第四章 三、覚醒(三)
三、覚醒(三)
冬は暮れるのが早い。
気温が下がり、防寒マントがあっても底冷えする。足元と首回り、そして手を使う度に体の前から冷えてしまう。
一人、ないし二人に一つの焚火と……今はバーベキューコンロの炭火が、暖を取る大切なスポットだ。
わたしはいくつかあるコンロの、檻に近い場所に座っている。エイシアは檻の中で、大きな生肉を食んでいる。美猫の容姿であっても、肉を頬張る姿はさすがに、獰猛な獣であると実感する。
椅子代わりの、後で薪になるという乾いた丸太の上は、比較的冷たく感じない。薪にするために斧をふるうのも、暖を取れるのだとか。すでに薪は沢山あるけれど、夜を越すには不十分なのだろうか。
仮眠中の人に、木を割る音はうるさくないのかな。などと、ぼんやりと思っていると声を掛けられた。
「焼けましたよエラ様。おいしいお肉ですから、沢山食べてくださいね」
焼きたてのお肉と野菜の串を、食べやすいように串から抜いて、お皿代わりの四角い木製トレーに盛ってくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
昼のように、無意味に跪いたりしない。普段通りの優しい荒くれ者達。この部隊はたたき上げばかりの精鋭達で、騎士の称号を得て、作法や言葉遣いを覚えた平民がほとんどだ。
(お昼はやっぱり、私やエイシアの魅了のせいで、おかしくなってたのね)
「……ごめんなさい」
わたしの小さな声は、焚火のパチパチと燃える音と、騎士達の賑やかな声でかき消されただろう。
「えっ、何か仰いましたか?」
バーベキューの炭の加減を見ては焼き、わたしへの取り分けもしてくれたその騎士は、はっと振り向いてくれた。
「ううん、なんでもありません。邪魔してごめんなさい」
「いいえ! 何でも注文してください。他に食べたいものはございますか?」
「えっと……こちらを頂いてから、またお願いするかもしれないです」
「はいっ! またお声掛けください!」
元気な彼は、ハキハキと、そしてテキパキとしている。
他の皆も、一応周囲を警戒しつつ……主にお肉に、舌鼓を打っている。
トレーに盛ってくれたものも、お野菜よりも断然お肉が多い。
「フフッ。こんなに食べきれるかな」
でも、沢山食べて、大きくならなくては。
さすがに今の身長は低すぎる。シロエに抱き付かれても、胸で窒息しないくらいには、伸びてほしい。
そんな事を思って、きっと食べきれない量のお肉を、一切れほおばった。
(おいしい……!)
雰囲気も味付けになるのだろう。お屋敷のシェフの料理はもちろんだけど、こうして皆と外で食べるのも、余計に美味しく感じる。作法も何もなく、フォークで刺して口に運ぶだけなのも良い。
「エラ様、ご一緒しても良いですか?」
数名の騎士が、各々串を数本持ちながらやってきた。
「あら。もちろんです。わたしなんかがお邪魔して……と思っていたので、嬉しいです」
「邪魔だなんて! 居てくださるだけで、我々は幸せなのですよ。ご一緒出来るのは光栄の極みです」
「ありがとう。仲間に入れてくださいな」
楽しい人達で、普段はどこを守っているとか、失敗談だとか、恋愛話だとか、なんでも話してくれた。
最初こそわたしは、手を口に当ててクスクスと笑っていたけれど、それでは堪えきれないほど可笑しな話ばかりだった。お腹に手を当てて、笑い転げそうなほど笑った。
快活で野太い笑い声のこだまする中、高く透き通る可愛い笑声が響く。
「も……もう、もうダメです。それ以上、それ以上は。フフ、笑い死んでしまいます」
いつの間にか、皆集まっていた。
皆で火を囲んで、皆で食べて。
近くの人も少し離れている人も、皆同じ話で笑って、少しのお酒を飲んで、楽しい時間だった。
「さて! そろそろバーベキューは終いです。肉がもうありません」
「何! 全部食ってしまったのか! 隊長が来るって聞いてたぞ?」
それまで楽しく過ごしていた皆の、血の気が引くのが分かった。急に押し黙って、「やってしまったな」と嘆き合っている。
丁度そこに、地を駆ける蹄の音が聞こえてきた。
『あぁぁ……皆であやまろうぜ……』
「何っ! オレも来ると言ってあっただろう! もう……ないのか……」
馬から降りたガラディオの、開口一番は「肉はもう焼けているか?」だった。
でも、全員がキッチリと整列して、彼と目を合わせないように上を向いた時点で察したようだった。
『すみません! もうありません!』
「そこは声揃えられても腹が立つんだよ」
冗談が二割、本気の怒りが八割くらいの怒り方に見えた。
『申し訳ありません!』
「くそっ」
無いものはしょうがないし、きっと、これまでも似たような事があったのだろう。ガラディオは少し毒づいただけで、それ以上喚き散らすような事はしなかった。
「あの……ガラディオ? わたしの食べ残しなんだけど、嫌じゃなければもう一度軽く焼いて――」
焼いてから食べて。と言い終わる前に、彼はわたしの手からトレーを取り上げてしまった。
「――もらおう! 嫌じゃないのか? 食っていいのか?」
