第一章 四、芽吹き(三)
部屋に戻ってからは、ベッドの上で金属棒を抱いて寝ているだけだった。
ガラディオのあまりの強さを見たせいで、念願の武器を手に入れた喜びが消し飛んだからだ。
(あそこまで力量が読めない程に、差があるとは……まるで、寿命の無い仙人が武術を極めるために、何百年と練磨しているようなレベルだ)
そういえば、彼はいくつなんだろう。この屋敷で見る人達は、皆若い。セバスチャンでさえ、髭を剃れば若いのかもしれない。
そんな、つまらない事をうだうだと考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
(まだ夕食には時間があるが……)
返事をするのも億劫で、寝たふりをしておこうと決めた時だった。
「エラ様? 入りますよ」
ノックの意味は、単なるお知らせにすぎないようだ。
「あらあら、やっぱりふて寝していらしたんですね」
まだ、目を閉じていれば寝たふりが通じるだろうか。
「起きていらっしゃるんでしょう? ほら、やっぱり」
「……すみません。起きていました」
なぜ分かったのだろうか。
「エラ様がお休みの時は、寝息が聞こえないくらいに小さいのです。今はハッキリと、呼吸の音が聞こえますからね。フフッ」
「寝たきりの時は、ずっとお世話してくれていましたもんね」
シロエには敵わない。そう思って、体を起こしてシロエを見た。
「ええ。エラ様の事は、他の誰よりも存じていますよ。今も、落ち込んでいる事……とか」
「えっ」
「フフフ。お見通しですよ」
心が覗けるのかと思ったが、考えてみれば、シロエは誰よりも空気を読むのが上手いのだ。オレの心くらい、簡単に読み取れてしまうのだろう。
「降参です。シロエの言う通り、隊長の動きと自分を比較して、落ち込んでいました」
「あら、そうだったんですか。そこまでは知りませんでした」
知っているからこそ、このタイミングで現れたのだろうに。
「彼は本当に強いですね。この体じゃ、一生追い付けません」
「追い付けなくても、いいじゃありませんか。ガラディオ様はガラディオ様の特別があって、エラ様にはエラ様だけの特別があるんですから。剣技が全てではないのですよ?」
それでも、この世界では強くないと奪われる側に立つことになる。
「自分の事も、リリアナの事も、シロエの事も……いざという時に守りたいんです」
「本当は……私達女性は、この世界では守ってもらうほかありませんよ。と、言いたかったのですが」
シロエは、オレの頭を撫でながら続けた。
「その棒を上手く使えれば、エラ様なら何か出来るのかもしれません。そうではないかと、お嬢様が仰ってました」
「それを伝えに?」
「いいえ。私はただ、ふて寝しているエラ様を見に来ただけですよ。もう起きてしまわれましたから、これで失礼しますね。あ、それとも添い寝いたしましょうか?」
男のままなら、冗談でも喜んでいただろう。だが今は、なぜか身の危険を感じる。
「い、いえ、いいです。今から起きて、この金属棒の謎を解明しようとしていた所なので……」
「あら、残念ですね……それじゃあ、ご無理なさいませんように」
そう言うと、最後に優しくオレの頬を撫でて、少し名残惜しそうに部屋を出て行った。
(励ましにきたのか、からかいに来たのか、襲いに来たのか……分からない人だ)
そのどれもかもしれない。シロエと一緒になる人は、きっと一生尻に敷かれる事だろう。
「さて……言った手前、やらないと……これが軽くなるのは、何が作用しているのか」
一人ごちて、思考を巡らせた。
(意識を込めた時にだけ、軽くなるのは間違いない)
これそのものが、本当に軽くなったのだとすれば……打ち合った時に力負けしてしまう。
(軽く、腕に当ててみようか)
トントン。と、何度か腕に当てた感じとしては、棒が軽いようには思えない。
(重さが骨の芯にまで伝わる……つまり、実際の重さが消えたわけではない……)
重さは変化していないのに、オレ自身も、オレを通して触れた全員が、軽く感じるというのはどういう状態だろうか。
……考えた所で、オレには科学知識も何もないのだが。
魔法、魔力、仙術、気功、超能力……ファンタジーなら色々知っているが、架空の話をしてもしょうがない。ここは単に地球とは別の星というだけであって、現実なのだから。
(とはいえ、何かヒントになるものはないだろうか)
地球でも、超能力的なものを研究した例があるみたいだが、それが事実かどうか本当のところは知らない。
だが、そういう所から連想してみる他に、オレには考えるための手立てが無い。
(超能力……。意識を通す……手を離すと重い……意識を外しても重い……。触れている事と、意識を通している事……)
オレの意識だけで軽くなるなら、他の物も軽くなるはずだ。
そう思って、適当に触れて意識を通してみた。椅子、机、置き鏡……。だが、そのどれも軽くはならなかった。
(……白煌硬金だけが、オレの意識と反応するのか)
そして、オレだけが白煌硬金と反応する。
今のオレは、古代種と呼ばれているらしい。つまり、特殊な存在だ。他の人に無くてオレにあるものと言えば、それが一番だろう。
(白煌硬金と、古代種の意識……脳波……的なもの?)
この金属が、古代種の脳波に特別な反応をすると考えると、辻褄が合う様な気がする。
古代種の脳波か……それこそ本当に、超能力だと夢がある。非現実的だが。
(でも、もしもそういう事なら……)
超能力だというなら、握らなくても動かせるのではないだろうか。
手の平に水平に乗せただけの状態で、意識を通す。もしも『そう』なら、このまま起こせるだろう。
(……動け……動け)
意識を通した事で、うっすらと青白く光る白煌硬金は、意外となほど簡単にその予兆を見せた。
ふわり、ふわりと、動こうとしている。
(目の錯覚では……ない!)
