一話 始まり。
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ここはゲームセンターだった場所。
今はオーナーが以前夜逃げしたので廃墟となっていて、地元の不良のたまり場のようになっていた。
黒いしみが目立つ赤いカーペットが敷かれていて。
辺りには錆びた椅子やブラウン管使用の古いゲーム機が散乱していた。
そんな中で、俺……天童航はちょうど廃墟をたまり場としている不良と喧嘩していた。
「ヒッヒッ、避けんなぁぁ」
「避けるだろ……危ないだろ。とう! とと! やっと! ほいっと!」
「……糞が!」
俺と相対している不良は緑髪で痛くないのかと思うくらいピアスをジャラジャラと付けていた。
その緑髪の不良は俺を殺さんとばかりにバタフライナイフを振るってくる。
しかし、俺が死なずにいるのは彼のナイフが大振りで、動きも緩慢過ぎて容易に避けられるんだよな。
それにしても……隙が多いな。
……隙? すき? すきや。
「あ、今日の晩御飯は牛丼にしようかな?」
カン! ガツ……。
くだらないことをいいつつも、俺は真横に振り抜かれたナイフをしゃがんで躱した。
そして、落ちていた鉄パイプを手に取って真下から振り上げた。
その振り上げられたパイプの先端は緑髪の不良が持っていたナイフを弾き飛ばした。
緑髪の不良がナイフを失った動揺でできた隙をついて、一気に間合いを詰めて腹を殴った。
「ぐ……はっ……」
俺に腹を殴られた緑髪の不良は目を大きく剥いで、息と唾を吐く。
そして、後ろに勢いよく倒れて、放置されていたゲーム機の一つに突っ込んだ。
「ふぅ……大勢相手は辛いな」
俺は膝に手を置いて、肩で大きく息を吐く。
手放したパイプがカランという金属音を鳴らして転がっていく。
周りには十五人ほどの柄の悪い不良が倒れていた。
一つ勘違いしてほしくないのは俺が喧嘩を売ったわけではない。
本当は話し合いで解決したかったが……。
呼吸が整ったところで、俺は奥で縮こまっている人物達に目を向ける。
「えっと……大丈夫だったか?」
「「「「ひ……!」」」」
向けた視線の先には乱れた制服の女性が四人ほど居た。
俺が視線を向けた途端に、彼女達は一様に恐怖に表情を曇らせて悲鳴を上げたのだった。
助けにきたんだが、怖がられてしまったか。
これは俺のコンプレックスなのだが……昔から鷹のように鋭い目つきで、初対面の人を必ずと言っていいほど怖がらせてしまうのだ。
彼女達に怖がれることはわかっていた。
ただ、女性が不良どもに無理やりこんな廃墟に連れ込まれたところを偶然見かけてしまっては……。
俺は正義なんぞ語るつもりはない、むしろ面倒と思ったくらいだ……。
しかし、助けないという選択肢は俺のプライドが許さなかった。
それにあの人だって、そんな俺を許してくれないだろう。
一応、警察も呼んでいたが。
待っていられず、襲われそうになっていた女性を助けるために身体が動いてしまったのだ。
自分でも馬鹿だと思う。
ただ、これは幸いかわからないが生まれつき図体がでかく、頑丈であった。
更に目つきが悪いので、よく絡まれることもあり自衛のために家の近くにあった剣の道場に通っていた。
俺はそれなりに強かった。
「はぁ……面倒臭い。何もしねーよ。さっさとどっかに行け」
怖がられている俺は彼女達から視線を外した。
そして、どっか行けと手を掃くようにゼスチャーして見せた。
彼女達は俺にこれから襲われるとでも思っていたのだろうか?
