第四章 三、覚醒
三、覚醒
一時間もしないうちに、報告を受けたリリアナがここに来るだろう。
それまでは、このモフモフを堪能していても問題ないだろうけど、周りの騎士達の緊張をもう少し解いてあげないと可哀想だ。
そのためには、コイツと打ち解けたという体裁を見せないといけない。リリアナには、もっとだ。
とはいえ、コイツと分かり合えるような状況が生まれるだろうか。強者が弱者の意見に、耳を貸すとは思えない。立場が対等かそれ以上でなければ、交渉事は難しくなるのが基本だ。
(力が欲しい……魅了されないわたしが強くないと、コイツには意味を成さないのが口惜しい……)
唯一、武力で対抗できそうな頼みの綱、ガラディオを当てにする事が出来ない。
(こんな、トラだかネコだか分からないような獣に魅了されるなんて)
――いや。
ネコが可愛いと感じるのは、理解できる。
コイツを見て神々しい獣だと、わたしも思った。
では逆に、獣から見て神々しい人間というのも……居るのではないだろうか。
そこまでではなくとも単純に、人がネコを可愛く感じるように、獣も人間を可愛いと感じる事もあるだろう。
――つまり。
わたしが、コイツを魅了する事も可能なのではないだろうかと考えている。
正直なところ……わたしは可愛い。
自分で言うのはおこがましい。などとさえ思わないくらいに、本当に可愛いと思う。
鏡を見る度に、ナルシストにならないように、自分で自分を好きになり過ぎないように、日々気をつけているくらいには。
ならば、獣から見ても可愛い人間だとか、果ては一緒に居たいだとか、そう感じさせる事も可能なはずだ。
これまでわたしは、容姿負けしないように、中身は大したことが無いなどと思われないように、必死だったけれど。
リリアナやシロエ、お義父様……皆にも。最初は容姿で気に入られても、後になって嫌われてしまわないか不安だった。所詮は外見だけだと、いつか陰口でもたたかれるのではないかと。見捨てられてしまわないかと。
でも今は、これほど容姿が良い事を頼もしく思った事は無い。獣であれ何であれ、魅了出来るなら、こんなに都合の良い力はない。
リリアナ達を護りたい。エイシアに負けたくない。
強さでは勝てないとしても、魅了してしまえるなら……わたしはそれに賭けたい。
わたしは、皆を護るためなら、どんな力でも――。
――欲しい!
「――あっ?」
そのように思い至った瞬間の事だった。
目が、熱を持っているかのように、熱い……。
体も、熱い。特に頭に集中しているけれど、全身が温かい。何かしらのエネルギーを……ゲームやアニメなら、『気』や『魔力』と言うような力を……そうした熱を感じる。
(今なら本当に、何でも出来るような気がする)
――力が、満ち溢れている。
コイツは、わたしの変化に気付いていない。無警戒にわたしを包んで、そのおなかと、頬と尻尾の毛皮で温めてくれている。
(やってみる価値は、十分にある)
わたしはエイシアに抱き付いていた体を離して、その大きな顔の正面に立った。
「エイシア。目を開けて?」
それだけの言葉に留めて、何事かと思わせたかった。それは、てきめんに効果があったのか、気まぐれだったのかは分からない。けれど、エイシアはしっかりとその双眸を開いて、わたしと同じ紅い瞳でわたしを見た。
「ねぇ、これって可愛いと思うんだけど、どう思う?」
そう言って、軽く小首を傾げて、エイシアにウインクをした。
シロエもお義父様も、人前ではするなと言ったウインク。自分で鏡を見た時は、可愛いじゃないかと思っていた。その本領を発揮する時が来たのだ。……そのはずだ。
パチ。っと片目を閉じた瞬間に、もう片方の目に魔力が集まり増大したような感覚があった。
それは相手に、どんな効果を与えるのか。
「にゃっ」
エイシアは少し、目を見開いたように見えた。その鳴き声も、不意に漏れた小さな叫びだったのではと、淡い期待が湧き上がる。
「ね、どうだった? わたしって可愛いと思わない?」
何かしらは、感じるものがあったはずだ。……そうであってほしい。
いや、これは確信できる。
(可愛いと思わせた!)
