第四章 三、覚醒(七)
覚醒(七)
リリアナとお風呂に入って、お義父様の寝室で三人で横になって……。
楽しい時間を過ごした。短かったけれど、とても濃密な。
そのまま眠りについた……はずなのに、わたしは……よく分からない所に立っている?
真っ白な空間。違う。真っ暗な所。
……違う。何もない。
「やあ。というか、キミの中にお邪魔してて、何だか申し訳ない」
「……誰ですか?」
目の前に……居るだろう人は、男性だと思う。声がそうだし、体型も……いや、体はおぼろげで、ぼやけている。見ようとすればするほど、そこには何もなくなっている。
「ユヅキ。キミの中に飛ばされてしまって、しばらくオレがキミとして過ごしていた」
思い出した。
昔の夢を見た時に、わたしを護ろうとしてくれたカミサマだ。
とても優しくて、いつもわたしの支えになってくれていた。
――はずだ。
「混乱させてるよね。オレも、今頃どうしてキミに会えたのか、分からないんだ。でも、なんとなく分かる事がある。もうすぐ、オレはキミの中に完全に溶け込むだろう。気持ち悪いよね。ほんと、申し訳ないんだけどね」
カミサマの言っている事が、いまいち分からない。
「えっと、記憶なんかは完全に混ざってしまって、どっちがどっちのモノかは、分からないんだと思う。思考も共有しているみたいだし。ただ、キミの過去の記憶はほとんど知らない。キミも同じかもしれないけど」
まるで、自分が自分に話してきているような、妙な感覚だ。声だけが、男の人の声。優しい口調で、人を慮る気持ちで話しているのが分かる。
「それから……ええっと。居なくなれるわけではなくて、オレは裏方に回るというか。この体はキミのものだし、キミが幸せになるために、ここの人達と楽しく過ごして欲しい。ちょうど、そういうタイミングというか」
どういう事だろう。きっと、ずっと一緒に居てくれたはずなのに。戦う時はいつも、わたしの前に立って――。
「――そう。オレのせいで、逆に危険な目にあわせてしまっているなって……ごめんね。誰かを護ろうと思ってしまったら、つい……。どうにも、この体を自分の時と同じように扱ってしまって、それも申し訳なかった。あ! あまり見ないようにはしていたから! それは信じてほしい。むやみに触ってもいない。本当だ」
「……あなたが居なければ、わたしは戦うなんてこと、出来ませんでした。助けてくれているのに、どうして謝るんですか?」
「あぁ、いやあ、普通は……逃げる事を優先するものだと思うから。戦うと、傷を負うリスクも増えるし、この世界の状況だと、死んでしまう事だってあるから。キミの体で戦うなんて、しない方が良かったのかもって。毎回反省するんだけどね」
でも、わたしはそれを、嫌だと思った事は一度もない。
「わたしは! 戦えたことが、とっても楽しかったです! だって……今まで、ただ殴られるだけだったから。我慢するしか、出来なかったから。……だから! えいやっ。って。戦える自分が夢みたいで、かっこよくって! 嬉しかったんです。だから……ぜんぜんイヤじゃないです。反省なんて、してくれなくっていいんです」
思ってることが、きちんと言える。すらすら話せる。
「ありがとう。そう言ってもらえると、少しだけ罪悪感がマシになる。……あぁ、一応は、戦う事は出来ると思う。記憶も感覚も、完全に一緒になるわけだからね。そのせい、というか、お陰と言うか。人格としてはもう、ほとんど残っていないみたいなんだ。その分、キミの感覚が強くなっていると思う。きっと、オレが強く出て居たせいで、キミが本来持っていたものを阻害していたかもしれないから」
そんなことよりも、まるでもう、お別れを告げるための前口上みたいなのが、とても気になる。
「そりゃあね。でも、途中からはキミがきちんと、過ごしていたじゃないか。それが本来の状態だから、オレは嬉しかったんだ。キミは死んでしまっていたのかなって、思ってたから。生きていてくれて、よかった。本当に」
「……あなたも居てくれなきゃ、嫌です!」
だって、わたし一人じゃ、どうやって生きていけばいいのか、分からない。
「大丈夫だよ。全て共有していたし、オレが無くなるわけじゃない。いや、分からないんだけどね。思考はキミの体……脳というのかな。かなり引っ張られているし。そのせいか、兵器を使うと疲弊が凄まじい。使う度に、というよりは、この体に引っ張られる度合いが高くなり続けているせいで、消耗が激しいんだ。でも、キミなら元々の体だし、オレのように疲れたりしないだろう。現に、完全にキミに変わると、翼を飛ばし続けても疲れていないはずだ」
道理で、今日はなんだか、体が軽かったような気がする。それに、魅了の力が急に溢れて……エイシアを手懐ける事ができた。
「とにかく、オレは十分に愛情を受けれたし、それでもう、おなかいっぱいだ。突然キミの中に詰め込まれたのに、拒絶せずにいてくれてありがとう。お陰でオレは、今まで知らなかった本物の愛情を貰う事ができた。本当に幸せだったんだ。感謝する。だからキミも……キミにはもっと、幸せに生きてほしい」
「どうして……そんなことを言うの」
「そういうタイミングらしい。オレが思考するというよりは、キミの思考を手伝う感じの方がしっくりする。割と前から、戦う時以外はキミが自分で過ごしていたんだよ。だから、大丈夫。リリアナ達を想う気持ちも、間違いなく全部キミのものだ。檻に飛び込んだ時はひやっとしたけどね。十分キミも、大胆な子だと思った」
「あなたは、わたしのカミサマでしょう? 居なくならないで!」
「ああ……ハハ。女の子には、敵わないなあ。そういう素直な気持ちを、皆にもっと見せてあげるといい。きっと喜ぶ。いや、絶対に喜ぶよ。オレは遠慮しかしないし、あまり可愛くなかったろうからね」
「カミサマ!」
「ありがとう。キミの中に居候している事に変わりはなさそうだけど、適材適所というヤツだ。キミの人生が幸せであるように、中から祈っている」
「そんなのいいから、一緒に居てよ!」
目の前に居たと思っていたのに、突然その気配が消えた。
「うそ……」
どんなに目を凝らしても、何も見えない。
「中にいるとか、わかんない。あんな風に強く、まっすぐな考え方なんて出来ない」
……でも、何もかもを覚えている。
(むしろ、いつからわたしが、この体を使っていたの?)
ずっと使っていたようにも思えるし、今までどこかから傍観していたようにも思う。
記憶の繋がりが強すぎて、どちらがどちらだとか、全く分からない。
その方が、助かるけれど。
(それじゃあ、カミサマが居た証は……?)
街道に捨てられてから、一年……二年?
その辺りは絶対に、わたしじゃない。
二年もしないうちから、曖昧になっている。
(こんなことって……)
記憶が明確だからこそ余計に……不可解な部分だけが抜け落ちていて気持ち悪い。
「いや……イヤよ。そんなの、あんまりにも……可哀想よ」
カミサマも、ずっと孤独だったくせに。
ほんの数年、愛されただけで……それで満足だなんて。
(もっと、愛されなさいよ)
愛されてくれないと、わたしが納得できない。
ずっとわたしを護って、リリアナ達を護ろうとして……自分は、たったの数年で満足だなんて。
(男の人なら……胸くらい揉んでたって、よかったのに)
本当に、遠慮ばかり。
「ばか……。ばかよ」
(――カミサマの、ばか)
……体の芯が、ほんのりと温かい。
それは、カミサマの返事だろうか。
その温もりは、魔力の感覚に似ていた。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