何もしない俺に対して一瞬きょとんとした表情になる。
「え……」
「あ……はい!」
「ほら、いくよ」
「う、うん……」
彼女達は産まれたての子鹿のように足をプルプルさせながらも立ち上がる。
そして、乱れた制服のままその場から足早に立ち去っていく。
「さて、どうやって片付けようか……一応気を失わせただけし、ほおっておいていいかな?腹減ったし、牛丼食べに行こう。ん?」
俺は彼女達の背を見送ると、倒した不良達に視線を向けた時に……。
ふと、最後に倒した緑髪の不良が不気味な笑みを浮かべでいるのに気付く。
「なんだ? 気色悪いぞ? どうした変なところでも打ったか?」
「ヒッヒッヒッ……もう、みんな死んじまえよ」
緑髪の不良は海外の映画とかで見たことのある酒を入れるスチールのボトルとライターを学ランの内ポケットから取り出した。
そして、スチールのボトルの蓋をキュポと音を立てて開けると、そのまま中に入っていた何かしらの液体をカーペットにまき散らした。
「何を……」
「しねーーーーー!」
俺の問いかけようとした言葉を遮って、緑髪の不良は叫び声を上げて、持っていたライターに火をつけて投げたのだった。
そのライターは先ほど撒いた何かしらの液体がしみ込んでいたカーペットの上に落ちた。
その瞬間、ゲームセンター内に敷いてあったカーペットが一気に燃え上がる。
「ヒッヒッヒッ……終わりだ! あぁすべて無くなればいい!」
「く……面倒なことを……おい、不良ども、起きろ!」
凄まじい速さで燃え広がっていく。
その炎を目の当たりにした俺は気を失っていた不良達を叩き起こしていく。
「おいおい……やべー!」
「なんじゃこりゃ!」
「火が!」
「逃げろ!」
不良のほとんどはすぐに目を覚まして、慌てた様子で我先にと言った様子でその場から逃げていく。
ただ、二人うめき声を上げるばかりで起き上がらない奴らがいた。
さすがに、喧嘩の最中に火事から逃げるという事態は想定していなかった……ちょっと強く殴りすぎてしまったようだ。
仕方ないな……。
俺は起き上がらない二人を両腕に担ぎあげる。
そして、いまだに不気味な笑みを浮かべている緑髪の不良に視線を向けた。
「ヒッヒッヒッ」
「お前も……起きているなら逃げろよ」
「ヒッヒッヒッ……」
緑髪の不良に一度声を掛けるが、俺の言葉が聞こえていない様子で笑いっぱなしでいた。
この火事はこいつが原因である。
こいつを助けてやる義理はない。
そもそも両腕が塞がっているので助けられないが……。
俺は気を失って動けずにいた不良を両腕に担ぎなおして離れようと、後ろを向く。
そして、一歩踏み出そうとした。
しかし、俺の脚はそこで止まった。
もう一度緑髪の不良の方へと振り返る。
「……あぁ、面倒くさい……三人は辛いっての!」
「ヒッ……っ」
俺は相変わらず不気味な笑みを浮かべる緑髪の不良の顎先を蹴り上げて気を失わせた。
そして、その緑髪の不良の上着に噛みついた。
ぎぎ……歯が折れそうだ。
しかし、何とか持ち上がった……。
周りを見ると火に囲まれて、退路がすでに火が渦巻いている。
「ふぅ……ふぅ……」
さすがに三人も抱えてだと、歩ける速度は遅くなる。そして徐々に俺の鼻息が荒くなっていった。
……吸う空気の熱で鼻や口の粘膜が焼けるように痛い。
ダメだ……。
息が詰まり苦しくなって限界が来た俺はいったん持っていた不良三人を下した。
そして、口元に手を当て急き込んでしまう。
「ごほごほ……やばいな」
外に出るルートがすでに火で壁ができているようになってしまっている。
本来、水でもかぶって走り抜けたいところである。
しかし、ここには水もなければ、不良三人がいるので難しい。
どうしたらいいんだよ。これは詰んでいるのではないだろうか?
俺はこんなところで死ぬのか?
嫌だぞ?
