第四章 四、兵器と呼ばれたもの(三)
兵器と呼ばれたもの(三)
――(困惑しているようだから、教えておいてやる)
艶のある、若い女性の声が頭に直接聞こえるのは、まだ慣れない。
エイシアの声がそうなのもだし、頭に直接聞こえるのも不思議でしょうがない。
――(……何を? 私はとにかく、何もかもに困惑してると言えるけど)
――(我に当たるな。お前の髪が光っている事についてだ)
――(知っているの?)
――(本来、人魔は生まれた時からそうだ。我ら虎魔の毛がそうであるように)
――(じゃあ、私はずっとこのままなの? 光らない方がいいんだけど)
――(念の力を使いこなせば、お前なら元の状態に出来るやもしれん)
――(じゃあこれは、その念とやらをずっと使ってるような状態なの?)
――(そうでなくては身を護れぬ。白い身は外敵に見つかり易い)
――(光ってたら、余計に目立つじゃなないの)
――(念の壁……膜状の力を纏っている。檻を切り裂いたのも念の力だ)
――(へぇ~。すごいんだ……)
――(その剣も羽も念動に反応するよう作られている。呼べば来るだろう?)
――(そうなんだ……じゃあ、私も使ってるんだ?)
――(先が思いやられる)
――(しょうがないじゃない。何も知らないんだから)
――(素直さだけが取り柄だな)
腹の立つ……。
でも、髪が光っているのは気に入らないから、早く力を使いこなさないといけない。
そういえば、こうなった理由も、エイシアは分かっているようだった。わたしのカミサマが消えた事と関係があるに違いない。そう思わせる口ぶりをしていた。
――(ねえ。私のカミサマが消えちゃったんだけど、どうしてかな)
突然別れを告げられたのは、本当につらかった。思い出すと、胸がぎゅうっと苦しくなる。
――(その者が消えたのは、その者の意志ではない)
――(どういうこと?)
――(お前に取り込まれたのだ。体の持ち主の方が、強いに決まっている)
――(じゃあ……私のせいなんだ……)
――(むしろ、数年も維持したのであれば、よほどの者だったのだろう。大したものだ)
胸の苦しさは、増すばかりだった。わたしのせいで、幸せを感じていたカミサマを消してしまったのだから。それなのに……カミサマは優しかった。自分の事よりも、わたしのことを気遣ってくれていた。
カミサマだけじゃない。お義父様も……。
護られてばかりだ。わたしは。
(せっかく、わけの分からない力を持っているのに……!)
――(私のことをもっと教えて。エイシア)
やっと、謎だったことを知っているかもしれない相手が居るのだから、聞かなくては勿体ない。
――(……ふん。お前の力は、古来より人神として崇められてきた)
――(いちいち面倒くさそうにしないでよ)
――(フ。だが、身は人のもの)
ずっと頭の中で会話をしていると、まるで自問自答しているかのような、妙な感覚になってきた。エイシアとわたしの垣根が無くなるような。
人魔を奪い合い、人魔を犯し、そして殺してきたのが人の所業。
幸せに生きた人魔は居ない。と、我は認識している。
そんな……
兵器を手にした時は、英雄となったが。
結局、人は戦を止めぬ。殺し合い、奪い合い、負けが込むと……星を巻き込んでの殺戮兵器を使う。
あれで滅びれば良かったのだがな。
しぶとく生き延びておるから、うんざりとしている。
それじゃあ、あなたは人間の敵になるの?
お前の魅了を受けては、あまり無理が効かぬ。
お前が死んで自由の身となってから、考えるとしよう。
最悪……。
何とでも言えばよい。我にも都合というものがある。
虎魔は粛清の種族。蔓延る害悪を狩るのが使命。
あなたに使命があるなら、私は? 私の使命は何?
知るものか。人魔は記憶の網を残しておらぬか。
記憶の網って何?
面倒だ。話を変えろ。
むかつく……。
それよりも、良いのか? 前に三百ほど、敵が待ち伏せておる。
「えっ?」
突然声を上げたものだから、リリアナが驚いている。
「どうしたの? 急に……」
体ごとこちらに向けて、わたしを覗き込むようにしている。リリアナは眠っていたのかもしれない。まぶたが少し重そうだし、疲れた顔をしている。
「待ち伏せされているようです。三百騎」
反射的に、リリアナは前を振り仰いだ。天窓以外にほとんど窓のない箱の中では、確認など出来ないと分かっているつもりでも動いてしまうのだろう。
「前を走る皆が危険だわ! 呼び戻さないと!」
どの程度前に居るのか分からないけれど、戦闘になれば圧倒的な数の差で立ち行かなくなるだろう。
「リリアナ。私が出ます。こういう時は空から戦えばいいんですから」
ここは緩やかな台地になっていて、空を覆う森林は近くに無い。
今は長い上り坂で、また下りがある。そこからさらに上り切れば……ファルミノが見える。逆に、こちら側の坂に居る間は見えない。次のくぼ地に入っても同じだけど。
敵は、発見されてファルミノから伝令が出ないように、そして、こちらからも見えないように、くぼ地でまさしく、待ち伏せていたのだろう。
(一体、いつから……)
王都が獣に急襲されたと聞いて、救援に向かう時には居なかったはずだ。その時から居たなら、そもそもガラディオやリリアナが気付いただろう。
わたしが、堂々と翼を使っていたのがマズかったのだろうと、今になって後悔した。
(でも……どっちにしても同じか。前から襲われるか、後ろから追われたかの差しかない)
「エラ……無理しないでよ? 矢には気をつけて。絶対に」
リリアナは翼の力を、わたしを、信じてくれるようになった。と思った。
少し前なら、きっと許してはくれなかっただろう。
「ありがとうございます。行ってきます」
と、恰好をつけたものの、屋根に上がるのを手伝ってもらった。
「……ごめんなさい」
踏み台にすることを詫びて、外に出た。
「ガラディオ! 翼を使います!」
屋根に出た時点で察していたのだろう。彼は翼を、呼び寄せ易いように掲げてくれた。
念じて呼べば、即座にこちらに来る。魔法のような代物。
自動的に背中に、そして後ろから胸当てがフィットするような形で固定される。
「さあ、先手を取ってやりましょう」
誰に言うともなしに、ひとりごちた。
(思えば、戦ってばかりだ。狙われてばかり)
生まれた時から、わたしはきっと、そういうものなんだろう。
――(エイシア。この国の騎士が相手って、どうすればいいと思う?)
出来る事なら、殺し合いなどしたくない。
――(聞くのか。蹴散らせばよかろう)
――(だって、殺したくないんだもの)
――(狙われているのはお前だ)
聞いた相手を間違えた。リリアナに先に聞いておけばよかったのに。
(魅了って、相手を見ないとダメなのかな)
頭を切り替えて、兵器ではなく、魅了を軸に戦ってみようと思った。
とりあえず、体を護りながら低空飛行で台地を上りきって、姿をさらせば出て来るだろう。
出てきた所を、魅了で跪かせよう。そう考えた。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




