第四章 三、覚醒(二)
三、覚醒(二)
「エラ~ッ! エラ!」
リリアナが、護衛騎士達と共に馬で駆けてきた。飛び降りるように慌てて下馬すると、一目散に檻のすぐ側まで駆け寄ってきた。
「エラ! それは今、どういう状態なの? 報告は聞いたけど。大丈夫なのよね?」
息も荒く、本当に心配して急いで来てくれたのだと分かる。
「リリアナ! 大丈夫です。リリアナの希望通り、懐いたかもしれません」
エイシアは、頬すりに飽きたのか伏せの状態で待機を決め込んでいたけれど、わたしの側から離れようとしなかった。試しに数歩離れると、のそりと動いては側に来て伏せる。何度か試したけれど、側に来て伏せるのだ。
「その割には、少し不貞腐れてるように見えるけど……ほんとに懐いたの?」
リリアナは、どうやったのか、どういう状況なのか、色々と聞きたそうにしているのが見て取れた。無意識に檻の中まで来ようとして、護衛騎士に止められているのだ。普段なら、自身に危険な事はしない。
「そうですね……どうしたら懐いていると確信できますか?」
先ずは、懐いた証拠を見せた方がリリアナの期待に応えられると思った。
「そうねぇ……乗ってみて。あなたなら軽いから、大丈夫そうだし」
割とエグい事を言う。絶対に大丈夫だと言われても、触るのとはわけが違う事をサラッと……。懐いたと言っても、わたしよりも強い獣なのに。
「わ……分かりました。見ていてくださいね」
エイシアを見ると、若干嫌そうな顔をしている。ように感じた。
「リリアナの言う事は絶対なの。いい? ……それじゃあ乗るわよ? 痛かったらごめん」
伏せの状態だから乗り易そうではある。けれど、鞍があるわけでもなく、どこに足を掛けていいか迷った。
「にゃぁ~ぅ」
エイシアから漂う「しょうがない感」と、そのけだるげな鳴き声。獣とはいえ、若干の申し訳なさで胸が痛む。
その背に手を乗せたくらいで、エイシアはわたしの防寒マントの首元を咥えて持ち上げた。
「きゃ」
咥え上げられて身を丸くした瞬間に、ひょいと背に乗せられた。わたしの事を半分投げたように感じたけれど、それがちょうど、ストンと横向きに座った形になった。
『おお~!』
騎士達の歓声が上がった。
『さすが、エラ様は尊い。白様も神々しく、その背にエラ様を……尊いです!』
(そんな長文をハモれるものなの?)
と、そこにびっくりしたのだけれど、数名が同じ事、もしくは似たような事を言った。
「ほんとねぇ……可愛くて可愛い。可愛いの背中に可愛い過ぎるが乗ってるわ……」
まだ、魅了の力が漏れ出ているのだろうか。リリアナの言葉が変だ。
「リリアナ……何を言っているか分からないですけど、どうですか? 懐いたと言っても差し支えないですよね」
うんうんうんうん、と。リリアナは激しく頷いた。
「そんなに首を振ったら、酔っちゃいますよ……」
「そんな事よりもエラ、その子の名前は何ていうの? もう決めたのよね?」
その身を半分、檻の中に入れかかった状態でリリアナは、興奮しているのを隠しもせずに急かす様に聞いた。碧の瞳が爛々と輝いて見える。
「ああ、そうでした。この子には、エイシアと名付けました。エイシアです」
『おおおぉ! エイシア様!』
騎士達はなぜ、コイツに様付けをするのか。
「エイシア! かわいいっ! あなた、名付けのセンスあるじゃないの!」
リリアナも、両手を組んで叫ぶように言った。まるで、アイドルのコンサートに来た熱烈なファンのようにも見える。
それもある意味、正しいかもしれない。
檻の中のエイシアと私を、その外側を囲むように騎士達が居て、食い気味に前に出ているリリアナが居る。
どちらかと言えば見世物小屋だけど、反応はアイドルコンサートか何かだ。
「どうせなら、崇拝してもらったら?」
本当に小声で、エイシアに言った。立ちなさいと。
ス。っと、エイシアは音もなく立ち上がると、自分とわたしを見せつけるかのように練り歩いた。檻の鉄柱に限りなく寄って、一周をぐるぅりと。
『おお……なんと神々しい。まるで女神だ。女神様を乗せる神獣だ……』
騎士達は、意識を共有でもしているのだろうか。先程から見事なまでに言葉を一致させている。
リリアナにあっては、もはや目をハートにして、ただただ見惚れてくれている。
……しかし、皆の反応が大げさ過ぎる。
――もしかして。
「お前まさか、あえて魅了してるんじゃないでしょうね?」
問いただしたところエイシアは、横顔でちらりとこちらを見た。
その口の端は――笑んでいる。
(こいつ、懐いたのはわたしにだけなんだ。やっぱり、人間を何とも思っていない)
「やめなさい。わたしと同じように、他の人間にも手出ししないで。魅了もだめ。わかった?」
そう言うと、エイシアは少しシュンとなった。ように見えた。
スネたのか、そのまま伏せになった揚げ句に目を閉じてしまった。
「もう……幼体だというのは、本当なのね。しょうがない子」
自分には逆らわないという事だけで、これほどの恐ろしい獣が可愛く見える。でも、騎士達をさらに魅了したのは腹が立つ。
(コイツとの魅了合戦にならなければいいけど)
これからずっと、わたしが優位かどうかは、まだよく分からない。自分の力に確証が得られないから、油断してはいけない。
とはいえエイシアは、わたしには嘲笑に似た顔をしなくなったし、言う事は素直に聞いているように見える。
「降りるわね。痛い所を踏んだらごめん」
なるべくそっと、踏むではなくお尻を滑らせるように降りた。
(……それにしてもこの状況、あまり気分のいいものではないわね)
まだ皆、騎士達は跪いているし、リリアナもウットリな感じのままだ。まるで、強力な催眠のような。
――パン!