エイシアはおもむろに起き上がると、頬をスリスリと寄せてきたのだ。
「あらあら。それは懐きたいという証なの?」
少し嬉しくなってそう言うと、エイシアはハッとしたように顔を離し、驚いたようにわたしを見た。そしてブルブルッと頭を振ると、数歩後退りをした。
(まだ足りないか)
わたしは、まじまじとこちらを見るエイシアに向けて、もう一度、反対の目でウインクをした。
「にゃっ!」
今度はしっかりと目を見開いて、わたしを凝視している。そして少し、歯噛みしているように見える。頭を少し振って、ありえないとでも言いたげな表情をしている。それでも、その紅い眼はわたしから離せないようだ。
「ほぉら、顎を撫でてあげようか。わたしにされたら……嬉しいんじゃなくて?」
顎の下を、ゆっくり撫でるような仕草をした。おいでおいでと、焦らす様にゆっくりと。
「なぁ~ぉぅ」
弱く鳴いたかと思うと、エイシアはもう一度頭を振った。
それでも、抗い難い何かがあるように、ふらふらとこちらに寄る。一歩。また一歩。進む前足も、少し震えている。
「ほら……ほら。素直になるといいのに」
ゆっくりと誘うようなわたしの手の仕草に、エイシアは釘付けになっている。それと、この紅い双眸を交互に見ているようだ。
わたしは、全身で感じている魔力のような熱を、集めて、広げて、を繰り返し、辺り一帯をこの熱で包み込むようなイメージを展開した。
そうする事が正しいのだと、本能が知っているかのように。
『跪きなさい』
わたしのその声は、まるで全てに伝播したように感じた。
声の届いた、全ての精神ある存在に。
生物だけではなく、果ては精霊などの目に見えない存在にさえ、届いたのだと確信めいたものを感じた。
(何だか、気分がいい……)
まるで、魔力という美酒に酔っているようだ。
「……フゥ……」
高揚した瞬間、意識は全く別の所に居たような感覚だった。
前を、見ているようで見ていなかった。
(……本当に、気分がいい)
意識の戻った今、エイシアはどんな反応をしたのかと見ると――。
目の前で、伏せのような姿勢を取っていた。顎を地面に付けて、上目遣いにわたしを見ている。
「あら……? 素直でいい子ちゃんになったのね?」
こうして見ると、生意気なエイシアも素直に可愛いなと思える。
手を差し伸べると、撫でてくれと催促するのではなくて、頬を擦り付けるように甘えている。ように見える。
これは、凄い事ではないかと、周りの騎士達に見て貰いたくなって辺りを見渡した。
するとどうだろう。騎士達までが、わたしに向かって跪き、首を垂れている。
「えっ……と。騎士の皆さんはしなくて……いいんですよ?」
散々心配させた揚げ句に跪かせるなんて、気まずくて、そして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「み、みなさ~ん。皆さんはそんな事、してくれなくていいんですよ~! それよりもこれ、見てほしいんですが……」
皆は、上目遣いには見てくれているけれど、姿勢をやめてくれない。跪いたままだった。
「た、立ってください……」
むしろ、頭を下げたいのはこちらの方だと言うのに。
「あの~、皆さん、ほんとに跪くの、やめてください……」
聞こえていないわけではなさそうなのに、頑なに姿勢を解除してくれない。
「僭越ながらエラ様! 我々一同、その神々しいお姿に、ただこうしていたい一心なのです! 我々の気の済むまで、こうさせてください!」
「その獣を手懐けた様子は、正に後世まで語り継がれる一幕でした! 平伏さずしてこの敬意、いかようにお示し出来ましょうか!」
口だけは開いてくれるものの、聞けば聞くほど恥ずかしい限りだった。自分で真っ赤になっていると分かるくらいに顔が火照っている。
「わ、わかりました。わかりましたから、恥ずかしいのでもう言わないでくださいぃ……」
それから、リリアナが到着するまでずっと……このままだった。
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嬉しいんです、本当に。感謝です。
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