死にたくない!
俺の頭の中が絶望感に苛まれていると、火の壁の向こうで物音が聞えてきた。
「おーい、生存者はいるか!」
「う……すごい炎だ……」
大きな声で生存者を探す声……。
消防隊の人だろうか?
何にしても火の壁の向こうに人がいる……。
「ごほ……ぁ……ぅ~」
熱にのどがやられたのか、うまく声が出せない。
いや、それより呼吸が……ぐ……もう、駄目だ。
死にたくない……うぐ……こいつ等を……。
酸欠で気を失いそうなところをグッと堪えて、不良三人の服を掴んで生存者を探す声がした方に思いっきりぶん投げた……。
そこで、俺の体は動いてくれなくなってバタンと倒れる。
……暑い。
痛い。
熱い。
大炎でゲームセンターであった建物が倒壊し、俺の体を押し潰した。
そして、あまりの激痛に意識が飛んだのだった。
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『【定変者】を取得しました』
『【火炎龍】を取得しました』
ん……何か聞えた?
まぁ……そんなことはどうでもいいか。
俺は死んだのか……。
……死んだ。
これで、母さんと父さん……そして、あの人のところに行けるのか?
……天国に行けるかな?不安だ。
いや、そもそも天国なんてあるのか?
あ……もしかしたら、転生することになるのか?
転生するなら……そうだな、目つきが鋭くなくて。
体が無駄に大きくない。
もう、初対面の人に怖がられるのは嫌なんだ。
そうだな。どうせなら……なんていうか、怖がられない容姿にしてほしいな。
って……何を考えているんだ。
馬鹿だな……俺はどうかしている。疲れているんだな。
『ふふ……いいでしょう。いいでしょう。その願い、私……神の名の下に叶えてあげましょう! 転生先を特別にすごーく可愛くなれるようにしてあげます!』
ん?
『最近、ニャーチューブで猫動画にはまっているんで……猫にしましょう! ついでに【変身】を少し弄って取得させてあげます!』
んん? 何か聞えたような……?
『ふふ……それでは、勇者に成りし者よ……異世界へ旅立ちなさい』
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ん……。
んん?
なんだ? なんだ?
意識はあるのに……何も見えない?
いや、正確には目が開かない?
うう……なんだ?
うお? うあお? 何かに体を舐められているような感触が……。
それよりも……お腹が……減った。
すん……すんすん、なんか近くにミルクの匂い。
何かに誘われるようにミルクの匂いの方に向かう。
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目が開かない生活を何日か続けてきた俺だったが。
ようやく瞼が開き……周囲の光が目に映った。
ん……眩しい……。
「にゃ……ゴロゴロ」
へ……?
あ、なんだ?
目を開くと、目の前に信じられないものが居た。
俺は状況が全く理解できなくて、ソレをポカンと眺めるしかなかった。
視界がぼやけていて幻覚かと思った。
ただ、しばらく待って視覚が少し戻ってきても……目の前にいるソレは同じだった。
俺の目の前に居る……ソレは巨大な白銀色の毛並の猫だった。
呆気にとられたままで居ると、おもむろにその巨大な猫の顔が近づいてきてペロペロと俺の顔がなめだした。
それから、まんべんなく俺の顔を舐められた。
おそらく唾液でベトベトであるのだが、その巨大な猫になめられるのはザラザラした舌が気持ちよかった。
何だろうか? 愛情のようなものを感じてしまってすごく心地いい。
その巨大な猫は俺を一通り舐め終えると、今度は俺の近くに居た子猫達に視線を向けて、やはり舐め始める。
何がどうなって……ここは猫達の住処?
俺が途方に暮れながら、ふと視線を下に向けて手を見る。
すると、そこには白銀色の毛で覆われた毛むくじゃらな手が……ピンク色の肉球が……鋭く尖った爪があった。
へ……? 何がどうなってるんじゃーこりゃあぁああああああああ!