第四章 四、兵器と呼ばれたもの(二)
兵器と呼ばれたもの(二)
エイシアの檻まで、屋敷から馬を飛ばせば三十分ほど。
曇り空に雪が舞う中を、頑強な箱に護られて走っている。
重い戦馬車であっても、大型の馬が六頭で引いているので、速度は単騎と変わらない。
ガラディオは馬車の後ろを護っていて、さらに、馬車の扉をくぐれなかったわたしの翼を抱えてくれている。剣はリリアナから渡された。
他の精鋭達は、道の確保のためにすでに先発したらしい。リリアナが連れて来たお抱えの精鋭達には、間者は居ないと断言できるようだ。
「エラ。あなたの光る髪は、王族しか知らない古代兵器についての記述に、書いてあるの」
リリアナは、わたしを気遣うように説明を始めた。
でも、あの黒い本には、そんなことは書かれていなかった。
「禁書の中の禁書。王族しか知らない事よ。おじい様には、お父様と私が伝えたの」
「それで……私は一体、何なのですか?」
「簡単に言うと、戦争を終結させた兵器の、操縦者が古代種達で……そこまでは、他の記述にもある事なんだけど。その中でも、髪が光っている者が操る兵器は、次元の違う強さだったという事なの。これが、王族しか知らない事。たぶんね」
いまいち理解できない。翼をどんなに駆使しようとも、欠点はいくらでもある。そこまで強いものではないだろうし、今以上に物凄くなるとも思えない。
「あの……兵器というのは、翼とはもっと別のものですか? あれ以上のものが想像できません」
カミサマの記憶だろうか。今のタイミングで『ミサイル』という言葉と、その物体のイメージが頭に浮かんだ。
「クモの化け物みたいな乗り物と、人型の人形らしいわ。それ以上は誰にも分からない」
(乗り物と人形が、兵器? 浮かんだイメージとは全く別のものだ)
「翼よりも、何が出来るのか分からない代物ですね」
それを操縦する者とまで書かれているのに、その使われ方が書いていないのは不自然だ。
わたしには隠しているのか、元々が不自然な書き方の禁書なのか。どちらにせよ、わたしはお義父様と引き離されて、隠れて逃げるように王都から出されるのだ。
そこに変わりがなければ、わたしにはどうでもいい事に思えてしまう。
「ああ、着いたわね。フードは外さないで。風があるから、めくれないようにね」
檻のすぐ側に着けてくれた。ガラディオは少し離れて、城門から誰も追って来ないかを見張っている。
エイシアはこんな雪の中で、囲いの無い所で眠れたのだろうか。檻に触れると、鉄柱は氷のように冷たい。
「エイシア。出られるわよ。私と一緒に行くの。今開けてもらうからね」
リリアナはすでに、見張りの騎士に開けるよう促していた。こちらとは反対側の鉄柱が開くようで、ガチャガチャと開ける音がしている。
でも、エイシアは昨晩とは様子が違って、わたしを警戒するようなそぶりをしていた。深紅の瞳孔を縦に尖らせ、こちらをじっと見ている。
「どうしたの? 昨日は毛皮で包んでくれたじゃないの」
エイシアは威嚇したいけれど、しないように抑えている。そんな風に見えるのは、全身の毛が逆立っているからだ。
「何なのよ。そんな風にしたら、騎士達が警戒するでしょ。大人しく出てきて」
――(ジンマよ。ソのゴーストハドウシた。ナニがアッタ)
頭に響くような声が聞こえた。それは何重にも重なる様な音で、聞き取りにくい。
「何? あなたが喋ったの?」
――(人魔よ。昨夜のうちに何があった)
先程よりもクリアになった。若い女性のような、けれども妖艶さのある含みがある声。
「やっぱり! あなた喋れるんじゃない。散々バカにして!」
――(そんな事はどうでも良い。何があって、ゴーストをそのようにしたのかと聞いている)
艶のある綺麗な声なのに、話し方は仰々しい。
「何かなんて分からない。そういえば、悲しい夢をみたけれど」
――(……それは例えば、人と別れるような夢か)
「……よく分かったわね」