だが、動きが定まらない。意識がまだ弱いのだろうか。
(集中……。って、これ以上どうすればいいんだ?)
などと考えた瞬間、隅々まで行き渡らせていた意識が途切れたのだろう。金属棒の太い部分から、ドス、という音を立ててオレの足元に落ちた。
(あっぶな……足を掠めたじゃないか。こんな重さの金属、当たれば骨が折れていた)
心臓がドキ、ドキ。と、うるさいくらいに強く鳴っている。だが、足を掠めたからではない。
「…………動いたぞ? 物理的にではなく、オレの意識だけで」
耳に付く心音を誤魔化したくて、未だ聞きなれない少女の声を発した。
「……これは、現実なのか?」
確かめるために、そして足に落とさないために、床に四つん這いになり、もう一度手の平に金属棒を乗せた。
(さっき不安定だったのは、動きの明確なイメージが無かったからだろう)
水平の状態から、直立の状態に。
金属棒は淡く青白い光を帯びて、九十度の角度をゆっくりと起き上がった。
「は……ははは。ハハハハハ」
超能力みたいだ。念動力とか、そういう類の。
(椅子や机も、頑張れば動くんじゃないか? 念動力だというなら、少しくらい動かせても良いはずだ)
そう思い、もう一度椅子や机で試してみた。だが、全く反応しなかったので、もっと軽いペンや紙でも試してみた。
しかし、何を試そうとも、何も起こらない。自分の髪の毛でさえ、息を吹きかける方が動く。
(こんなに軽いものでも動かないのに、なぜ白煌硬金は動くんだ)
もっと何でも動かせるような、ハイスペックな能力かと期待してしまった。
察するに、この金属がオレの脳波か何かを増大させるのだろう。オレの念動力だけでは、髪の毛さえ動かないほど弱いのだ。
(いや、待てよ? これを通して他の物に触れれば、もっと凄い事が出来るのでは)
……と、思ったが……白煌硬金ごしに触れても、他の物はピクリともしなかった。
(増幅装置ではあるが、この金属内だけに有効……という所だろうか)
そうなると、結局は『白煌硬金を自在に振り回せるだけ』という事だ。
それはそれで嬉しいのだが、もっと凄い事が出来るのではと期待してしまった分、つまらなくなってしまった。
後は、どの程度の大きさまで動かせるのか。という事くらいだろうか。
例えば、岩のように巨大な白煌硬金があったとして、それを自在に動かせるなら、近接戦闘で負ける事はほとんどないだろう。
掠っただけで肉塊に出来る。
(強いが、あまり格好のいいものではないな……)
かさばるし、持ち歩きで常に意識を集中させるなんて出来ないだろう。
それに、浮かせている状態ではないとすれば、持ち上げた瞬間に自分が潰れてしまうのかもしれない。
(……考えても、実際にどうなるのかオレには分からないな)
今試せるもので思いついたのは、念動力で宙に浮けるかどうかだ。例えば棒を股に挟んで、魔女の箒のように。
(浮け! 浮いてみろ!)
…………この姿を、シロエやリリアナに見られなくて良かったという事が、他でもない成果だった。
(アホな子みたいだな。もしくは、お年頃というか)
「ふふ……フフフフフッ」
自分があまりに子供じみた事をしているのが、どうにも可笑しくなって仕方が無かった。
自分のしたバカな事で、声に出して笑ったのは生まれて初めてだ。しかし、本当に他人に見られなくて良かった。
「エラ様……ご乱心ですか?」
「えっ?」
未だ、金属棒を股に挟んだままの状態で振り返った。
「……そういう遊びは、もう少し大人の体になってからの方が……」
「シロエ、ノックは……?」
恥を堪えながら、棒を手に持ち直して平静を装った。スカートの裾が絡んで、少しまごついてしまったが。
「致しましたし、お声も掛けたのですが反応が無かったので、お休みなのかと……」
「……オホン。どこから見ていました?」
「ちょうど、それをお股に挟んで笑い出した所からです」
……一番イヤなシーンから見られている。『浮け!』などと集中しながら念じていた時だろう。ノックが聞こえなかったのだ。
「えっとですね。これは、この棒で宙に浮けないか試していた所で、決してヘンな事をしていたわけではないんです」
顔が熱い。絶対に赤くなっている。
「大丈夫ですよ? 誰にも言いませんから」
「いや、本当に! 信じてください。これの使い道を模索してたんです。本当です!」
「はい。でも、あまりお股に物をあてがうのは、およしになってくださいね。興味がおありなのは分かりますけど……」
……もういい、諦めよう。
「それより、もう夕食の時間ですか?」
「はい、お呼びしに参りました」
タイミングが悪すぎたのだ。食堂まで移動する間中、何なら食事中もずっと、どうしたら誤解が解けるのかを考えてみたが、良い言葉は何も思いつかなかった。
(次からは、もし試すにしても横乗りにしよう……)
――結局のところ、大した事が出来る訳でもなく、ますます自信を無くしてしまった。
ガラディオのようにもなれないし、オレはどうしたら良いのだろうか。
身の振りを考え直さなければ、この世界で生かせてもらえたとしても、役に立てるかは分からない。
今のままでは、彼女達に恩を返せる見込みが無い。
(いい加減に、この体と本気で向き合わないといけないんだな……覚悟を、決めるしかないか)
例えこの身を、捧げなくてはならないとしても。
――「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいか」
と思って頂けたらぜひ、この作品を推してくださると嬉しいです。
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(面白い!→星5つ。つまんないかも!→星1つ。正直な気持ちで気楽に星を入れてくださいね)
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どうぞよろしくお願い致します。 稲山 裕
週に2~3回更新です。
『聖女と勇者の二人旅』も書いていますので、よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n4982ie/




