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八話 聖約。

『私のメイドが申し訳ありませんでした』


 部屋に戻ってアリアは頭を下げてきた。


 ちなみに青い宝石の付いた指輪をはめた右手で俺の頭を撫でると、再び会話をできるようになっていた。


 謝ってきたアリアに対して、俺は遠い目で答える。


『はは……何度も死を覚悟したよ』


『リナリーは私が何かされたのではと我を忘れてしまったと』


『そうか……やばかったなぁ。ちなみにこの世界のメイドさんってあんなに強いものなのか?』


『いえ、リナリーは昔冒険者をしていたので』


『冒険者……?』


『冒険者とは凶悪な魔物を討伐したり、秘境にある貴重な素材の回収したり、さまざまな依頼をこなす人達のことですね。ちなみにリナリーは魔物を討伐することに特化したパーティに属していたそうです』


 魔物? あぁ魔物っていうと黒い狼みたいなやつらか?


 だとすると……あんな化け物と戦うことを専門としていた人なら強いのは当たり前か。


 俺が視線を伏せて考えていると、アリアから続けて声が聞こえてきた。


『リナリーが言っていたのですが、ノヴァは強かったとか。それで途中からちょっと本気になったそうです』


『……あれでちょっとなのか? もう二度と戦いたくないんだけど』


『あ……ただ、リナリーは剣技【白月】の一刀目を躱されたのが悔しかったようなので戦いたいようなことを言っていましたよ』


 アリアの言葉を聞いて俺の体に疲れがどっと襲ってきた。


 あぁ……あの消えたのは【白月】という剣技だったのか、凄まじかった。


 ほとんど、視覚でとらえることもできなかったんだから。


 あれだけ、一方的にやっておいて悔しいと言われてもな……。


『絶対に遠慮したいな……。アリアからリナリーに強くいっておくんだ』


『わかっています。ちゃんと言いましたが……ただ、リナリーは戦闘狂なところがあるので気を付けてください』


『どうやって俺が気を付けるんだ! 絶対だぞ! 絶対だからな!』


 アリアに俺は強く念を押す。


 すると、アリアは目を瞑ったまま口元に手を置いて小さく笑った。


『ふふ』


『笑いごとではないのだが』


『そうですね』


『……』


『……』


 俺とアリアの会話が唐突に止まって、沈黙が流れる。


 俺は先ほどのアリアが気を失っていたことを思い出した。


 少し言いにくくはあったが、意を決してアリアに向けて言葉にする。


『えっと、元はと言えば……すまなかったな。えっと……キ『アレは医療行為なので……問題ありません』


『そうか? その割にはまた顔を赤くなって『問題ありません』


 先ほどから俺の言葉に被せてくるように、アリアの声が頭の中に聞えてくる。


 どうやら、無かったことにしたいようだ。


『分かった。大丈夫なんだな』


『はい、問題ありません。だいぶ、話がそれてしまいましたが……【聖約】の話に戻りましょうか。聖獣についての説明は途中でした……ね?』


『そうだな。続きを頼む……あ、その前に一つだけ別の質問していいか?』


 俺は聖獣のことを聞くよりもあることが気になって、アリアに視線を向けた。


 すると、アリアは身構えるように目を少し見開いて頷く。


『ん? は、はい。いいですよ』


『身構えなくていいよ。これは簡単な質問だから……アリアは今何歳なんだ?』


『この前、十二歳になりましたが……あ、歳の割に身長が低いなぁとか思いましたか?』


 相当身長が低いことを気にしているな。


 アリアはジト目で俺に視線を向けてきた。


 それにしても、十二歳か。


 そうか、ずいぶんしっかりした十二歳だな。


『ちょっと気になっただけだ。すまなかった、話の腰を折ってしまったな』


『腰を折るというのは、貴方がもともと居た世界のことわざのようなものですか?』


『あぁ……そうだ。えっと、話を戻そう。聖獣に関しての説明の続きを』


『はい、わかりました。それで聖獣達は先ほど話した冒険者達が討伐を行っている魔物と相対する存在だと言われています』


『あ……相対する存在ということはやはり魔物と戦う存在ということか?』


『はい、そう書物にも書いてありました。ただ、その……近年魔物の数がかなり増えて、聖獣も人間と同様に数を減らされて住む地を奪われつつある現状だとも知られています』


『魔物か……じゃ、俺の住処だった洞窟を襲った黒い狼も魔物なのだろうか?』


『黒い狼? 知らない魔物ですね。どこか遠くから流れてきたんでしょうか? 私がその住処に出向いた時に見かけませんでしたが。まさか、あの近くにまだ潜伏しているんでしょうか?』