わたしは柏手のように手を打った。
皆の魅了が解けますようにと。
「さあ! 騎士の皆さんは立ってください。いつまでもそうされていると、私は居心地がわるくなっちゃいます。リリアナも、経緯を説明しますね」
なるべく大きな声で言った。
魅了がどういうものなのか分からないのに、必死の想いで使ってしまった事を少し後悔しながら。
騎士達もリリアナも、少しは落ち着いた様子になった。
ただそれは、飲み会で大盛り上がりしていた後の、お店の前でお開きをする時のような感じで、醒め切ってはいない。
(わたしのせいなのか、コイツのせいなのか。両方のせいなのか。……こんなのは、わたしは好きじゃない)
少し悲しくなりながら、事の顛末をリリアナに報告した。もちろん、魅了についても。
その上で、城壁の中にコイツを入れて良いものかどうかを、持ち帰って審議するらしかった。
「今日は……私もこの子と一緒に寝ます。毛布をもらってもいいですか?」
そう言うと、リリアナは驚いていた。
わたしは、コイツを見張りたい気持ちと、魅了がもたらすものについて考えたかった。
「あんなに警戒していたのに。ほんとに懐いたのね。エラもこの子を好きになったのかしら。でも、風邪をひかないでよ? 焚火も増やしてもらうから、なるべく近くで眠って頂戴」
リリアナは、わたしの様子を伺うようにじっと目を見ていた。
「ええ……かもしれません。風邪はきっと大丈夫です。まだ真冬ではないですから」
魅了する気のなかった騎士達の事を思うと、自責の念が膨らんでいた。その後の、エイシアが魅了を使った事に気付くのが遅れた事も。
落ち込んでいるのはどうせバレている。そう思って、元気が無いのを隠す気はなかった。
「……一人で居たいのね? その子と一緒の方が、考えやすいの?」
やっぱり。彼女に隠し事をするのは無理だ。
「さっき報告した私とエイシアの力。あれは……良くないものです。どんな処遇になっても文句は言いませんから。だからリリアナも――」
言いかけた所で、彼女は言葉を遮った。
「――待ちなさい。勝手に判断しないで。私は……私達はあなたを信じてる。そんな力なんて関係無しにあなたを好きなのよ? それにね。あなたが悪い子なら、その力の事なんて言わないでしょう。なのに、急に一人で悩みだしちゃって、呆れちゃう。もっと悪人になってから悩んでよね」
そう言われると、そうかもしれないけれど。
人は、意外と簡単に変わるもの――。
「――あなたみたいな人は、そうは簡単に変わらないわよ? お人好しの可愛い子」
リリアナはそう言うと、わたしを抱きしめた。
「……人の心を読まないでください」
その温もりは、防寒マント越しで伝わるはずなどないのに、とても温かいと感じた。
「それで? 本当にこんな檻の中で眠るの?」
耳元で、ささやく様に言われた。
「……はい。コイツはわたし以外には、危険な事に変わりないですし。じっくりと観察してみます」
「そう……わかったわ。ほんとに、風邪なんてひかないでよ? あと、戻りたくなったら見張りの誰かに言いなさい。すぐ屋敷に送らせるから」
リリアナは、いつも通りだと思った。
いつもわたしの事を考えてくれて、いつもわたしの心を見透かしてくれる。
(魅了されてたら……きっと出来ないよね?)
何をどう考えれば、求めた答えに繋がるのか。
何をどうすれば、正しい答えに辿り着くのか。
「今日だけは、戻りません。ここに居ます。エイシアがくるんでくれたら、温かいでしょうし」
答えが無くても、アイツだけは手懐けなければならない。
それだけは、はっきりしていた。
「それじゃ、頑張って。でも、ひとりで抱え込まないで。誰でもいいから頼りなさい。必ず」
一人で悩み込むわたしの悪いクセも、リリアナは知っている。
「今度、相談の仕方を相談します」
「っふふ! 何よそれ! でも、もう大丈夫そうかしら? 心配させないで。心を一人にしないで。いいわね?」
本当はもう、一晩中慰めてもらいたくなっていたけれど。
「はい。ありがとうございます」
そう答えると、リリアナはさらにぎゅっと抱きしめてくれて、そっと離れた。
「食事は、ここでバーベキューが出来るように手配しておくわ。皆とも話しなさい。あなたの悩みが、杞憂だと分かるはずよ。皆の心も知ってあげて」
そして、リリアナは戻って行った。
バーベキューが出来ると聞いた騎士達が、喜んでハイタッチしている。
わたしの所にも来て、「きっと美味しく焼いてみせますから!」と、息巻いてから見張りの仕事に戻った。
(魅了を受けたからじゃなくて、本人の言葉……だよね。今のは)
この力について、早く知っていかなくては自分の心が持ちそうにない。
(……人には効かなくていい。エイシアにだけ、効けばいいのに)
お読み頂き、ありがとうございます。
前回の「覚醒」は、今までにない反響というか、PVの数に驚きました。ありがとうございます。
ブックマークも評価も頂いて感謝です。もっと楽しんでもらえるように頑張ります。
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読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。
「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。
*作品タイトル&リンク
https://ncode.syosetu.com/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




