第四章 三、覚醒(四)
四、覚醒(四)
「寒くないか」
屋敷に向かう馬上で、ガラディオはわたしを落とさないように抱えながら、気遣ってくれた。
馬車は一緒に来たリリアナが乗って帰ってしまったし、馬は騎士たちの分しか居ない。
「うん。大丈夫、ありがとう」
「ところでお前、翼はどうした。屋敷に置いて来たのか?」
城壁の外に居るのに、着けていない事を不思議に思ったのだろう。
「ふふ。私も使いこなすようになったの」
「どういうことだ?」
近くにあれば、意識するだけで飛んでくる剣と、自動で装着される翼。
これは、もしかすると意識さえしていれば、その辺に飛ばしていられるのではと思ったのだ。
「上で飛んでるの」
「はあ?」
何を馬鹿なと言わんばかりの声だったけれど、彼は一応上を見た。
「…………おぉ。あれか」
淡く光る翼は、夜は目立つ。城壁の見張りならば確認しているだろう。だから、事前に通達はしてある。
翼で帰っても良かったけれど、どのくらい飛ばし続けていられるかのテスト中だから、使わない事にしていた。
「まだ城壁の見張りと、おとう様とリリアナしか知らない事なの」
「ほ~。大したもんだな」
なぜそんな事が出来るのかは、分からない。昔の技術は凄かったのだろう。という事しか。
「もっと色んな事が出来ないか、調べてみるつもり」
「そうか。ま、お前自身を守るために頑張るんだな」
単純にわたしを心配しての事だろうけれど、これからも危険があるのだと言ったようにも聞こえた。
「……ところでガラディオ。相談があるんだけど」
「珍しいな。何だ」
城門までは、まだ少しかかる。暗いのであまり速度が出せないからだ。
「……あのね。もしも、ものすごく強い力が手に入ったとして……その、大勢を支配できるくらいのね。ガラディオはそれを、普通に使う?」
「よく分からんな。あの翼のようなものか?」
「うーん。そうね。あれをもっと、強力で広範囲に攻撃できるとして」
魅了の力はまだ、リリアナにしか言っていない。その報告は、今はお義父様と国王くらいにしか伝わらないだろう。まだ、彼には話せない。
「使いどころは考えるだろう。無駄に殺す必要が無い時と、殲滅するしかない時。色々あるからな。獣の大群になら、迷わず使うだろうが」
ガラディオには迷いが無かった。戦場を駆け、今なお生き抜いてきた彼には、力を振るう基準があるのだろう。
「そっか……そうだよね。……えっと、私が急に強い力を手にしたら、どうすればいいと思う?」
「ああ? やけに食い下がるな。また何か、翼みたいなものを拾ったのか」
ガラディオは少し苛立っているように感じた。またわたしが、面倒な事をしでかすのではと危惧したのかもしれない。
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」
「はぁ……。お前が利己的に人を殺すとは思えんから、自由に使えばいいと思う。だが、どんな力なのかは知らせておくべきだ。勝手に使うな。作戦に組み込めるようにしておけ。そして、どんな状況でも即座に連携出来るものではないなら、むやみに使うな」
彼は、わたしの力が何なのかも分からないのに、ものすごく的確な指標をくれた。
「……ありがとう。とっても参考になった。ほんとに、ありがとう」
「お前は判断が甘いからな。本当に頼むぜ。いつでも助けてやれると思うなよ? 勝手な行動だけはしてくれるな。守れなくなる」
「はい……ごめんなさい」
先日、黒いトラの時に勝手に出た事を、まだ怒っているのだ。それ以前にも色々とやらかしているから、うんざりさせたのかもしれない。
でもそれは、わたしのために怒ってくれている。
「きつく言い過ぎたな」
彼は、すまん、とは続けなかった。けどそれは、本心で心配してくれているからこそ遠慮がないのだろう。
「ううん……ありがとう」
彼はそれ以上、何も喋らなかった。わたしも何も聞かなかった。
わたしが落ち込んでいるのは、彼に怒られたからではない。平然とエイシアに魅了の力を使った自分が、ガラディオの言うように制御できるのか、不安になったからだった。
(利己的に……)
二回目にエイシアに使ったのは、あれは利己的ではなかっただろうか。
屋敷に着くと、侍女だけではなくリリアナも出迎えてくれた。