『いや、俺が殺されそうになった時に辛うじて、炎で燃やし尽くしたんだ』


『あぁ。確かにノヴァが倒れていた辺りが黒く焼けた跡はありましたけど、その黒い狼らしき魔物の姿はありませんでしたよ?』


『そういえば、炎で焼いた時に、黒い煙となって消えてしまったんだ』


『黒い煙とともに消えたんですか?』


『あぁ、消えた。俺の目の前で』


『そうですか。……見間違いではないとすると。んー魔物は倒されたら肉体が残りますし、仮にアンデッド系の魔物でも倒されたら魔石という魔物の核となっている結晶が残るそうです。何か……魔法で姿を消したのでしょうか?』


『魔法で姿を消す? ……何だ? だとすると、あの黒い狼はまだ生きている可能性があるということか?』


 黒い狼が生きている。


 その可能性を聞いて、俺の心臓がドックンドックンと跳ね上がった。


『それは十分、あり得ますね』


『そうなのか』


『大丈夫ですか?』


『あぁ。大丈夫。……そ、それから確認したいんだけど、俺以外……洞窟で誰も生き残っていなかったんだよな?』


『はい。私が着いた時には……すみません。もう少し早く付いていたら』


『いや、謝らないでくれ。アリアは俺の命を助けてくれた恩人なんだ』


『……はい。えっと、私のお金が少なくて少し先になってしまうかも知れませんが……お金が溜まったら冒険者さんを雇って……黒い狼を討伐してもらいしょう。そしたら、ノヴァの兄弟やそして……お母様? お父様? ……銀猫達を私達は埋葬して小さいですが、お墓を作りましたので、そこにお墓参りに行きましょうね?』


『そうか……ありがとう』


 俺はありがとうと言葉にした。


 自然にこぼれた言葉だった。


 ほんの少しだけであったが、家族であったのかな?


 いや、家族だな。


 家族じゃかなったら……今、俺の目から汗がこぼれている訳が……ない。


『……』


『……』


 俺は俯いて黙った。


 それは目から流れ出てくる汗が止まらなかったから、泣いている姿を見せるのが恥ずかしくて……。


 アリアは黙った俺をやさしく抱きしめて、何も言わなかった。






 十分ほど、アリアに抱きしめられていた。


 俺の涙が止んで、小さい子供に抱きしめられているという今の状況を少し冷静になって受け止めると、恥ずかしさがググっと込み上げてきた。


 俺はアリアの腕の中からするりと抜け出て、アリアから視線を逸らした。


『ごめん、えっと、ありがとう』


『もうよろしいのですか?』


『もう大丈夫だ』


『そうですか。……明日の朝、冒険者ギルドに報告に行きましょう。調査依頼を出すほどのお金を持っていませんが、あの森に入る冒険者さんに注意喚起する必要はあるでしょうから』


『そうだな。それがいい。アレは化け物だった。それで……話を続けようか、聖獣に関することは以上か?』


『そうですね。聖獣に関する書物は少なくて……』


『わかった。ありがとう。それで次は魔導具について聞いてもいいか?』


『はい、魔導具については特殊な分野なので一般的な説明のみではありますが……。魔導具は人間が魔物に対抗するために作った魔法技術の一つです。魔導具の用途は物を時空間に仕舞うことのできるバック、火の玉を発生させる筒、雷を発生させる剣など多種多様となっています。なので、例としてこの【ハーネットの指輪】について説明しましょう』


 アリアは俺の目の前に右手を出して、青色の宝石の付いた指輪を見せてくれた。


『その青色の石が付いた指輪……【ハーネットの指輪】が魔導具なのか?』


『はい。本当に魔導具に関しては素人なので詳しい構造までは分からないのですが、この魔導具の指輪にはスキルという神からの恩恵が刻まれています。私……使用者は、マナを供給することで、意思を伝達するスキルが発動されるようになっています』


『んー……』


『すみません。私もこの魔導具に関する知識はほとんどありません。だから、説明があいまいになってしまいます』


『そうか、そうだな。俺も構造まで教えてもらおうとは思っていないからいいよ。まぁ……そういう技術があるのがわかってよかったのかな。なんにしても、こうやって会話できているのは、その指輪の魔導具とやらのおかげなんだな』