――(なるほど。合点がいった……が、まさか本物の人魔に相まみえようとは)
「ほんもの? ジンマってなに?」
――(はぁ……。説明が面倒だ。先を急ぐのだろう。行くぞ)
「はー? 何よ、そもそもまだ開いてないじゃないの」
――(容易いこと)
そう言うや否や、エイシアはこちらにするりと向かってきて、前足でひと薙ぎ。太い鉄柱の下の方を数本切り裂いた。そしてもうひと薙ぎして鉄柱の上の方を見事に切ると、その足で踏むように押し倒し、中から悠々と出てきた。
がらん、どすん。という音に、リリアナが気付いてこちらに走る。
「えっ! ちょっと! ちょっと何が起きてるのよ。扉はこっちなのに! いや、違うそうじゃない」
リリアナは少しパニックになっていた。騎士がかじかんだ手で不器用に鍵を開け、重い鉄柱数本分の扉を唸りながら開けている最中の事だったのだ。
「どうやってそれを斬ったの? エラがやったの?」
「私じゃありませんよ。この子がしたんです。爪で、しゃっ! って」
「……はぁ。あなたもエイシアも、規格外過ぎるわよ」
それよりもエイシアは、馬の脚に追い付けるのだろうか。短時間ならまだしも、かなりの距離がある。
「リリアナ、この子を乗せる台車みたいなものは……」
無いのは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「そうよね……そこまで考えていなかったと、今思ったところよ」
「どうしよう……。エイシア、長く走れる?」
――(面倒だが)
(この子、偉そうだわ……)
「走れるのね? リリアナ、大丈夫です。走れるみたい」
「え? どういうこと? 分かるの?」
鉄柱の切断といい、喋れる事といい、説明するのが大変そうな予感がした。
「えぇっと……なんとなく」
「ほんとに大丈夫なら、急ぐけど……ダメなら何か考えましょう。馬車の上に乗せるとか」
乗れそう……だろうか。頑張れば乗れなくはない、という感じかもしれない。
エイシアに、乗ってみるかと目配せをしたらそっぽを向かれた。気に入らないらしい。
(気難しい子……)
体も態度も大きな、ナマイキな妹が出来たような気分だ。
「それじゃ、とにかく出発しましょうか。……エラ。いつかまた、戻ってきましょう。ね?」
わたしの肩をぎゅっと掴んで、そして抱きしめてくれた。
「……はい」
そうして、わたし達はファルミノへと向かった。
馬車では、特に何も話さなかった。
リリアナは、わたしの知りたいことはあまり知らないのかもしれない。それなら、逃げることに変わりがないなら、特に聞くことも無いように思ったから。
彼女も特に、何も聞いてこない。エイシアのことを聞かれると思っていたけれど、あの短時間で『なんとなく』受け入れたのかもしれない。
外の様子は、馬車のすぐ後ろをエイシア、その後ろをガラディオが駆けている。白い長毛で赤い目の、美猫姿の獣……青銀に淡く光る虎柄が、普通の獣ではない事を物語っている。それを彼は警戒しつつ、追手が来ないかと後方への、二重の警戒をしてくれている。
(エイシアは、もう大丈夫だと思うけど……)
それをどう説明すればいいのか分からない。
――(エイシア。ついて来れてる?)
頭の中に聞こえる声を、真似てみようと思った。
――(もう使えるのか。速度は遅くて敵わん。やはり面倒だ)
――(できた! フフ、私も出来るんだ。これって誰にでも話せるの?)
――(……使わぬ方が良い。我だけにしておけ。悪いことは言わぬ)
――(そうなんだ……残念だけど、わかったわ)
よく分からない力の使い道は、エイシアのアドバイスを素直に聞こうと思った。
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*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