檻の中でエイシアと眠ると言っていたのに、戻った事を特に驚きもしなかった。
夕食は食べたかと聞かれ、お肉を沢山食べたと言った。そしてあの時、ガラディオにかじりかけを食べられた事を思い出してしまった。
「バーベキューは楽しめたかしら? お爺様が待ってるから、書斎に行きましょ」
おそらく、わたしの魅了の力を、どのように扱うのかが決まったのだろう。それと、エイシアの事も。
わたしは何だか、少し嫌な予感がした。
書斎に入ると、お義父様は難しい顔で書類を眺めながら、横目でわたしに言った。
「お帰り。外はさすがに寒いだろう。戻ってきて良かった」
普段なら、横目で声をかけたりしない。もっと嬉しそうにこちらを見てくれる。
魅了の力の事を聞いて嫌いになってしまったのだろうかと、胸が苦しくなった。
でも聞けば、黒いトラに破壊された家々が酷い有様らしい。市民の避難先の手配や家の建て直しに、管轄外とはいえかなりの額を援助するという事だった。それらの数字と睨めっこしているせいでずっとあんな調子だと、リリアナは補足してくれた。
「ふぅ……。金額的なものよりも、資材不足はどうにもならんな」
ひとり言など珍しい。お義父様はようやく書類から目を離すと、こちらに向き直り立ち上がった。
「エラ。疲れた時にはエラの顔を見るのが一番だな。元気が湧いてくる」
そう言いながらこちらに来て、膝をついて両腕を開いた。
「おとう様。お疲れさまです」
その手に包んでもらおうと、お義父様の太い首に手を回した。背中をぎゅっと締め付けられて、気持ちがほっとするのが分かった。
「まったく、とんでもない事ばかりしおる。単騎で乗り込む事ばかり……肝が冷えたわ」
これほど大切な人に心配をかけるなんて、自分はなんと浅はかなのだろうと思う。
それなのに、その大切な人を護るためならばと簡単に命を投げ打ってしまうのは、自分でも説明がつかなかった。
「バカな娘ですみません」
「いっそ、部屋に閉じ込めてしまおうかと思った所だ。どうなってももう、文句は言わせんぞ?」
そんな……と思ったが、そうなっても致し方が無い。それに、閉じ込められた方が、あの力を使わなくて済むかもしれない。
「……お任せします。おとう様の言うとおりにします」
エイシアを従える前なら、こんな気持ちにはならなかっただろう。それでは皆を守れないと、わがままを言ったはずだ。
でも、今は……脅威もとりあえずは無くなった。ならば魅了の力ごと、閉じ込めてもらった方がいいのかもしれない。そう思った。
「なに? ならば、お前の気が変わる前にそうしてしまおうか」
と言いながら、お義父様はわたしを抱えて立ち上がった。
「え、ちょっと、ちょっとおじい様!」
リリアナが慌てて呼び止めた。
「皆で決めたではないですか。エラは私と戻るんですから」
お義父様は、大きくうーん。と唸ると、わたしを降ろしてしまった。
「まったく、油断できないんですから。私も残ってて良かったです」
リリアナはお義父様が本気だったことを見抜いて、本気で慌てた様子だった。
わたしの処遇は、お義父様にはあまり嬉しくない結果になったらしい。悲しそうな顔をして、わたしにやせ我慢の寂しい笑みを見せた。
「おとう様……。わたしは、どうなるんです?」
お読み頂いて、ありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます。
色々とあって、いつもより書くのが遅くなってしまいました。気持ちが沈むと、内容まで沈んでしまいそうになります。
でも、今回不穏な感じなのは影響を受けたのではなく、元々の流れですのでご了承ください。
この先もお読み頂けると嬉しいです。
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読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。
「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。
*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