 どうやって意志疎通をしているのか気になっていたが……。


 改めて考えてみると、すごい技術だ。


 言語関係なく意思を伝達し合える魔導具ってのは……。


 この魔導具一つあれば、言葉を覚える必要がないとか。


 うあ、素晴らしい。絶対、欲しい。


 俺の物欲しそうに【ハーネットの指輪】を見ているのを察したのだろうか、アリアは苦笑する。


『まぁ。この魔導具は便利ですが、すごい高価なものです。今回は教皇様に借り受けている物なので、しばらくしたら返却しないとなのですが』


 やっぱり高価なものなんだな。


 まぁ……将来的にはどんな高価であろうと、必ず手に入れなければ。


『わかった。魔導具についてはもういいとして。それで本題の【聖約】とやらの説明に入ってくれ』


『はい。【聖約】について説明しますね。先ほど言った通り【聖約】とは魔導具を用いて聖獣様であるノヴァと人間の私が取り交わす契約で、聖獣様……ノヴァの要望を聞き、その見返りに召喚魔法やマナの共有を行うための契約です。ちなみにその【聖約】で用いる魔導具とは【イデルの輪】という名のブレスレットです』


 アリアは近くに置いてあった鞄から長方形の小箱を取り出し、ふたをカポッと開けた。


 俺がその長方形の箱の中をのぞき込むと、透明な宝石が埋め込まれている銀色の輪が二つ入っていた。


『それが【イデルの輪】?』


『はい。この【イデルの輪】によって【聖約】を結ぶことになっています。それで契約の内容になるのですが、私が【聖約】で望むのは先ほど言った通り召喚魔法やマナの共有を行う権利です。それで、これはノヴァに聞きたいのですが、ノヴァはこの【聖約】に何を望みますか? 正確には私に何を望みますか?』


 アリアは俺をまっすぐに見つめて問いかけてくる。


 しかし、俺は突然に『望みは?』と問いかけられて首を傾げた。


『俺がアリアに求めること? そんなもん、ないぞ? なんたって、アリアは命の恩人だからな。恩を返さねばならんだろ』


『ふふ、律儀なのですね。けれど、何かないですか? この【聖約】は【イデルの輪】を外した時点で契約を破棄できるようにします。つまり、ノヴァからいつでも契約の破棄が可能なのです。私にこれからどれだけ多くの試練が待っているか分かりませんし、もしかしたら私と【聖約】を結ぶのは貧乏クジかもしれません。けれど、私としてはできるだけ長くノヴァと契約を結んでいたい。だから、なんかしらの望みを言っていただけないでしょうか?』


 急に望みをと言われてもなぁ。


 特に何もないんだけどな。


 望み? どうしたいか。


 望み……目標……夢か……。


 あ……そういえば、前世で。


 高校生になってから勉強やバイトが忙しく考えられなくなっていたな。


 小さかった頃はフラッと帰ってくるあの人が語ってくれる旅に憧れ、いつか旅に連れていって欲しいと思っていた。


 俺はあの人のように旅をして生きたかった。


 それが俺の夢だった。


 いや、確かに夢だったが……現状俺は猫になってしまっている。


 もう、あの人のように旅することはできないだろうか?


 難しいかもしれないが。


 やりたい。


 そう、せっかく別の世界に転生したのなら、この世界を旅して回りたい。


 だとすると、アリアに対しての要望は……。


『あ、なんでもいいのか?』


『はい。できたら私個人にやれることであってほしいのですが』


『……それじゃ、言葉などこの世界で生きていく上で必要なことを教えてほしい。あとはその間の衣食住を面倒見てくれると嬉しい』


『それはもちろん構わないです。ただこの契約は長く続きます。他に定期的にできるお願いもありませんか』


『んー長期かつ定期的に?』


 俺はしばらく頭を捻って考えたが何一つ案は出てこなかった。


 そして、選んだのは先延ばし案だった。


『今、【聖約】を結ぶのは先の条件で構わない。ただ、その長期かつ定期的な願いとやらは保留にできないかな?』


『……わかりました。私も不満なく【聖約】を結んでほしいので……そうですね。【聖約】は十五歳までならば結ぶことは可能です。私は今十二歳なので、三年以内に決めていただいて……決まったらもう一度結びなおしましょう』


『あぁ、そうしよう。ちなみに、【聖約】ってのはずっと一緒に居ないといけない訳ではないんだよな?』


『はい。離れていてもいいように召喚魔法を使用する権限を【聖約】に含めるのですから』


『そうか。なら、俺がどこに旅に出掛けていても問題ない訳だな』


『そうなりますね……では【聖約】を結びましょうか』


 アリアは長方形の小箱から二つあった【イデルの輪】の一つを俺の右前足に、もう一つを自分の右腕に取り付ける。


 互いに身に着けた【イデルの輪】の透明な宝石をコツンとぶつけた。


 すると、その透明な宝石から金色の光のベールが漏れ出し、俺とアリアを包んだ。


 この日、俺とアリアは【聖約】を結ぶことになった。

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