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一人の男が静かな森を歩く。
マントのフードを目深に被り、革でできた簡易な鎧を質素な白シャツとくたびれたズボンの上に付けた独特の装いや腰に下げた短剣、背負った遠出に向いていそうな大きさの布の鞄などから察せられるように、男は旅人だった。
フードの影から覗く顔は焼けて浅黒い。キリッとした眉毛と対照的な垂れ目の下には軽くシワがあり、若くて三十代後半を思わせる顔付きをしている。右目の下から鼻筋を横切り、左頬の下辺りまで伸びた古びて乾いた傷痕と、顎に生えた無精髭が親父臭さを助長させていた。
男の歩く森は地面が苔に覆われており、ブーツを履いた足を一歩踏み出す毎に、湿った水音が聞こえてくる。男の、上がっていない息の音さえ聞こえる程、森は静寂に包まれていた。
巨木ばかりがひしめいているにも関わらず、根は地面の下に隠れ、まるで誰かが定期的に間伐しているかのように間隔を開けて並んだ木々の間は、とても歩き易くなっている。
と。それまで順調に、規則正しく動いていた足が歩みを止めた。
木々の葉に遮られ、間接照明のような仄暗い場所から出てきたばかりの男の目に光が眩しく入り込む。
男の前方に突如広がったのは、こんな鬱蒼とした森の中にあるには不自然な、広大な空間だった。