「え、ええ。どうぞ。でもほんとに、こんなのでごめんなさい」
食べかけの、かじってしまったお肉があるから。と、喉元まで来ていた言葉をかき消す勢いで彼は……。
「少しでも肉があるだけで助かる! すまん、恩に着る」
……食べてしまった。
「ああっ! 食べた! ロリコンの変態だ! 隊長の変態!」
「なにがだ! 俺は今日何も食ってないんだぞ」
「エラ様の食べかけですよ! なんで食べちゃうんですか!」
少し趣旨が違う気もするけど、もっと言ってほしいと思った。
「お前らも分け合ったりするだろう。なぜ非難されないといけないんだ」
「我々は女性には気をつかいますよ! そんなだから隊長はモテないんです」
「はあ?」
ガラディオはお肉を丸飲みする勢いで食べてしまうと、騎士達の非難をその一言で受け止めた。それ以上は言っても無駄だと知っているのだろう。騎士達は、大きなため息をついて口を閉ざした。
「……ひとつだけ、かじってしまったものがあったの。だから焼き直してって言おうとしたのに……へんたい」
いっとき静まった中では、わたしの小さな声でもその言葉は、全員に聞こえたらしい。
『ああああああ!』
「エラ様がお口を付けられたお肉、食べちゃだめでしょうたいちょおおおお!」
騎士達は絶叫と共にガラディオを責めた。
「エラ様も変態っておっしゃいましたよ! へーんたい! へーんたい!」
「な……何をガキみたいに。いい加減うるせぇぞてめてぇら!」
ギャーギャーと騒ぐ騎士達とガラディオ。このコミュニケーションは、しばらく終わらないらしい。
そういえば、男の人ってこんな感じなのだとシロエも言っていた。
たまになら、騒がしいのも悪くないなと思いつつ、わたしは檻の方に来た。
食べかけを目の前で食べられてしまった事が、思いのほか恥ずかしかったのもあった。
(ほんと、デリカシーのない人ね)
あれを可愛く思ってしまったら、ダメな男を好きになる女になってしまう。
「気を付けないと……」
檻の中では、大きな生肉を何処へやったのか、エイシアは満足そうに目を閉じて寝そべっている。
「あら? お前、耳をそんな風にたためるのね」
ピンと立った三角の耳を、器用に頭に貼り付けている。
「うるさいのは嫌い? 森では静かだったでしょうしね」
わたしのひとり言が聞こえたのか、片方だけ、その耳をピっと立てた。
「起きてるんだ。大人しく我慢して、えらいわね」
「にゃ」
微妙に頭の位置を変えながら、エイシアはわたしに答えたようだった。
「……お前が私に従ってくれるなら、殺そうとしたりしないわ。……って、これって傲慢よね」
自分の力のえげつなさに、その心境の変化に、自分でどうしたらいいのか分からなくなった。
この恐ろしい獣を、一瞬で支配下に置けるような魅了の力。
「お前は、この力を躊躇なく使うわよね……それって、よくない事だと思わないの?」
問うとエイシアは、片目を開けてわたしを見た。
……その瞳に、魔力が灯るのが分かる。
一度自分で体験すると、魔力を感じる事が出来るようだ。それは、今まで何故気が付かなかったのだろうと思うくらいに、ハッキリと感じる。
「きっと、私にはもう効かないわよ?」
白い美猫の、紅い瞳に宿る力。青銀の虎柄は夜ほど美しく、淡く光っている。
おそらく、魅了の力をわたしに向けて使っているのだ。でも、わたしには何ともない。
「……ほらね。私の方が、ずっと強い」
集中する間も必要ないくらいに、反射的にわたしの魅了がエイシアを支配した。
わたしは――魔力や魅了の力に、恐ろしいほど順応している。
抗う気もないのか、昼間のように頭を振る様な事もせずに、エイシアは静かに目を閉じた。
「…………こうなると分かっていて、わざと私に向けたのね。どういうつもり?」
何かを伝えようとしたのが、なぜかわたしには分かった。
(……負けないと分かっていたのに、負けないでしょ。と、わたしも力を使った――)
「そういう事?」
――力を示しておいた方が、無難だと思った。
ただ、それだけのために。
(森で生きるには、それでもいいかもしれない)
けど。
人には言葉があるし、力を使わずに理解し合えると――。
「……信じたいだけ。――か」
散々、戦争を起こしている人間が、どの口でそれを言うのかと思われているかもしれない。
色々と考えても、堂々巡りする。
「お前は、気にせず使う派なのね。……他にも、相談してみる」
エイシアは、意に介さないことだと言うかのように、横を向いてから欠伸をするとそのまま寝てしまった。何か反応を、態度を示してくれるのかと思って、しばらく立ち尽くしていたら寝息に変わっていた。
「もう。……お前は魅了を受けても、どこか見下してるわよね」
未だ幼体だとは、とても思えないふてぶてしさを持っている。
しかも、あの毛皮に包まって寝ようと思っていたのに、勝手に寝られてしまった。
「……お屋敷に戻ろうかな」
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*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




