第四章 三、覚醒(八)
覚醒(八)
割と強く体をゆすられて、わたしは起こされているのだと気が付いた。
「エラ。大丈夫? 悪いのだけど一度起きて」
リリアナは申し訳なさそうに言った。部屋はまだ暗い。
少し離れた暖炉の火が、絶えず燃えて光を届けてくれているけれど。それでも光源としては弱い。
「あえて起こさなくても、良かったかもしれないけど……うなされてたから」
「すまんな。起こせと言ったのはワシだ」
「リリアナ……おとう様……」
悲しい夢を見ていた。
そう、突然お別れを言われて……。
「エラ? つらい夢でもみていたの?」
頬を伝う涙と共に、わたしは嗚咽交じりに泣いてしまった。
手探りでリリアナとおとう様の手を取って、これ以上寂しくならないようにした。
「エラ……大丈夫よ。私もおじい様も一緒だからね」
二人に挟まれて眠ったから、幸せでいっぱいだったのに。
あの夢は、ただの夢だろうか。
実際に何か変わったかと言えば、いつもの自分……のような気がする。
ベッドの上で体を起こしただけでは、何も分からないけれど。
「怖い夢でも見とったのか? そういうものは、話せば楽になるぞ」
さめざめと泣きながら、小さく首を振った。
二人は私が落ち着くのを待つことにしたのか、それ以上は何も聞いてこなかった。
ただ、わたしが掴んだ二人の手を、リリアナもおとう様も、優しく握り返してくれている。
……夢の内容は、言わないでおこうと思った。
わたしのカミサマの事なんて、誰にも理解できないだろうから。
それに……最初の二年近くは、カミサマがわたしだった。その人が居なくなったと知れば、二人にも悲しい思いをさせてしまう。
カミサマと同じように、振舞わなければいけない。
でも、ずっとわたしも一緒だったし、今初めて前に出ているわけでもない。この奇妙な感覚は、きっと誰にも分からないだろう。
カミサマがわたしとして過ごしている間も、わたしはわたしとして過ごしていた。わたしがわたしとして過ごしている間も、カミサマはわたしとして過ごしていた。
完全に、一緒だった。
今もきっと、本当はそのはずだけど……今は少し、寂しい気持ちがわたしの半分を占めている。
その代わりに、体の芯が……温かい。
魔力にも似たその感覚だけが、カミサマの名残のようにそこにある。
カミサマは、どうしてわたしの中に入れられたのだろう。
カガクシャという人に、無理矢理に飛ばされたという記憶しかない。
時々、何か閃いたようにしていても、次の瞬間には忘れている事が何度かあった。
わたしはそういう時に限って、ぼうっとして眺めていただけだから、何も覚えていてあげられなかった。
「エラ……もう、そんなに泣かないで。よかったら、どんな夢だったのか教えて?」
リリアナの優しい言葉に、涙が余計にあふれてきた。
「まっ……」
待って。と言おうとして、声が詰まって出なかった。
思っている以上にカミサマの事がショックで、涙が止まる気配はなかった。
「うん……。いいわ。たくさん泣きましょうか」
そう言ってリリアナは、わたしの手を撫でてくれた。
本当を言うと、頭を撫でて欲しかったけれど……わたしがその手を握っているせいで、出来ないのだろう。
――素直な気持ちを。
(素直な……気持ち)
わたしは、二人が握り返してくれている手を、ゆっくりと抜いた。
そして、自分で頭をぽんぽんとたたいた。
「……なんだ? 撫でろというのか?」
お義父様がいち早く察してくれたようだった。その言葉に、わたしはコクコクと頷く。
「いくらでも撫でてやろう。リリアナも。撫でてやるといい」
自慢の銀髪を、順番に滑るようにつたう二人の手が、本当に心地良い。
カミサマは、皆を護ろうとする気持ちと、皆の中で生きていくという事に、一生懸命だった。
皆からの愛を受け止めきれずに、遠慮ばかりして。
それでも満足だと、幸せだったと言う。
(わたしは……そうは思わない)
もっと、たくさん愛してもらえば良かったのに。
もう一つ体があったなら、抱きしめてあげたかった。
似た境遇のわたしになら、もう少し甘えてもらえたかもしれないから。
わたしは俯いて、自分の体をぎゅっと抱きしめた。
――今更だなと思った。
細い腰。身長にしては大きな胸。華奢で柔らかな体。
(自分でも、スタイルがいいと思う)
それに加えて、この容姿。
甘えればほとんどの人が、度を越さなければ応えてくれるだろう。
「あ……寒かった? 毛布かけようね」
リリアナは気を利かせて、めくれてしまったお義父様専用のおっきな毛布を、肩までかけてくれた。三人並んで座ったまま、一緒に包まった。
ふわふわの毛布の温もりと、わたしを挟む二人の体温と……そして、体の芯に灯った、カミサマの熱。
(あたたかい……)
「あったかいわね」
「あたたかいな」
わたしがそう思ったのと、リリアナとお義父様も、ほとんど同時だった。
いつの間にか、涙は止まっていた。
わたしが……カミサマが、幸せを感じられるような生き方を……。
(する。してみせる)
わたしが幸せだよって言って、それで、カミサマも幸せを感じてくれるなら。
孤独で、一人で強く生きていた人だから……たくさん、愛情を貰えるように。
「えっ? わっ、エラ。エラ!」
たじろいだ様子のリリアナに振り向くと、わたしの頭を見て驚いている。
「エラ……それは、何だ。何が起きている」
お義父様も同様に。でも、リリアナよりも心配が勝っている顔だ。
「何って……」
と、聞き返そうとしたその時。
暖炉からの明りを受けているのではなく、髪の毛が淡く光っているのが分かった。
エイシアの虎柄と同じような、青銀の光。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




