)
丘を上り切ろうかという所だった。
待ち伏せていた王国の騎士達は、わたしが飛んで来ることも想定の範疇内だったらしい。
『放てぇー!』
わたしが彼らを視認した瞬間。それは、彼らもわたしを確認した瞬間でもある。
わたしの予想と、彼らの想定には決定的な違いがあった。
(こんなに近くに居るなんて)
号令がかかるや否や、ものすごい数の矢が飛んできた。それも至近距離から。
本来なら、瞬く間に射ち殺されていただろう。でも、あらかじめ展開していた五十枚ある羽剣が、わたしに当たるはずだったものを全て防ぐ。
『突撃ぃぃ!』
矢は、彼らの後ろの隊からはまだ射られている。それでも攻撃の間を詰める統制された動きは、さすが訓練された軍隊だ。同士討ちしない自信、信頼もあるのだろう。
わたしは、もう少し離れた場所に居ると予想していたから反撃の機を逸した。防御も、翼の自動反応に頼り切ってしまっている。
そう。緩いとはいえ下り坂に布陣していた彼らは、坂が折り返しとなる頂上を、曲がり角での不意打ちのように利用したのだ。
(だからこんなに近くに……)
開けた場所だと思い込んでいたけれど、丘が死角になっていた。
わたしは、一方的に見下ろせると思い込んでいたのだ。
(これを想定出来なかったのは、わたしの未熟さだ)
あえて攻撃の届く位置を翔け抜ける事で、全員にしっかりわたしを見せようと思っていたのが、仇となった。
『おおおおおおおおおお!』
雄叫び。勝ち鬨。男特有の低くて太い声の圧力は、わたしの女としての本能だろうか、武力で負けるはずがないのに、気持ちが気圧されてしまう。
「いやっ!」
悲しいほどか弱い悲鳴をあげて、わたしは急上昇した。
矢も届かず、もちろん投擲の槍もナイフも届かない高度まで。
「はぁっ……はぁっ……」
――(油断するなど、愚かにも程があろう)
エイシアの声が頭に届く。
――(う……うるさいわね)
――(ちなみに。本来の人魔であれば、一瞥で魅了していたぞ)
――(いちべつ? 一瞬見ただけで?)
――(あれは見事であった。お前に出来るかは知らぬが?)
――(……煽ってくれるじゃないのよ。……どのくらいの距離で?)
――(今で言うテラスから、数千を)
二階か三階の高さから、ちょっとした広場くらいだろう。
(もっと降りる必要があるのね)
エイシアのいう、念動の膜というのを試す時間があればよかったのに。現状だと翼で防ぐしかない。
もたついていたら、痺れをきらしてリリアナ達に向かうかもしれない。
(羽剣は、十分機能していた……問題ないはず。直接攻撃も、クマやトラほどではない)
ガラディオみたいな規格外も、そうは居ないはず。
「いってやるんだから!」
わたしは気持ちを高めて、一気に下降した。
瞳に魔力を集中して……そこからはただ、見るだけで良いのだから。
ただ、敵は見過ごしてはくれない。急降下に合わせて矢を射かけてきた。
矢の先端、その何百という切っ先の束に向かい続けるのは恐ろしい。
カカカカン! カカカン!
羽剣が、翼が、わたしを護ってくれている。
(それでも、怖い)
気持ちは少し怯んでしまったけれど、止まるわけにはいかない。
リリアナ達が、もうすぐ丘を上り切ってしまう。
ガラディオに至っては、わたしの愚行に怒り狂いながら、もう側まで来ているかもしれない。
先ほど、わたしが急上昇した事で矢を射かけられたと察しただろうから。
(双方どちらにも、怪我さえさせたくない)
そして――。
丘の頂上にほど近い場所で留まり浮いて、矢を弾きながら、それでもしっかりと敵兵達を見下ろした。
「止めなさい! 厳冬将軍が娘、エラ・ファルミノに対しての愚行と理解しているのか!」
既の所で、剣と槍がわたしの翼に届く所だった。
馬の勢いで突撃されても、翼で弾けるだろうけども……彼らは、武器を引いた。
すれ違うようにわたしを通り越し、円を描く様に彼らの自陣に、速度を落としながら戻っていく。
(効いた……?)
近くにいる敵兵達から、馬を止めて下馬し始めている。
『何をしている! 貴様ら……』
檄を飛ばしかけた指揮官らしき者も、「あぁ……」という気の抜けた声を出して馬から降りた。
それは、水辺の波紋が広がるように伝播し、やがて数秒と経たずに――皆、いつの間にかわたしに向かって、跪いた。
「よろしい。首謀者は誰か」
ここに居ないだろう事は分かっていたけれど、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
すると、先程から指揮していた騎士がこちらに歩み寄ってきた。
あまり近付かれても不安なので、適当な距離で止めた。
「そこで止まれ。何か知っているのか?」
彼は、多少なりと戦を経験した風体をしていた。少し面長の顔に鋭い眼光、への字に固まった口元。筋骨隆々の体躯。それなりの威厳が滲み出ている。
「はっ。私は第九の王子が抱える私兵長を務めます。ドーマンと申します。以後お見知りおきを」
彼の声はよく通る。低くて威圧感を隠さない声だ。
風貌と相まって、厳しさの塊りのような男。
「それで?」
「この度は、王子の命であなた様を殺すために布陣しておりました。その愚かさ、死に値すると知りながらも逆らえず……申し訳ございません」
彼は、ドーマンと名乗る男には……魅了が効いていないのだろうか。やけにはっきりとした意識を保っているように見える。
とはいえ、魅了を受けた結果どうなるのかをほとんど知らない。エイシアを魅了した時に居た、跪いたまま動かなかった見張り達も、会話は普通に出来ていた。理屈のおかしなことを言っていた気もするけれど。
「……ではなぜ、今になって跪くのかしら」
魅了を受けた事を、自覚できるのだろうか。それとも、何か適当な辻褄合わせが、彼らの頭の中で行われるのだろうか。
「あなた様を間近で拝見し、その過ちに気付いたのです。罪もなく、これほど美しいあなた様を討つなど、あってはならない事。いかような処分も受けます」
(……なるほど。どこかおかしいけれど、辻褄は合いそうな事になるんだ)
「では、今から私の元に下れと言ったら?」
「はっ。喜んで。しかし……この愚行に対する処罰も受けなければ……」
訓練された騎士が、主以外に……というか、主を鞍替えする事などほとんど無い。それも、この数秒の間の事でなど、あり得ない。
けれど、彼は私に下ると言う。
「それは追って考えましょう。今はファルミノに急ぎたいの。分かったら準備なさい」
「ははっ」
ドーマンは答えると、他の騎士達に号令をかけた。
『これより、我等はエラ様の指揮下に入る! まずはファルミノに向かうための準備を整えよ! 回収出来るものは全て回収し、痕跡を残すな!』
『おおおお……』
敵だった騎士達はどよめいた。けどこれは、歓喜の声だ。
そして、戦闘の痕跡を消していくという事は、元の主への完全な裏切りといえるだろう。なぜなら、いつまで経っても報告の来ない事に疑問を持てば、必ず調査隊を送ってくる。そこに戦闘の痕跡があれば、例えば死体などで勝敗だけでも分かる。
でも、何も無ければ……まさか寝返るなどとは想像しにくいから、調査にも時間がかかる。情報を乱すというのは、背信意外にあり得ないのだ。
(完全に、わたしの魅了が効いたんだ……)
わたしは、背すじがゾクゾクとした。
やさしく痺れる、甘い感覚。
――全身の官能をくすぐるような。
(……クセに……なりそう)
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