夜の怪物
こんな夜中に墓場に来るなんて、珍しい人もあるもんだ。
そうだ、ちょっと昔話をしてあげようか。
この土地に伝わる、怖あい怖あいお話を。
山シゲっていう妖怪を知ってるかい?
この地に古くから伝わる、恐ろしいもののけのことさ。
口にするのも憚られるそれ。それは夜にだけ生き、こっそりと人の肉を食らうのだそうな。
例えば、とある男の話が有名かね。
惨劇の始まりは、男の酒飲み話からだったんだよ。
「今度肝試しに行かねえか?」
伝説の山シゲを見にいこうって言うんだよ。
でもみんな、山シゲの話は知ってても居場所なんて知らない。が、その男は知っていたんだ。
「昔な、ばーちゃんが言ってたんだ。あの山の奥の奥の奥、小さな墓地がある。そこは山シゲを封じてる場所らしいんだけどね、そこに蝋燭を灯して呪文を言うと山シゲが出てくるんだって」
その男は、代々墓地を管理する家柄に生まれた男だった。直接管理していたわけではないけれど、話ぐらいは聞いたことがあったわけだ。
彼とその友達、合わせて四人の若い男どもは、無謀にも墓地へ向かったんだとさ。
山奥へ進めば進む程、木々に遮られて陽光が射さなくなり、あたりは暗くなった。
不気味な風が吹いていたねえ。
そしてとうとう日暮れ頃、墓地へ着いた四人は、それを見てびっくりしたそうな。
ボロボロの崩れかけの墓碑。その真ん中に、異様な燭台があるじゃないか。
肝試しを提案した若い男は、マッチで燭台に火を灯し、何事かを呟いた。
すると墓碑の中からものすごい音がして、突然何かが飛び出して来たんだよ。
「ワシを呼び覚ましたのは誰じゃあああああああああああ」
背筋がゾッとする奇声を張り上げて出て来たのは一人の老婆。
でもそれがただの老婆じゃないんだよ。ドロドロに溶けた、蝋人形みたいな姿で、おまけに腐った目が尋常じゃないぐらいギラギラしてるんだ。
これが噂の山シゲで間違いなかった。
男どもは叫ぶが早いか、懐中電灯を取り落として逃げ出した。
でも山シゲはどこまでも、そうどこまでも追って来るんだ。
男どもは闇夜の木々の中を、必死で走った。
いつまでも走り続けてちゃ、時期に終わりが来る。そんなときね、突然、山シゲが追って来なくなったのさ。
「どうしたんだろう……?」って安心して振り返った一人の男は、次の瞬間腰を抜かした。
だって老婆が木の梢の上に乗っかって、こっちを見て笑ってるんだから。
その男は慌てて立とうとしたけど、もう遅かった。
山シゲの耳まで裂けた口に噛みつかれて、ペロリ、さ。
他の三人の男はそれを知って、意味のわからない怒号を上げながらまた逃げ出した。
でもすぐに石に足を引っ掛けた男は老婆の爪で串刺しになっちまって、もう一人も山シゲに襲い掛かられてしゃぶりつかれた後、骨だけになっちまった。
最後に残ったのは最初の若い男だけ。
「た、たすげで、たずけてぐれ……」
涙やら鼻水やら思いっきり垂れ流して頭を下げる男に、山シゲはいったんだとさ。
「くけ、くけけけ、けっ。見逃してなんかやるものか、お前を喰らい尽くしてやろうじゃないぐぁっ」
その時、突然山シゲは大きくのけぞった。
何かと思えば、光が差しているではないか。
頭を上げた若い男は、驚いて光の方を見る。
そこには彼のばーちゃんが立っていたのさ。
「…ああ、よかった。無事だったんだね。あんなにあいつを出すなと言ったのに」
「ごめんなさい、ごめんなさいばーちゃん……」
安心して無茶苦茶に泣き喚く男を抱きながら、ばーちゃんは言った。
「でもあれは本当は山シゲなんかじゃないんだよ。実態を持たない、ただの祟り神さ。……本当の山シゲはね」
次の日、男が無事に帰宅することはなかった。
行方不明とされて捜索が行われたが、他の男三人の死体しかなかったのさ。
男はどこに行ったんだって? そんなのわかるだろ?
あたしの腹の中さ。
あたしは山シゲ。あらゆる人間を食らい尽くす、この地に伝わる古い古い妖怪さ。
あの男は禁忌を破り、山シゲの正体を暴こうとした。だからあたしの腹の中に収まったのさ。
あたしは今でも表向き墓の管理人の気の良いお婆さんを装いながら、夜になるたび墓場へ行っては人の死体を貪って生きている。
さあて、昔話はこれぐらいにしよう。
あんたさん、顔が真っ白だよ?
ただで帰れるとお思いかい? 夜にここへやって来た者の中で、帰れた奴は一人たりともいないんだよ。
さあ、覚悟しな。久し振りの生肉だ、たっぷり味わせてもらうよ。